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12.クイーン

 リオは息を呑んだ。アノマリー棟がまるごと収まりそうな高さと広さ。光沢ある床に反射する照明。行き交う職員、マシナリーやボットたち。まるで繁華街のように活気もあった。


「アンジェ、このあとは?」

「私の執務室に行きましょう」

「アンジェ専用の執務室があるの? やっぱり長官補佐って偉い人なんだ」

「まあね。ほかの補佐官に個室はないから、私は特殊かな」


 別のエレベーターに乗ると何人かの職員も一緒に乗り込んできた。


「アンジェ補佐官、その子は?」

「インターンの子よ。正規職員じゃないから優しくしてあげて」

「君が案内するってことは、その子も……?」

「ええ、そうよ」


 どうやらアンジェの同僚らしい。リオは黙って身を縮め存在感を消そうとした。


「じゃあ、私たちはここで降りるから。リオ、行くわよ」

「はい」


 エレベーターを降りるとアンジェが小声で説明した。


「さっきのは二課の職員で、外務省での私の同期よ」

「あの人が言ってたのは……私も超能力者ってこと?」

「そう」


 アンジェがカードタイプのIDを渡してくる。名札には名前と、長いIDである英数字が記載されていた。


「そのIDの最後の『Q』が超能力者という意味。みんな胸元につけているから、あなたも」

「物理的な名札なんだ」

「様式美よ」


 名札を付け終え、しばらく進んでいくとアンジェの執務室の前に到着した。しかし、扉にはドアノブも操作パネルもなかった。


「ここ、どうやって開けるの?」

「まあ見てなさい」


 アンジェが手をかざすと、内側で金属が外れるような重い音がいくつも響いた。


「生体認証? センサーがどこかにあるの?」

「いいえ。物理よ。タングステン製のかんぬきが何本も刺さっているの。それを能力で捻じ曲げながら抜くと開くわ」

「……誰も開けられないじゃん」

「そうね。私以外には」


 アンジェは部屋の奥に進み椅子にかけながら、にこやかにリオを見て告げた。


「これを開けられるのは、タングステンなんて硬く重い金属を精密に操作できる人だけ。そんな人、私以外知らないわ」

「できる気はしないけど……どうやってアンジェはできるようになったの?」


 そう聞くとアンジェは少し恥ずかしそうにしながら、リオに執務机を挟んで座るように促して口を開いた。


「超能力が発現したときの私は(さか)しい子供だったの。だから超能力をほかの大人に見せたら碌でもない未来が待っていると直感してたわ」

「頭のいい子供だね。アンジェっぽい」

「だから大きくなったときのために、ひとりで練習しようと思ったの。でもノウハウもないから、テレビで見た超能力者の真似をした。毎日、毎日、時間が許す限りスプーン曲げを練習したの」


 今の大人びた彼女からは想像がつかない。ステレオタイプな超能力の訓練を思い浮かべ、リオは少し面白くなる。


「私も今となっては超能力とスプーン曲げには何の関係もなく、あれはただのショーやマジックの類だとわかってる。けど当時の幼い私は真剣だったの。がむしゃらにやり続けた結果、セランに来る頃にはスプーン曲げをしすぎて、金属操作だけは誰よりも上手くなったってわけよ」

「経緯は少し可愛らしいけど、結果強味になってるならいいじゃん」

「そうね。今となっては幼い頃の愚かさが私の強みになってるわ」


 アンジェの力は正直聞く限りだと、真似できる気はしない。まず鋼鉄の棒ですら曲げる自信はない。すごい頑張れば少しは曲がるかもしれないけど。


「じゃあ、インターンの内容を説明するわ」

「お願いします」


 お世話になるのだからとリオは背筋を伸ばした。我ながら成長したと感じる。服装の力も大きいかもしれない。


「データパッドにも詳細は入れておいたけど、私の正確な肩書は長官補佐官ではなく長官『特別』補佐官なの」

「超能力担当ってことだよね?」

「そう。特権的に動ける。ほかにも外務省には超能力担当者はいるけど、特別補佐官は私だけ。上司も長官ではなく、本当は最高評議会直属扱いよ」

「それは貰ったデータにはなかったよ……」

「機密よ。ここでも一部の人しか知らないわ」


 リオは冷や汗を流す。マクシィのスパイの件もだけど、これは自分が聞いていい話なのかと。


「安心して。あなたはすでにセラン政府の保護下にある。アノマリー科にいる時点で、もう政府お抱えの超能力者扱いよ」

「セラン政府に忠誠誓った覚えはないんだけど」

「大事なのはあなたがどう思うかじゃなくて、どう見られているか。ミール先生はそうすることで、セランそのものをあなたを守る抑止力にする気なんでしょうけど」


 アンジェの物言いはリオの意思に関わらず、セラン政府がリオを引き返せない位置までどんどん引きずり込んでるという話だ。デメリットはなんだろうか。セラン政府の手足になることを望まれるのだろうか。リオは複雑な気持ちになった。


「セランとしては、あなたがほかの勢力に所属しないだけで利益になるわ。卒業後にセランのために働く必要もないはずよ。私たちのように政府に所属してもいいし、保護という名の監視はあるかもだけど、自由に過ごしてもいい」

「そう聞くといい待遇なのかな?」

「それに――あなたに下手なことをすればミール先生が黙ってないでしょ」


 え……ミールが? でも――


「この前の訓練のこともあるし。私に何かあってもミールは動いてくれないかも……」


 リオは心にあった不安がついこぼれてしまった。ミールは自分のことを、未来の駒や道具としか見てないのではないかと。結果的に何かあっても助けてくれないかもと。


 アンジェはそんな不安げに吐露するリオを頬杖をつきながら、ため息を吐いて見つめた。そして優し気に語りかけてくる。


「なるほどね。この前のアイツの訓練での扱われようで、指示したミール先生があなたを蔑ろにしてると思ったのね?」

「あ……いや、そこまでは言わないけど」

「でも、不安になったんでしょ? 自分のことを本当に見ているのかって」

「……うん」


 リオは話すうちに泣きそうになる。悲しいわけでもないのに心の隙間が広がる。気持ちの整理ができていないせいだと、彼女は自身に言い聞かせた。


 言葉に出してしまったことで、ミールに対する(かす)かに芽生えた不信感が現実味を帯びてしまっていた。


 そんな不安になって顔が暗くなるリオと対照的にアンジェは微笑んでいた。


「私が言ってもあなたに響くかわからないけど、大丈夫よ。この前のはやりすぎだけど、あなたの安全を少しでも確保したいからでしょ」

「そうなのかな……」

「ミール先生はどう考えてもあなたのことしか見えてないわ。歪んだ愛ね」


 リオにとって、この前のことがアンジェの言う通り愛からの指示なら、自身の不安はただの杞憂で済む。しかし――


「――歪んだ愛より、まっすぐなのがいい……」

「あなたも愛を持っているなら相思相愛ね」


 揶揄(からか)うように笑うアンジェ。その軽口が少し救いになる。リオはミールへ好意があるし、向こうも持ってるはずだとリオは思いたい。それが恋愛なのか親愛なのか依存なのかわからない。


 アンジェの言葉が本当ならどれだけ良いことだろうか。


「さて、意図せず恋愛相談からのスタートになったわね」

「え、いや恋愛とかそういうのじゃ」

「あら、そうなの? 親愛とかそういう関係性? どっちにしても誰かを好きになる気持ちは大切よ。後悔したくないなら素直になることね」 

「――うん」


 リオはゆっくり頷く。ミールへの感情がなんなのかはわからない。ただ、彼を信じたいという気持ちだけは確かだった。


「顔色は戻ったわね、じゃあインターンの説明に戻るわ」

「ごめん。変な空気にしちゃって」

「いいわよ。私の言葉で後輩のあなたが少しでも楽になるならね」

「ありがとう。アンジェ」


 リオは最早初対面の頃の苦手意識は消えており、ミールを除けば最も親しみをアンジェに覚えていた。相談に乗ってもらった恩が理由として大きいが。


「で、私はアンジェについて回って見学をすればいいの?」

「そうね。部分的にはそう。でも実際の仕事にも関わってもらうわ」

「アンジェはマクシィみたいに酷いことはしないよね?」


 不安げに尋ねると、無言で微笑みを返された。


 ああ、何か嫌なことはさせられるんだ……


「ごめんなさい。外務省に所属する超能力者には特有の仕事があるの。今回はそのうちの二つを予定しているわ。はっきり言って片方は嫌な思いはするかも」

「特別補佐官の特有な仕事はしないの?」

「今日はそうね。特別補佐官と言っても、ほかの超能力担当者たちと同じような案件は回ってくるの。最高評議会からの仕事なんてよっぽど来ないわ」


 リオは話を聞きつつ、軍事関係と違ってどうやっても暴力沙汰はないだろうという安心感があった。


「最初の仕事は簡単な外交のお手伝いよ。今、別フロアの一室でうちの外交官と、ある国の要人が記者会見をしているわ。そこに会場のスタッフのような顔をして紛れ込むの」

「それで何をするの?」

「私たちが入ってきたあたりで仕込みの記者がある質問をするわ。その時ターゲットの要人の回答が嘘かどうかを炙り出すの。あなたにはその役割をしてもらう」

「ずるくない?」

「セランの外交なんてこんなもんよ。相手の本音を知ってるから国力以上の交渉力があるの」


 そのあと、リオは別の偽名が書かれたIDカードを渡され、今の名札の代わりにつけた。


「さあ、いくわよ」

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