11.フラストレーション
あのあと、リオは射撃場から試験用の射爆場に連れてかれた。まるで岩石砂漠のような場所であり、向こう側の端が見えない。次は何をさせる気なのか――胡乱な目でマクシィを見つめた。
「次は衝撃に慣れてもらう。あそこだ」
マクシィは少し先を指さした。そこにはSPDらしき人々と、数名の技術者、白衣を身に着けた医師たちが集まっていた。しかし何より目を引くのは鎮座する巨大な艦砲だった。
「なにこれ」
「巡洋艦の実体弾用艦砲の試作機だ」
「えっ、私を撃つんじゃないよね? 普通に死ぬと思うけど……」
「違う。隣に立って衝撃波に慣れてもらうだけだ」
「そんだけ?」
リオは拍子抜けした。さっきの虐待のような訓練と違い、大砲の隣にいるだけなのだから。
「リオ、何か勘違いしてるけど、こっちの方が危険度は高いからね」
「え? 音が大きいくらいじゃないの?」
「音だって立派な圧だし、この距離だと体を吹き飛ばす威力の衝撃波がくるよ」
ミールの言葉にマクシィを見返した。
「安心してくれ。医師もちゃんといる」
安心できない……
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マクシィの合図で艦砲は発射された。轟音とともに音の圧力は、物理的な力をもってリオを吹き飛ばした。衝撃波は内臓に影響したのか脳内にはアラート音が響き、視界には自己修復システムの起動表示が浮かんでいる。
安全な観測拠点にいる他の面々とは違い、ミールは彼女と共に艦砲の隣にいた。倒れてたリオの近くに膝をつき、彼は彼女の頬に手を当ててナノマシンを介したシステム干渉を行った。
ミールは全然平気そう……システム干渉? 何だろう。
リオにはよくわからなかったが、彼が悪意を持つはずないと思い干渉を受け入れた。体内の修復速度が目に見えて上がっていく。
「もう回復してる。大丈夫そうだね」
「全然大丈夫じゃない……」
待機していた医師のチェックにより問題がないことが確認されると訓練は続行された。
何度か艦砲が放たれ、最後はシェイクされた胃の中身を盛大に岩場に撒いた。リオはミールに見られたと涙を流す。訓練に付き合うSPD隊員や技術者たちの表情がどこか気の毒そうだった。
「よく頑張ったな、リオ。これから毎週末似たような訓練をするからそのつもりで」
「さいあく……」
「次からは先生はつかない。ひとりでやってもらう」
「さいあく!」
来週からこの最悪な訓練にミールもいないと知り、リオは絶望した。
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この日、リオは心身の疲れを口実に研究室で寝泊まりした。ソファに横たわりミールの白衣を布団代わりにくしゃくしゃにして寝転がった。彼女なりの意趣返しだった。膝を枕代わりに座らせたミールは困り顔でそれを受け入れ、自身の首のソケットにケーブルを差し込み、彼女が寝付くまで何かの作業を続けていた。
夜中、リオはふと目を覚ました。ミールは目を瞑っているが、瞼が動くことから眼球は動いているのだろう。首につながったケーブルは緑に発光し、どこかとやり取りをしている様子だった。彼の目じりには涙が浮かんでいる。生理的なものだろうか、リオはそっと手を伸ばして拭った。
「リオ……」
彼から無意識に漏れた言葉。意識はケーブルの向こうに集中しているはずだ。それでもその声を聞いたリオは胸の奥がほんの少し温かくなるのを感じた。
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後日。アンジェに言われていた外務省インターンの日がきた。事前に渡されていた指示どおり、今日はいつものパーカーではなく、スーツ風のファッションに身を包んでいる。服はVTが買ってきて合わせてくれたものだった。
ハイウエストのパンツは意外にも自分に似合っている気がする。……ただ、毎回タイトめなデザインを選ぶのはVTの趣味なのか、それとも自分がそういう服に似合うと判断されているのか。鏡の前で少し見入っていた姿をVTは誇らしげな顔で見ていた――機械のはずなのに人間臭い仕草で。そんな様子を見ていると本当に意思があるような気がしてきた。
アンジェ曰く、「完全なスーツやオフィス服じゃなくても、下品でなければよい」とのこと。地球の官庁だと服装規定はうるさいらしいが、月はそのあたり自由らしい。正直助かった。
集合場所のシャイアンのホールでアンジェを待つ。いつもと違う格好のせいか、周囲の視線がほとんど気にならなかった。
パーカー姿はいつも悪目立ちしてるしね……
やがてアンジェが現れた。タイトスカートに黒いストッキング――まるでモデルのような脚線美。彼女はミールのような造形美ではなく、完成された大人としての存在感があった。
「あら、そういう格好も似合うわね。堅すぎずいいセンスの服よ」
「ありがと。私が選んだわけじゃないけど」
「ああ、あなたの部屋のマシナリーがコーディネートしたのね」
その口ぶりから、彼女の時代にも専属マシナリーが付いていたのだろうか。
「ここじゃなんだし、外務省に移動しましょうか」
アンジェの案内で初めて通る通路を進んだ。辿り着いたエレベーターはアノマリー棟にあるものとよく似ていた。
「どこもこんな感じなんだ」
「ええ。シャイアン内ではデザインは基本同じよ」
政府の施設というより、大学の平凡なエレベーターと同じデザインで拍子抜けする。逆にその無機質さが、本物の政府の秘密基地めいた雰囲気を醸し出している気がしなくもない。
「データパッドに入ってた『外務省用トークン』はちゃんとインストールした?」
「うん」
「いいわね」
ふたりで乗り込むと上昇が始まった。ドアが開くとそこはまるで高級ホテルのエントランスのようで、巨大な空間が広がっていた。
「ようこそ。ここが学術都市セランの外務省よ」




