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01.プロローグ

 月面学術都市セランに向かう政府専用リニアの中。ハイスクールを卒業したてのリオは、慣れない高級シートに背を預け、窓の向こうに見える銀色の都市を眺めていた。手にはセラン政府発行の入学許可書が握られている。


「セラン工科大学アノマリー科ね……」


 その名を口に出すだけでリオは胸の奥がざわついた。宇宙で最も優秀な人々が集う大学――


 普通の学力しか持たない自分がここに招かれる日が来るなんて……。


 アノマリー科が具体的に何をしているかを知るものはほとんどいない。ただ、世界唯一の超能力専門学科だということは知っていた。


 リオは水の入ったボトルを超能力で軽く浮かせ引き寄せた。手に収まったボトルの中身を勢いよく飲み干す。初めての宇宙。初めての月面。気怠げな雰囲気の彼女だが、内心は小さく高揚していた。


「私の格好、浮かないよね?」


 大きめのパーカーにショートパンツというストリートカジュアルな装いは、短めの髪の彼女によく似合っていた。しかし、ラグジュアリーな車内の雰囲気には明らかに不釣り合いであり、リオは思わず肩をすくめた。


 リニアが加速して都市の全貌が窓に広がると、彼女の目が自然に輝いた。野心も夢も特別持たない彼女だが、それでも月面都市群の壮麗さは心を躍らせるには十分であった。


「……本当にここに来ちゃったんだ」


 胸の奥で何かがわずかに震えた。恐怖なのか、興奮なのか。リオ自身にもわからないが、恐れよりも好奇心が勝っていた。


 地元の行政官は、セランの招待を断ってもペナルティはないと言ってたけど……。


 リオは書類を握り直し、窓の外に流れる光のラインを目で追った。


「これから何が待っているんだろう……」


 未知への一歩。リニアが「月面学術都市セラン」に差し掛かり、リオの物語は静かに幕を開けた。


――――――――――


 セラン市内にリニアが入った瞬間、車内の空気が一変する。


 リオのいる車両の扉が開き、フルフェイスの装甲ヘルメットをかぶった男女ふたりが入ってきた。黒く鈍い金属色の外装の肩口には「SPD」の白い文字。まるで対テロ特殊部隊のような出で立ちだ。


 リオは息を呑んだ。ニュース映像でしか見たことのない存在が今、目の前にいる。


「我々はSPDの入国監査部隊です」


 男の方が機械越しのくぐもった声で告げた。


「先日、市内中心部でテロが発生しました。現在官民問わず、全ての入国者に対して検査を実施しています。ご協力をお願いします」


 丁寧な口調であったが、そこには「拒否」という選択肢を許さない圧が存在した。


 VIP専用のリニアって出国時に言われたのに……。


 小さく不満を漏らすリオに女性隊員が気づく。軽く屈み、機械越しに柔らかい声を出した。


「ごめんね。この車両に特別な人しか乗ってないのはわかってるの。でも規定だからね。ちゃんと私が担当するから、安心して?」


 声は優しい。けれども、多眼のフルフェイスは威圧感があり、安心どころか心臓が跳ね上がる。リオは抵抗せずおとなしく従った。


 ボディチェックを受けながら胸元のエンブレムに目をやる。SPDの下に「Selan Police Department」の文字――

 

 警察……?


 名称からしてそうだろうが、装備は完全に軍用レベル。リオの目には地球で見かける連邦の兵士より、遥かに充実した装備に見えた。


 こんな装備の警察がいるって……月の治安ヤバくない?


「IDを確認します」


 男の声にリオは素直に頷いて、IDのアクセスを許可した。手のひらを差し出すと、体内のナノマシンが稼働し青白い光が浮かび上がる。空中にIDデータが投影された。


 男性隊員はそれに視線を向け確認し、少しだけ声色を和らげた。


「驚いたな、リニアを一両貸し切りとは。議員の令嬢の類だと思っていたが……エスパーか。なら、我々に敵意がないこともわかるだろう? ――ただ、スキャンはやめてくれ」

「え?」

「スタンドアロンだろうが、我々は感知できる。市内で警官をスキャンすると面倒な誤解を招くぞ」


 ――バレた!? 地元警察も気づかなかったのに。完全に独立したスキャンをどうやって……? 思わず緊張で体がこわばった。


「問題なし。あまりいじめないであげて。――ご協力に感謝します」


 女性隊員がリオを庇う様な言葉で検査を切り上げ、彼女に敬礼をしてきた。


「あなたのセランへの入国を歓迎します」


 ようやく解放された。まだ都市に足を踏み入れてもいないのに、もうぐったりだ……眠たい。


 リオは荷物をまとめリニアを降りた。入学許可書を雑に鞄へ突っ込みながら、学術都市セランの輝きの中へ足を踏み出した。


――――――――――


 駅に降りるとすぐに入国ゲートが見えた。政府専用リニアだけあって乗客は少ない。降りてくるのは皆、高級スーツやドレス姿のエリートばかり。リオの姿は明らかに浮いていた。


「こちらで入国審査を行います。皆さまゲートごとに一列でお並びください」


 整った顔立ちの女性が三つのゲートにそれぞれ立っている。美しいが、どこか無機質。全員が同じ顔であり、完璧なスタイルからもアンドロイドであることは明らかだ。


 警官に注意されたばかりなのでスキャンは控えるが、外観からわかるだけでも肌の質感はまるで人間のようだ。


 事務処理にこれほどのハイエンドモデルを使っている――月の贅沢さにリオは思わず息を呑んだ。


 列に並びながら横目でリニアの貨物エリアを見ると、いくつものコンテナが運び出されていた。そのうちの一つは中身が大きすぎて、砲身のようなものがはみ出している。詳細はわからないが、物騒な装備をつけている作業員を見てリオは眉をひそめた。


 どう見ても連邦からの軍需物資だ。セランは中立で、警備目的以上の武力は持てないはずなのに……


 列が進みリオの番となった。担当の女性型アンドロイドが無表情のまま告げた。


「認証パッドに手を置き、IDおよびレベル二までの情報アクセスを開放してください。データを受け取り次第、フルスキャンを開始します。十秒ほど動かないように」


 言われるままにリオは手を置くと、体中を青い光に照らされた。連邦を出国したときのフルスキャンは三分前後掛かったため、十秒ほどで終わるという速さに、セランの技術力の高さを彼女は実感した。


 あっという間にフルスキャンが終わり、アンドロイドは目を淡く緑色に光らせながら続けた。


「セラン工科大学への留学ですね。アノマリー科――つまり、招待された超能力者の方ですか。失礼ですが、超能力者の証明は可能でしょうか?」


 リオは少し得意げに、近くにあった置き物を軽く浮かせてみせた。


「これでいい?」

「はい、確認できました。間違いないようですね。これにて正式に入国を許可します。大学側からは、すでに車両のチャーターが済んでおります。タクシー乗り場へ向かってくださいとのことです」


 至れり尽くせりすぎて不気味だ。けどわかんないから従うしかないか……。


 そのままゲートをくぐると、背後から小さな声が聞こえてきた。


「本物だ」

「初めて見た」


 人前で超能力を披露すると、時折こうして注目を浴びる。リオにはそれが少し誇らしかった。彼女の中の小さな自尊心が静かに満たされる。


 タクシー乗り場に着くと、大学直行の無人チャーター車両がすでに待機していた。リニアと同じく最高級シートの高級車だ。なぜここまでVIP扱いなのか分からないまま、リオは大学のある都市の中心へと向かった。


 車の窓の外には、リニアから見た都市とはまた違う景色が広がっていた。外からは銀色の世界に見えたが、中は色彩と光に満ちた摩天楼。連邦の首都よりも華やかだとリオは思った――そこに行ったことはないが。


 大学に着くと迎えの事務員に言われるままサインと認証を繰り返し、入学と入寮手続きを終えた。あまりに淡々と進んでいき、今日のすべてがリオには夢のようであった。自室に辿り着いた瞬間、彼女はベッドに倒れ込み、そのまま深い眠りに落ちていった。



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