二十四話
三月二十八日。離任式当日は快晴だった。桜も満開。風が吹けば花びらがひらりと散る。今日が離任式だからだろうか。木から離れる花びらが、こぼれ落ちる涙のように見える。
藍は大学の入学式用に買ってもらった真新しいスーツに身を包み、母校の丘ノ上高校に行った。
もう入ることはないと思っていた三年四組の教室に向かう。退職する宮下に色紙を書くためだ。
教室のドアを開け、まず目に飛び込んできたのは茶髪の元クラスメイトだった。他にも、金髪に銀髪、蛍光ピンクだっている。卒業式を終え、校則から解放された彼らの髪色は実にカラフル。縛られない自由を楽しんでいる。
色彩豊かな教室の中、みなみの姿を見つけた。藍は髪を染めず、ピアスも開けなかったが、みなみは正反対だった。髪はミルクティーブラウンになっていて、両耳には赤いピアスが光っている。
「みなみの髪色、綺麗だね」
「そうでしょ?」
みなみは自慢げに髪をなびかせた。
「藍は染めないの?」
「私はまだいいかな」
「藍はね、暗い茶色が似合うと思うなぁ」
「そうかな」
「うん。絶対似合うと思う」
「ねえ、二人は先生にメッセージ書いた?」
ルーム長だった香奈から声をかけられた。教室に来た目的を忘れていた。
「まだ書いてない」
みなみが色紙を受け取る。色紙の真ん中には『宮下凜先生へ』と大きく書かれていた。名前の周りには、彼女宛のメッセージで埋め尽くされていて、書けるスペースがほとんど残っていなかった。
藍とみなみは隙間を見つけ、メッセージを書く。
『先生の幸せを願っています 歌川藍』
『先生大好きです 戸塚みなみ』
「ありがとう」
香奈は色紙を持つと、
「まだ書いてない人~」
室内に声を響かせた。
目的を済ませた藍とみなみは、教室を出て体育館に向かった。
クラスごとに座っている在校生の隣に自由に並び、離任式の開始を待つ。髪を染め、ピアスを開けても何も言われない卒業生を見る在校生は、どこか羨ましそうな顔をしている。カラフルな卒業生が花なら、在校生はこれから芽を出して、花を咲かせる種のようだった。
十分後、離任式が始まった。異動、退職する教員の紹介があった。三年部の教員で丘ノ上高校を去るのは、宮下と定年退職の長野だけだった。
学校を去る教員が一人一人ステージに立って、別れの挨拶をする。教頭、長野の挨拶が終わり、宮下の番になった。
宮下はマイクを片手にステージの真ん中に立って、一礼した。
「三年四組の担任をしていました、宮下です。私は体調を崩し、十一月から休職をしていました。体調が以前のように戻らず、この度退職することにしました。三年四組の生徒、諸先生方には迷惑をかけてしまいました。至らない私ではありましたが、生徒の皆さんが、『先生、先生』と言って、話しかけてくれることが嬉しかったです。最初で最後の担任が、三年四組でよかったと思います。ありがとうございました」
宮下は涙声になりながらも、最後まで喋りきった。その姿に藍も目頭が熱くなった。
離任式の後、三年四組の生徒が宮下を囲んだ。
「先生、ありがとうございました」
香奈が色紙を宮下に渡す。
「皆、ありがとう」
色紙を見た宮下の頬に涙が伝う。涙は三年四組の生徒たち伝染した。もちろん、藍にも。
宮下に色紙を渡した後、解散した。
藍は、もう一緒に歩くことはないと思っていた通学路を、みなみと帰る。
「あーあ、宮下先生退職したから、卒業生が学校に来て、恩師を会うやつできなくなっちゃったね。私、あれ憧れてたんだけどなぁ」
「そう?」
「先輩が先生に会いに来てるところ見て、いいな、って思ってたんだけど。藍は憧れなかった?」
「全然」
「えー」
みなみは転がっていた小石を蹴飛ばした。ヒールが高い真っ黒なパンプスが汚れると、やばっ、としゃがんだ。汚れを指でなぞると、綺麗に消えた。
「学校では宮下先生に会えなくなったけど、私、夏休みに家に遊びにおいで、って言われてるんだ。みなみも一緒に行く?」
「行く! ていうか、いつの間に先生とそんなに仲良くなってるの?」
「内緒」
藍は悪戯っぽく笑ってみせる。
みなみは薄ピンクのチークが乗った頬を、ハリセンボンのように膨らませた。
「ケチ! 教えてよ」
「絶対に教えなーい」
さらに膨らんだみなみの頬を見て、藍は笑った。
宮下と親しくなった理由を教えないまま、分かれ道に到着した。卒業式の日と同じように、二人は向き合う。
「じゃあね。藍。これからもお互い、頑張ろうね」
「うん。頑張ろう」
藍は深く頷いた。
『自分に自信を持ちなよ』
宮下の言葉を胸に、頑張りたい。だから深く頷けた。




