二十一話
冬休みが明け、三学期になった。三年四組で進路が決まっていないのは、藍だけになった。クラスメイトたちは卒業研究、藍は受験勉強に勤しむ。
今、教室は藍一人だ。クラスメイトは卒業研究の調べ物をするために、パソコン室や図書室に行っている。大久保もそっちに行っている。
授業終了五分前、クラスメイトが戻ってきた。楽しそうに話す声が聞こえ、視界の端には彼らの笑顔が映る。
私もあんな風に卒業研究、やってたんだろうな。そう思いながらも、目の前の過去問に向き合った。
*
時が過ぎるのは早いものでもう二月。明日は第一志望校の入試日だ。学校も仮卒期間に入り、三年四組の生徒は登校しなくていいが藍は教室にいた。家よりも、学校で勉強するほうが、身が引き締まって勉強がはかどるような気がした。
一人寂しい教室でシャーペンを走らせているとドアが開き、利光が入ってきた。
「おはようございます」
「おはよう。頑張ってるのね」
「はい」
厚手のニットを着ている利光はぶるりと震え、自分の腕をさすった。
「この部屋、寒いじゃない。暖房入れなさいよ」
「入れてもいいんですか?」
「いいわよ。もし文句を言われたら、私が入れたって言いなさい。文句言い返してあげるから」
利光は黒板横にある暖房のスイッチを入れた。教室にぬくもりが生まれる。
「ありがとうございます」
「いいのよ。入試直前に風邪引いたら困るじゃない」
利光は鼻をすすった。
「歌川さんは試験いつなの?」
「第一志望が明日です」
「あらそうなの。私にはこれしか言えないけど、肩の力を抜いて頑張ってね」
「はい。頑張ってきます」
激励をもらった藍は、昼過ぎまで勉強し自宅に帰った。
翌日、藍は試験時間に十分に間に合うよう、早目に家を出て試験会場の大学に向かった。
夏のオープンキャンパス、十一月の指定校推薦のときもここに来た。大学の敷地に足を踏み入れるのは今日で三回目。
試験会場の教室に入る。自分の受験番号の席に着き、筆記用具、時計、受験票を机上に置く。試験開始時刻の九時までまだ時間がある。藍は単語帳を開いて、最後の最後まで英単語を頭に入れる。
八時四十五分、大学の職員が教室に入ってきた。単語帳を鞄に仕舞う。
受験票に貼っている写真で本人確信をし、試験問題の冊子が配られた。
瞼を閉じる。視界を真っ暗にして心を落ち着かせる。
大丈夫、大丈夫。今までやってきたことを出せばいいんだ。
目を開け、机上の腕時計を見る。試験開始まであと二分。配られた英語の問題冊子をじっと見る。
「時間になりました。始めて下さい」
絶対に合格して、この大学に通うんだ。藍は思いを胸に問題冊子をめくった。
英語と国語の試験は午前中で終わった。帰路についた藍の背中は丸まっている。難関私立、英語が特に難しかった。正直、手応えはない。でも最後まで諦めずに解いた。合格、という奇跡を信じたい。
藍は第一志望校の試験結果が出るまでに、他に二校受験した。ひとまず全ての試験が終わり、あとは合格発表を待つだけになった。
第一志望校の合格発表日。藍はスマホで大学のホームページを検索した。サイトのトップページの『一般入試 合格者発表』のPDFをタップし、ダウンロードした。
気持ちを落ち着ける間もなく、スマホ画面に合格者の受験番号が表示された。PDFを拡大して、自分の受験番号を探す。
自分の受験番号はなかった。不合格と分かっても、何度も自分の受験番号を探してしまう。奇跡は起こらなかった。
わずかに持っていた希望は、ろうそくの火を吹き消したようにすっと消える。PDFを閉じる。学習机の引き出しの中から受験票を出し、破ってゴミ箱に放った。
数日後、残り二校の合否発表があった。第二志望も不合格。第三志望の大学だけ合格した。浪人はしないと決めていた藍は、第三志望の大学に進学することを決めた。




