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二十話

 今日の授業が終わった。藍がみなみと廊下を歩いていると、田北から声をかけられた。

「歌川、ちょっといいか?」

 藍はみなみと顔を見合わせる。みなみは顔をしかめた。

「先に外行ってる。ベンチで待ってるね」

 みなみは逃げるようにその場を離れ、階段を駆け下りていった。

 藍は改めて田北と向き合う。四組の授業を受け持っておらず、関わりのない田北から、何を言われるのか想像できない。

「今日の朝、職員室で大久保先生が、秋吉先生にお前の話をしているのを聞いた。残念なことだが、もう結果は覆らない」

 結果が覆らないことくらい分かっている。田北の言葉に心がずきりと痛む。少し塞がった傷に塩を塗られたようだった。

「今度は一般入試で挑戦するらしいな」

「はい」

「今から一人で入試対策をするのは大変だと思う。そこで提案だが、受験科目だけでも放課後にやっているAコースの補習に参加しないか?」

 一人で頑張るしかない。そう思っていて藍にとって、田北の提案はまさに助け舟だった。

「参加したいです。お願いします」

 食いつくように返事をする。

「おお、そうか。受験科目は何だ?」

「国語と英語です」

「分かった。利光先生に言っておく。明日は英語の補習のはずだから、ホームルームが終わったら、すぐに生物室に行けよ」

「はい。分かりました」

「それと明日、補習の時間割を渡すから」

「ありがとうございます」

 藍が一礼すると田北は微笑み、渡り廊下のほうに歩いていった。

 姿勢が悪くてわずかに丸まっている田北の背中が、今日は頼もしく見えた。同級生の多くは田北のことを、うざい、だるい、話が長い、と言って毛嫌いしている。無愛想に見えるのは感情を表に出さないだけ。生徒のことを思って、しつこく丁寧に接し、事細かに説明してくれるのではないか、と今になってつくづく感じた。

 藍は遠ざかる田北に背を向け、みなみの元に急いだ。

「お待たせ」

 校庭のベンチに座っているみなみの肩に手を乗せる。後ろから触られて驚いたのだろう、みなみは体をびくりとさせ、振り返った。触ったのが藍だと分かると、にこりと笑い立ち上がった。

 肩を並べて家路につく。

「田北の話、何だったの?」

「放課後のAコースの補修に参加しないかって」

 藍が言うと、みなみは目を丸くした。

「えー、田北がそんなこと言ったんだ。何か意外かも」

「私もびっくりしたよ。補習参加の提案をしてくれるなんて思わなかった」

「それで補習、参加するの?」

「うん。国語と英語だけ」

「そうなんだ。頑張ってね」

「ありがとう。頑張る」

 みなみと別れたあと、藍は真っ直ぐ帰らずにゴミ捨て場に向かった。

 ゴミ袋は一つ残らず回収されていた。けれど、カラスがゴミ袋をつついたのだろうか。ゴミ捨て場には、わずかに生ゴミが散乱していた。

これであの置物は燃やされて、この世からなくなる。藍はほっと胸をなで下ろし、自宅に向かった。

 翌日の放課後、藍は生物室に向かった。前方のドアから教室に入ると、最前列に座っている人と目が合った。他の人も、あなた誰? という表情でじろじろ見てくる。

 教室内に視線をやる。室内は補習を受ける生徒たちでいっぱいで、最後列の端の席しか空いていなかった。早足で空席に向かい、着席する。同級生の背中から、受験前特有のぴりぴりオーラが出ていた。

 補習の内容は、様々な大学の入試過去問をまず自分で解いて、その後教員の解説を聞くというものだった。

 十問解いてみたけれど、二問しか正解していなかった。今まで成績よかったし、案外解けるかも、という甘い考えは一瞬で崩れ落ちる。

 利光の解説も、できていて当然、という体で進むため、藍はついていけなかった。テスト前は文法や単語を一生懸命覚えるが、今はすっかり頭から抜け落ちている。藍はそんな自分のことが嫌になった。

 補習が終わると、藍は利光から話しかけられた。

「今日の補習、どうだった?」

「難しかったです。でも参加して正解でした」

「そう。昨日、元気がなさそうだったから心配してたのよ。まあ、合格取り消しのことで悩んでたのだと思うけど」

 利光はお見通しだった。

「人生、色々あるから。あまり深く思い詰めないように。最後まで諦めなければ何とかなるから」

「……ありがとうございます」

「今はつらいかもしれないけど、一人じゃないから。頑張りましょうね」

「はい」

 一人じゃない。

 藍は今まで、手のかからない優等生として両親や先生から評価されていた。人に頼ることなく、何事も一人で解決するように努めていた。だから相談なんて、誰にどんな風にすればいいかよく分からなかった。

 一人で背負わなくていい。力を貸してくれる人はいるんだ。

 手を差し伸べてくれた田北と利光。二人が藍の心にのしかかっていた岩を砕いてくれた。


  *


 二学期が終わり、冬休みに入った。冬休み期間はクリスマスにお正月など、イベントが目白押しだが、藍は楽しむ余裕すらない。学校の課題と一般入試の勉強で手一杯だった。

「根を詰めすぎじゃない? ちょっとは気分転換でもしたら?」

 母親から言われたけれど、藍は勉強に打ち込んだ。

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