表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/24

十六話

 次の日の朝自習も、おしゃべりタイムに変わりなかった。

 みなみと席が離れていて話す人がいない藍は、一学期と変わらず、その日にある小テストの勉強をしている。教室内の騒音はBGMとしては大きすぎるが、気にせず英単語を覚える。

 赤シートで意味を隠しながら覚えていると、バンッ、と音がした。突然の音に教室も静まりかえる。

 藍は英単語集から顔を上げ、音がした右側を見る。開かれたドアから、顔を真っ赤にした秋吉が入ってきた。柔道部顧問で筋骨隆々な上、強面の秋吉。その姿は赤鬼のようだった。教壇に立つと、両手で教卓を打った。天板を叩きつけた衝撃音が室内に波及する。

「うるさい! 他のクラスから苦情がきてるんだぞ! 昨日も利光先生から授業中の態度について報告を受けた。お前たちは、自分たちが楽しければそれでいいのか? 入試が終わったあとから、態度が変わりすぎだ。他のクラスのこと、先生たちがどんな気持ちでお前たちを推薦したか、少しは考えたらどうだ!」

 秋吉の雷が、三年四組全員の頭上に落ちた。皆黙りこくる。時計の秒針の音がはっきりと聞こえた。

「このクラスのルーム長は誰だ?」

「……はい」

 蚊の鳴くような声で返事をした香奈が、手を胸の前に挙げる。

西沢(にしざわ)か。なぜ、注意しないんだ」

「すみません」

「謝れと言ったんじゃない。注意しなかった理由を訊いているんだ」

「……私もしゃべっていました」

 香奈の返答に、秋吉は呆れ果てたような顔をし、教壇から降りた。

 藍は秋吉を目で追う。廊下に出た秋吉は、ドアを閉めなかった。開けっ放しのドアの向こうに、宮下の姿があった。宮下は親に怒られる子どものように縮こまっていて、秋吉に何度も頭を下げていた。

 秋吉がその場を去ると、宮下が教室に入ってきて、教壇に立った。三十六人の視線が向く。宮下は口紅がはみ出ている唇を震わせた。

「一学期はこんなに注意されることがなかったのに。どうして……」

 その声は覇気がなく消えそうだった。

 教室は真夜中のように静かだ。誰も何も言わないし、言えない。ただしらけた空気が満ちている。朝自習の終了を告げるチャイムが鳴った。いつもより大きく聞こえた。

 朝自習の件もあってか、授業に来る教員たちは、いつも以上に機嫌が悪い。触れたら感電しそうなほどピリピリとしている。

「いつもいつも眠っていて、いい加減にしなさい!」

 穏やかで放任的な長野でさえ、授業中に眠っている生徒を起こして叱りつけた。

 昼休みも静かだった。いつも騒いでいるクラスメイトたちは借りてきた猫のようだった。

 帰りのホームルーム、宮下の顔色は悪かった。口紅もはげていて、色のない唇が血色の悪さを際立たせている。

 宮下の声がぼそぼそと小さく、連絡事項はよく聞こえなかった。

「以上です」

 宮下は言うと俯いた。そして、

「……ごめんなさい」

 と言い残し、教室を出ていった。連絡事項は聞こえなかったのに、『ごめんなさい』は拡声器でも使ったかのように、はっきりと聞こえた。

 どうして先生が謝るの? 謝らないといけないのは、私たちのほうなのに……。藍には『ごめんなさい』の意味がさっぱり分からなかった。


 週明けの月曜日、まだ朝自習が始まっていないにもかかわらず、教室は深閑としていた。そんな教室に、朝自習の始まりを告げるチャイムが鳴る。出欠確認に副担任の大久保(おおくぼ)が来た。

 今日の朝自習は先週の金曜日のこともあり、皆、静かだった。けれど静かなのは自習しているからではない。机に突っ伏して寝ているか、校内で使用が禁止されているスマホを触っている人がほとんどだからだ。反省などしていなそうだ。

 藍はいつも通り、小テストの勉強に取り組んだが、なぜか単語を覚えられない。勉強をやめ、読書をすることにしたが、小説の内容も頭に入らない。ただ文字を目で追うだけだった。

 実りのない朝自習は終わった。

 教室のドアが開いた。入ってきたのはまた大久保だった。大久保は五十代の男性教師。経験豊富であろう彼は、担任一年生の宮下のフォローをしていた。

「おはようございます。突然のことですが、宮下先生は体調を崩されて休職することになりました。なので、今日から私が皆さんの担任代わりになります」

 大久保の発言に、静寂は動揺に変わった。

「残念ですが、仕方がないことです」

 大久保は必要なことを淡々と言って、教室から出ていった。ドアがぴしゃりと閉まると、室内は途端にざわめいた。

 みなみがとことこと藍の元にやって来た。

「宮下先生、大丈夫かな?」

 今年の三月、宮下が担任になることを望んでいたみなみは、憂色を漂わせている。

「最近、顔色悪いなって思ってたけど、突然だよね……」

 藍も驚きを隠せなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ