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父と娘

次の日。



「はぁ~……」



私は重い足取りで本邸へと戻っていた。

朝起きたときからずっと気分は沈んだままだ。



(……帰りたくない)



本邸にはお父様がいる。

きっと昨日勝手に離れに行ったことを咎められるだろう。

これから叱られるのだと思うと気が重くなった。



前世ではあんなことがあったのだ。

お父様とは出来るだけ関わりたくなかったし、関わるつもりも無かった。



「お嬢様、大丈夫ですか?」



隣にいたミリアが、私に心配そうに声をかけた。



「ええ、平気よ」



私はミリアに対して笑ってみせる。

本当は笑えるような状況ではないが、ミリアを心配させたくはなかった。



そうしているうちに、公爵邸へと辿り着く。



(気が重いわ……)



しかし、お父様の前で粗相をするわけにもいかない。

私は舞踏会で王太子殿下の隣に控えていたときを思い出し、気を引き締めて公爵邸へと入った。



「――お帰りなさいませ、お嬢様」



邸へと帰ってきた私の姿を見るなり、エントランスにいた使用人たちが私に頭を下げた。

私は彼らに見覚えがあった。



(…………みんな!)



エントランスにいた使用人たちはみんな昔よく遊んだ人たちだ。

王宮に上がってからは全く会っていなかったからか、懐かしい気持ちになる。



(……会えて本当に嬉しい)



再会出来て嬉しいが、緊張のせいか言葉に詰まってしまう。

そんな思いからか、私は使用人たちの前でしばらくの間無言で立ち止まってしまった。



「ええ、ただいま……」



結局、私の口から出たのはその言葉だけだった。

もっと色々と話したいことがあるのになかなか言葉が出てこない。



(何か、何か言うのよ、セシリア!)



そう思い、口を開こうとしたそのときだった――



「……ッ!」



その瞬間、私の体が硬直した。

奥に予期せぬ人物がいたからだ。



「お父様……!」



奥に立ってこちらをじっと見ていたのは私の父であるオスカー・フルール公爵だった。



(……いつもなら書斎から出てこないのにどうして!?)



公爵であるお父様は多忙な方だ。

仕事が忙しくて家に帰らない日が多い。

もし帰ってきたとしてもその大半を書斎で過ごしているため、家にいたとしても会うことはほとんどない。



それなのに、どうしてここにいるのだろうか。

突然の出来事に、私はしばらくその場から動くことが出来なかった。



「……」

「……」



私がお父様の存在に気付いたことにより、お父様と視線がぶつかり合った。

お互いに一言も喋らないため、二人の間を沈黙が流れた。



(き、気まずい……!)



あまりの気まずさに何か喋ろうとしたが、この沈黙を先に破ったのはお父様の方だった。



「セシリア、話がある」



お父様はそれだけ言うと、すぐに自分の書斎へと入っていく。



(……何かしら?)



お父様から話があるだなんて珍しい。

私もお父様について、書斎へ入る。



書斎の中ではお父様が椅子に座っていた。

何かの書類を見ていたが、私が入るなりすっと視線を私に向けた。



「今から王宮へ行くから、準備しろ」



お父様は無表情でただそれだけ言った。



「え、今からですか?」

「ああ。話は以上だ」



お父様はそれだけ言うと手元の書類に視線を戻した。

要件は終わりだから出て行け、という意味だ。

私はすぐに書斎を出て自室へと戻り、ミリアに声をかける。



「ミリア、今から王宮へ行くそうよ。準備をお願いできるかしら」

「それは随分と急な話ですね……」



ミリアも私の言葉に驚いた顔をしてそう言った。



(いくら何でも急すぎるわ。それに…………)



お父様は私が離れを行ったことを咎めなかった。

それについて触れることすらしなかった。



(どこまでも私に興味がないみたいね……)



そう思うと少し悲しくなった。

娘が突然いなくなったというのに心配もしないのだろうか。

きっとお父様にとって私は愛する娘ではなく血の繋がった他人なのだろう。



「……」



前世での私は、父親にも愛されたいと思っていた。

結局その願いが叶うことは無かったが。



自然と暗い気持ちになっていた私に、ミリアが張り切った様子で声をかけた。



「お嬢様、王宮へ行かれるのであればとことん着飾っていきましょうか」

「え……?何故……?」

「だって王宮へ行くなら王太子殿下にお会いするかもしれないじゃないですか!」



(あ、忘れてた)



前世での私は誰が見ても分かるくらい殿下に恋をしていた。

恋は盲目というけれど、まさにそんな感じだった。

殿下以外の男性に興味は無かったし、彼だけをただ愛していた。



(……今考えたら、ちょっと怖いわね)



そりゃ殿下も逃げるわ。

何だか彼が私を嫌っていた理由がよく分かった気がした。



そして、ミリアだけではなく公爵邸にいる他の侍女たちも張り切っている。



(……ちょっと待ってよ。私はもう殿下のことが好きでもないし、何なら婚約解消したいって思ってるのよ。早く誤解を解かないと……)



「ミリア……その……あまり張り切らなくても……」

「何を言ってるんですか!殿下にとびきり美しいお嬢様を見てもらいましょう!」

「えっ……いや……その……」



結局私はミリアを始めとする侍女たちによってとことん磨かれたのだった。








部屋から出ると既にお父様は準備を済ませていた。



(……お父様)



お父様はもう三十を過ぎているが、かなりの美丈夫だ。

お母様と婚約する前はそれはもう貴族令嬢たちに人気だったらしい。



(まぁ、公爵家の嫡男なうえにこの見た目だものね……)



何だかその理由も分かるような気がした。

父親としては最低だが、パートナーとしては最高の相手だろう。



地位と美貌。

この二つさえあれば社交界ではモテモテだ。

実際、私の婚約者である殿下も王太子という地位と美しい容姿を持っていたから令嬢たちからかなりの人気があった。

私が隣にいるというのに、殿下に言い寄る貴族令嬢は何人もいたのだから。



(……その度に嫉妬してたっけ)



前世では令嬢たちが殿下に話しかけるたびに彼が取られるのではないかとヒヤヒヤしていた。

殿下を狙う令嬢の中には殿下と釣り合う身分の美しい令嬢もたくさんいたからだ。

まぁ、結局殿下の心を射止めたのはその中の誰でもない男爵令嬢だったのだが。



「――おい、行くぞ」

「!」



お父様はそれだけ言うと、私に背を向けて歩き出した。



「あっ、はいッ!」



私はすぐに考えるのをやめてお父様について行った。







お父様と私は同じ馬車に乗って王宮へと向かう。



(……最悪だわ)



こんな狭いところでお父様と二人きりだなんてなかなか苦痛だ。

気まずいどころではないし、早くここから抜け出したい。



お父様は王宮に向かっている途中ずっと窓の外を眺めていた。



「……」



(……あれ?何だろう……?)



窓の外を眺めているお父様の瞳が、どこか切なさを帯びていた。



こんなお父様は初めて見た。

私が知るお父様は厳格で滅多に笑わない方だ。

それなのに、今私の目の前にいるお父様は私が知るお父様とは違う人のように見えた。











結局馬車の中では父娘の会話など一切無く、王宮へと到着した。

広い王宮の中を私はお父様の後を必死でついて行く。



(まだ子供なんだから、もう少しゆっくり歩いてくれたっていいのに……)



そう思っていると、お父様は振り返って私に言った。



「今から国王陛下に謁見する」

「!」



(国王陛下……!)



私は国王陛下というその言葉を聞いて少し気持ちが穏やかになった。



国王陛下は前世で唯一私に優しくしてくれた人だからだ。

婚約者である殿下に見向きもされない私をいつも気遣ってくれた。

実の父よりも、本物の父に近かった。



(国王陛下に会えるのね……!)



今世でも良い関係を築けていけたらいいなと思う。

今回は私が陛下の義理の娘になることは無いが、あの人は優しい人だから。







しばらくして、謁見の間の前まで来た。

謁見の間へと入る父について私も入っていく。



「国王陛下、お久しぶりです。フルール公爵家当主、オスカーと娘のセシリアが参りました」



私とお父様は陛下の前で臣下の礼をとった。



「面を上げよ」



その声に従って顔を上げると、そこには前世で見た時と変わらない陛下がいた。



「オスカー、よく来てくれた」



(陛下……全く変わってないわ……)



そして陛下は私に対して優しい瞳を向ける。



「セシリア。見ない間にまた美しく成長したな。おい、あいつはどこにいるんだ」



あいつ、とはきっと王太子殿下のことだろう。

側近の一人が陛下に告げる。



「グレイフォード殿下は王太子教育の最中です」

「セシリアが来ているんだ、今すぐ呼んでこい」

「かしこまりました」



「!」



(殿下が……いらっしゃるのね……)



殿下が来ると聞いて私は身構えた。

正直会いたくないけれど、立場上殿下とは仲良くしなければいけない。



(今世では殿下と良い友人になると決めたのだから……!)



しかし、そうは言ってもまだ彼を怖いと思っている自分もいる。



少しして、扉にいる侍従から声がかかる。



「陛下、王太子殿下がいらっしゃいました」

「入れろ」



(遂に来たのね……!)



私は覚悟を決めて、殿下と対峙した――




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