男心
「ハァ……本当に男ってのはよく分からない生き物だわ」
翌日、私は一人になった自室でポツリと呟いた。
心の声が無意識に出てしまっていたようである。
(殿下も、お父様も。一体何がしたいのかしら?)
前世では一度も私を気にかけてくれたことの無かった二人が今世になって急に私に優しくしてくるのだ。
戸惑うのも無理はない。
それに昨日の殿下のあの感じは、まるで嫉妬でもしているかのようだった。
そんなことありえないと思いながらも、そのことが少しだけ気になっていた。
(殿下はともかく、お父様に関しては絶対何かあるわよね!)
昨日あの会話を盗み聞きしてからというもの、ずっとそのことが引っ掛かっていた。
しかし、かといって使用人たちに聞くことも出来ずにいた。
聞いたところで、お母様の話がタブーとなっているこの公爵家でそう簡単に口を開いてくれるとは思わないからだ。
(私は女だから、殿下のこともお父様のこともよく分かんないなぁ……)
私はしばらく自室で考え込んだ末、あることを思い付いた。
「……そうだわ!いるじゃない!話を聞いてくれそうな人が!」
思い立った私は、紙とペンを手に取ってすぐにその人物に手紙を書いた。
***
それから数日後。
「……」
「セシリア様!この度はこんなにも素敵なお茶会に招待していただきありがとうございます!」
満面の笑顔でそう言ったのは、私の一番の友人であるフォンド侯爵家のマリアンヌ様だ。
そしてその隣には、無愛想にこちらを見つめている一人の青年がいた。
その顔立ちは横にいるマリアンヌ様によく似ている。
「いえ、こちらこそ来てくださってありがとうございます。マリアンヌ様に――フォンド侯爵令息」
そう、私が今回公爵邸でのお茶会に呼んだのはマリアンヌ様だけではなかった。
――ラルフ・フォンド侯爵令息
マリアンヌ様の実の兄である彼も一緒に招待したのだ。
「さぁ、一緒にお話しましょう!」
「はい!」
私は主催者として二人を席まで案内した。
その途中で、フォンド侯爵令息がぶっきらぼうに話しかけてきた。
「ちょっと、何で僕も一緒なの?」
「どうせならマリアンヌ様のお兄様とも仲良くなりたいと思いまして」
「……女の子たちが好むような話について行ける気がしないんだけど」
「大丈夫ですよ!ここにはマリアンヌ様と私しかいないんですから!」
納得がいかないといったような顔をしながらも、フォンド侯爵令息は席に着いた。
席に座った私とマリアンヌ様は、他愛も無い話をした。
用件は別にあるが、マリアンヌ様と話すのは好きだったため彼女も呼んだのだ。
それに殿下とのことを彼女にも報告しておきたいと思っていたから。
「王国一の家門とまで言われるフルール公爵家の邸宅に招待してくださるだなんて、本当に光栄です」
「そう言ってもらえて嬉しいですわ」
「……」
そこでマリアンヌ様が、隣で黙り込んでいる兄君に気付いたのか肘でつついた。
「お兄様も何か喋らないとダメよ!せっかくセシリア様が招待してくださったんだから!」
「喋るって言ったって、話すことなんか無いぞ」
「もう、それだからいつまで経っても友人が一人も出来ないのよ!」
「余計なお世話だ!」
気付けば目の前で兄妹喧嘩を始めていた。
(マリアンヌ様とラルフ様が話しているところは初めて見たけれど……随分仲が良いのね……)
喧嘩するほど仲が良い、というやつだろう。
何だか羨ましい。
しかし、いつまでもこんな風にさせておくわけにはいかない。
「――コホン」
「「……!」」
私の咳払いで、二人がハッとなって前を向いた。
私はそんな二人を見てニッコリ笑った。
「今日はラルフ様にお聞きしたいことがあってお呼びしたのです」
「え、お兄様に……?」
「え、僕に……?」
二人して驚いたような顔でこちらを見つめた。
「はい、実は恋に関することでご相談が……」
「「恋!?!?!?」」
余程衝撃を受けたのか、二人の声が合わさった。
「はい、恋愛についてなのです……」
私のその言葉に、二人がヒソヒソと小声で何かを話し始めた。
「お兄様、それってもしかして……!」
「ま、まさかモテ期ってやつか!?僕にもついに来たのか!?」
「いつの間にセシリア様とそんなに仲良くなったのよ!」
「いや、前に一回会っただけ……」
何故か二人して嬉しそうである。
フォンド侯爵令息に至っては顔が赤くなっているし。
それから侯爵令息は私をじっと見つめたかと思えば、焦ったように手をブンブン振った。
「セ、セシリア嬢!ダメだ!君には殿下が……」
「はい、その殿下のことでご相談があるのです」
「え?」
侯爵令息の動きがピタリと止まった。
「実は最近、殿下とのお茶会があったのですが時折見せる彼の優しさに戸惑ってばかりで……それでラルフ様に男心というものをお聞きしたかったのです」
マリアンヌ様が納得したかのようにポンと手を打った。
「あー!それでお兄様も一緒に招待なさったというわけですか!」
「はい」
「……」
フォンド侯爵令息は石のように固まっていた。
そんな彼を、マリアンヌ様が意地の悪い笑みで見た。
「お兄様のモテ期はまだまだ先のようね」
「くっ……」
そして何故だか悔しそうに拳を握り締めていた。
「それで、殿下とはどのようなことがあったのですか?」
「はい、実は……」
私は殿下との間にあったことを一通り話した。
「まぁ、それって間違いなく嫉妬ではありませんか!」
「……そう思います?」
私の言葉にマリアンヌ様は激しく首を縦に振った。
恋愛の話をするときの彼女はいつも興奮状態になるのだ。
「そうに決まってます!やっぱり王太子殿下もセシリア様のことがお好きだったのですね!やはりセシリア様に惚れない男性などこの世にはおりませんね!お兄様もそう思うでしょう?」
「……」
フォンド侯爵令息はこの話が始まってからというもの、ずっと不満げな顔をしていた。
「侯爵令息の意見もお聞きしたいのですが」
「ハッ、人をそんな困ったときの相談窓口みたいに……」
「お兄様!」
マリアンヌ様が咎めるような声で言った。
しかし彼の不満そうな表情は変わらない。
(やっぱり気分を害したかしら……こんなくだらないことで呼ばれたんだもの……当然よね……)
だがこうなることもあるだろうと、私はあらかじめ手を打ってある。
「あ、そうだ!実は、今回お二人のためにとっても美味しいスイーツを用意したのですが」
「スイーツ……ですか?」
「!?」
私の予想通り、侯爵令息はスイーツという言葉に反応した。
私は傍に控えていた侍女に命じ、ある物を取ってきてもらう。
「こちらです」
「わぁ……!」
「……!」
侍女が持って来たのは王都の有名パティシエが作ったバターケーキである。
オープンしてすぐ完売してしまうほどの人気スイーツで、なかなか手に入らないのだ。
「わぁ、こんなの初めて見ましたわ!美味しそう!」
「これ、予約三ヶ月待ちのやつじゃないか!」
「え?」
やたらとスイーツに詳しい兄に、今度はマリアンヌ様が反応した。
「お二人のために用意したんです、是非食べてみてください」
私がそう言うと、早速二人はスイーツを手に取って口に運んだ。
「美味しい!」
「やっぱり予想通りの美味しさだ!最高だな!」
「ふふふ、喜んでいただけて良かったです」
そう、フォンド侯爵令息は大のスイーツ好きなのだ。
何故私がこれを知っているかというと、彼を密かに狙っている令嬢がお茶会の席で口にしていたから。
どこでそんな情報を手に入れたのか、彼女は侯爵令息についてを細かく調べていたようだ。
(でも用意しておいてよかった……彼女に感謝しないとね……)
これは彼へのささやかなプレゼントだ。
それに美味しいお菓子を食べると話も進むだろう。
そう思ってのことだった。
案の定、侯爵令息の機嫌は直り、私の話をしっかりと聞いてくれるようになった。
「まぁ、男ってのは独占欲が強い奴が多いからね」
「でもそれは好きな相手にだけ発揮するものではないのですか?」
「当然ですわ!殿下はセシリア様を愛していらっしゃいます!」
「おい、お前こないだまで殿下とセシリア嬢の婚約に文句言ってたくせして……」
「殿下がセシリア様を本当に愛しているなら話は別よ!」
そして私の願い通り、この日のお茶会は大いに盛り上がった。
美味しいお菓子と共に。




