第一王子の誕生日パーティー③
とうとう、二人が出会った――
私は目の前の光景をじっと見つめていた。
体がほんの少しだけ震えている。
やはり私はまだ運命というものが怖いらしい。
しかし、疑問点が一つだけある。
前世ではもっと出会うのが遅かったはずだ。
(私が変わったから周りも変わったのかな?それなら二人が恋に落ちるのも前世より早くなるかもしれない……)
私がじっと考え込んでいると、ヘレイス男爵が殿下に祝いの言葉を述べた。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
「あぁ、ありがとう」
殿下は今まで通り穏やかな笑みで対応していた。
殿下の口ぶりからしてどうやら彼とヘレイス男爵は面識があるようだ。
前世では全く知らなかったことだ。
だから男爵令嬢ともあれほど親しくなったのだろうか。
(男爵令嬢はどうしてるかな……)
もしかしてもう既に殿下に惚れていたりしないだろうか。
もしそうなら今すぐにでも婚約者の座を譲ってあげたい。
私はそう思いながら男爵令嬢の方に視線をやった。
(――ッ!?)
心臓がバクバクした。
驚くことに、マリア・ヘレイス男爵令嬢は私をじっと見つめていたのだ。
私と彼女の視線がぶつかる。
それに気付いた男爵令嬢は慌てて目を逸らした。
(…………な、何なの?)
結局、ヘレイス男爵は他の貴族のように娘を殿下にごり押しすることもなく、挨拶だけして去って行った。
マリア・ヘレイスに至っては恋をするどころか一度も殿下の方を見ていなかった。
それがどうも引っ掛かった。
私の記憶通りだと殿下と男爵令嬢は出会ってすぐに恋に落ちたはずだ。
実際、前世では彼らが出会ってから噂が流れるまでそう時間はかからなかったのだから。
それなのに、殿下も男爵令嬢もお互いに特に興味は無さそうだった。
(何故なの?二人は真実の愛で結ばれたはずでしょう?)
「真実の愛」とは前世での殿下と男爵令嬢の恋を表す言葉だった。
王族の婚約者は大体伯爵家の高位貴族だ。
そうでなければ他国の王族・皇族。
現王妃陛下であるエリザベス様も隣国の姫君である。
(……だからこそ、身分の低い男爵令嬢が正妃になるのでは?と言われた時は平民たちは「真実の愛だ!」と盛り上がっていたのよね)
私からしたら迷惑でしかなかったが。
「――おい」
突然頭上から声がして顔を上げると、殿下がこちらをじっと見ていた。
どうやら一通り貴族たちからの挨拶を終えたようだ。
「何をボーッとしている?今日のお前は何だか変だぞ」
殿下はそう言って不機嫌そうに私を見た。
私はそんな彼を見てふと思った。
(……この際、思いきったことを聞いてしまおうかしら)
私はそう思って口を開いた。
「ボーッとなんてしていませんわ。それより殿下、殿下のお眼鏡にかなうご令嬢はいらっしゃいましたか?」
彼はマリア・ヘレイスを見てどう思ったのだろうか。
本音は言ってくれないかもしれないが、もし彼がマリア・ヘレイス男爵令嬢に既に惹かれているのならばもう今から身を引いてしまってもいいだろう。
そう思っての質問だった。
しかし、殿下は私の言葉を聞いて眉をひそめた。
私の質問に気分を害したといったような顔だ。
「何故そんなことを聞く?」
「いえ、特に意味はありません。ただ気になっただけです。今日のパーティーには美しいご令嬢がたくさんいらっしゃいましたから」
「俺は興味が無いな」
(……はぐらかすつもりね)
殿下は私の質問には答えてくれなかった。
本当に何とも無かったのか、それともただ隠しているだけなのかは分からない。
しかし、私はどうしても彼の気持ちを知りたくて踏み込んだ質問をした。
「それでは、マリア嬢はいかがでしたか?」
これは私の作戦である。
あえてマリア嬢の名前を出し、殿下の反応を見るのだ。
(少しでも気になっているのなら動揺するはず……)
殿下は感情をあまり顔に出さない人だが、想いを寄せている令嬢となれば話は別だろう。
きっと何か変化が現れるはずだ。
私はこのときはそう思っていた。
しかし、殿下から返された言葉は予想外のものだった。
「――誰だそれ」
「!?」
殿下は本気で分からないといったような顔をしてただそれだけを口にした。
動揺するどころか、彼はどうやら私の言っていることの意味が分からないらしい。
(誰だって何よ、誰だって。さっき挨拶したじゃない!)
私が驚く様子を見せても殿下はずっときょとんとした顔をしたままだ。
「先ほど挨拶にいらっしゃったヘレイス男爵家のご令嬢です!」
「あぁ、そんな名前だったか」
私がそう言っても、殿下が男爵令嬢に興味を抱く様子は見られなかった。
(嘘でしょう……名前すら覚えていないというの!?)
前世では真実の愛として世間を騒がせた二人だったのに一体何が起きているのだろうか。
殿下は本当に男爵令嬢の名前すら知らなかったようで、男爵令嬢の方もまるで殿下に興味を抱いていない。
「ほら、あそこにいらっしゃるご令嬢ですよ!」
私は少し離れたところで父親と一緒にいた男爵令嬢を指差した。
(男爵令嬢はかなり可愛い顔をしているから一目惚れする可能性も……)
「………何か見たことあるな」
(か、感想それだけ!?)
殿下は他の令嬢たちと同じように興味の無さそうな顔でそう言った。
私は予想外すぎる彼の反応に声を出すことが出来なかった。
(そんな……嘘でしょう……?)
私はずっと殿下が男爵令嬢に一目惚れしたのだと思っていた。
それなのに――
「おい、さっきも言ったが何故そんなことを聞く?」
「あ、殿下……」
殿下は怪訝な顔をして私に尋ねた。
突然こんなことを聞いた私を不審に思っているようだ。
「あ……それは……」
言い訳をする気にもなれなかったので私は彼の問いに正直に答えた。
「……殿下はいずれ国王になるじゃないですか。そうしたら側妃や愛妾を持つでしょう?歴代の王たちがそうだったように」
「……」
私の言葉に殿下は黙り込んだ。
何かを考え込んでいるようだったが、何を考えているのかはまるで分からない。
もしかすると、私の発言に何か思うところがあったのかもしれない。
「……だから聞いたんです。もし気に入ったご令嬢がいらっしゃるのなら――」
「――俺はそんなつもりはない」
「………え?」
突然殿下が私の言葉を遮った。
私は驚いて彼の顔をじっと見つめた。
(あ……)
殿下の深い青色の瞳が、私を映していた。
その瞳は驚くほど美しくて、私は一瞬にして石のように固まってしまった。
目を逸らすことすら出来ない。
殿下はそんな私をじっと見つめて言った。
「俺は側妃や愛妾を持つつもりはないと言っているんだ」
「ほ、本当ですか?」
「あぁ、約束しよう」
そう口にした彼の顔はどこか悲しそうだった。
思いもよらない殿下の言葉に私は驚きを隠せなかった。
「……」
殿下……
申し訳ありません、その約束
信じられないです。




