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お返し

私は公爵邸へと帰った後、ずっと一人で考え込んでいた。



殿下はああ言っていたけれどやはりプレゼントをもらって返さないのは失礼にあたる。

相手が貴族ならまだしも、彼は王太子だ。

国王陛下と王妃陛下の次に地位が高い。



(本当はあまり関わりたくないけれど……この際仕方ないわよね)



結局、何か返すべきだと私は判断した。



「ねぇ、ミリア」

「どうかいたしましたか、お嬢様」



寝る準備をしていたミリアが私の方を向いた。

私はそんな彼女に尋ねた。



「十四歳の男の子ってどんなものを好むのかしら」

「急にどうされました?」



私の言葉にミリアはきょとんとした顔で尋ねた。



「えっと……それは……」



私が言葉に詰まっていると、ミリアが何かに気付いたといったように私に話しかけた。



「……あ!もしかして殿下の誕生日プレゼントで悩んでいらっしゃいます?」

「……ええ、今年は殿下から贈り物があったのだから返さなければ失礼にあたるでしょう?」



私がそう言うとミリアが納得したというような顔をした。



「それでお嬢様、帰ってきてからずっと悩んでいらしたんですね~」

「……」



やはりミリアは鋭い。

何でもお見通しなようだ。



「男の人の好むものなんて分からないのよ……お父様には聞けないし……」

「……たしかに、旦那様には聞きづらいですよね」



私の言葉にミリアがうんうんと頷いた。

そして彼女はしばらくの間考え込んだ後、口を開いた。



「あ、そうだ!刺繍入りのハンカチとかどうですか?」

「…………え?」



まさかそんなことを言われるとは思わなくて少し驚いた。



「この間お嬢様と書店に行ったときに買った恋愛小説のヒロインがヒーローにした初めての贈り物がハンカチだったんですよ!それもヒロインが刺繍したものです!」

「……」



(恋愛小説ってあの……平民と王子の恋物語のやつかしら?ヒーローとヒロインが殿下と男爵令嬢に似てて私が悪役令嬢に似てるやつ……)



私はあの本をチラッと見ただけなので詳しい展開は知らない。



「その贈り物を機にヒロインとヒーローの仲が物凄く深まるんですよね!」

「……」



ミリアはそう言ってキャッキャッとはしゃいだ。

彼女に悪意は無いのだろうが何だか複雑な気持ちになった。



「だからお嬢様も殿下に刺繍入りのハンカチを贈ってみたらいかがですか!」



ミリアは満面の笑みでそう言った。

本当なら、大好きな彼女の言うことを聞いてあげたい。

でも、私は――



「私は……ヒロインじゃないから……」

「……」



私の言葉を聞いたミリアの顔から一瞬で笑顔が消えた。



「あ……」



やってしまったと思った。

彼女を心配させるつもりはなかったのに。

このときばかりは自分の発言を酷く後悔した。



(……場の空気を悪くしてしまったわ)



ネガティブになってしまうのは私の悪い癖だ。

これではいつか周りから人が離れていくだろう。

私はそう思いながらも目の前にいるミリアを見た。



「……!」



さっきと変わらず悲しそうな顔をしているかと思ったが、彼女は意外にも力強い瞳で私を真っ直ぐに見つめていた。



「――いいえ、お嬢様はヒロインです」

「…………ミリア?」



ミリアは私に対してハッキリとそう口にした。



(私がヒロインだなんて……嘘でしょう……?)



私は彼女のその言葉をすぐに信じることが出来なかった。

何故なら王子がヒーローのあの小説では平民の少女がヒロインで幼い頃からの許嫁である公爵令嬢が悪役だったからだ。

私とヒロインの共通しているところなど一つも無い。

身分も性格も外見も全てが違う。

それなのに――



「どうして…………?」



すると、ミリアは再び笑顔を見せた。



「お嬢様がどのようなことを思っているのかは分かりませんが……私の世界ではお嬢様がヒロインなのです」

「……!」

「少なくとも私にはお嬢様が物語の中で王子様に愛されるヒロインのように見えます」

「ミリア……」



私はミリアの言葉にハッとなった。



(そうよ……私ったら何を考えているの……あんなのはただの作り話。私や殿下とは何の関係も無い……)



前世では悪役令嬢だった私。

家族からも夫からも愛されずに一人ぼっちだった。

だけど今世は違う。



「……ありがとう、ミリア」



(今世の私は悪役令嬢なんかじゃない。運命が私を悪役令嬢だと言うのなら、私はそれを変えてみせるわ)



何だか彼女のおかげで大切なことを思い出せたような、そんな気がした。





***





「……」



翌日、すっかり元気を取り戻した私は自室のソファに座っていた。



私の前にある机の上には針と糸、そして刺繍枠がある。

そしてその横には真っ白なハンカチも置いてあった。



私はそれらを見て思った。



(な、何故こうなったの――!?)



「お嬢様、何を刺繍するのですか?」



ミリアはそんな私の気持ちに全く気付かず、明るい笑顔で尋ねた。



どうやら昨日の会話でミリアが何かを勘違いしたらしく、朝になったら刺繍をする準備が完璧に出来ていたのだ。

正直、私は殿下に刺繍入りのハンカチを贈るつもりはなかった。

殿下から贈られた髪飾りは明らかに高価そうだったし、そのお返しとして相応しくないと思っていたからだ。



(小説のヒロインとヒーローみたいに私たちの間に愛があればいいんでしょうけど……)



あいにく私たちに愛は無い。

むしろ私は彼から離れるつもりだ。



しかしここまでされたらもうするしかない。

ミリアがせっかく準備してくれたのだから。



私はそこで覚悟を決めた。



(ええい!考えても仕方ない!こうなったらヒロインみたいに刺繍入りのハンカチをプレゼントしてやるわ!)



そう思い、私は刺繍に取り掛かった。




が。




(ど、どうしよう……何を刺繍すればいいの……?)



早速手が止まってしまった。



刺繍をするのは初めてではない。

前世では貴族令嬢の嗜みとして何度かやったことがあり、やり方は知っている。

しかし、誰かにプレゼント出来るほどのレベルには達していない。



(……とんでもないものになりそうね)



私はそう思いながらも何を刺繍するかを考えた。



小説の中のヒロインは百合を刺繍していた。

可憐で純真無垢なヒロインにピッタリだと思う。

実際に小説の中のヒーローもそれをヒロインだと思って肌身離さず持っていたみたいだし。

しかし……



(私は……百合って感じはしないわよね……)



私はどう考えても百合のイメージではない。

だから百合を刺繍するのは無理がある。



私は何を刺繍するかで頭を悩ませた。

こんなところで悩んでいては先へ進めない。



(どうしようかな………………あ、そういえば……)



そこで私はふと少し前に開かれたお茶会でのマリアンヌ様との会話を思い出した。




『セシリア様、この間婚約者の方の誕生日に名前入りの物をプレゼントしたのですが…………とっても喜んでくださいましたのよ!』




(…………名前入り、か)



私は膝の上に置いていた白いハンカチをじっと見つめた。



(…………意外と良い案かもしれないわね。ありがとう、マリアンヌ様!)



そこで私はようやく机の上の針と糸に手を伸ばした。




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