残酷な現実
~セシリア視点~
そして迎えた初夜。
殿下が私の部屋へ来ることはなかった。
これが何を意味するかなど分かっていた。
私は初夜すら見捨てられたのだ。
殿下から嫌われていることは分かっていたがここまでだったとは思っていなかった。
胸がギュッと締め付けられる。
(…………私は、お飾りの王妃になるの?)
王妃の一番の役目は後継者を産むことだ。
しかし夫となった人が部屋に訪れないのではどうすることも出来ない。
夫としての義務くらいは果たしてくれるかと思ったが、そうではなかったようだ。
「……」
来ないと分かっている人をいつまでも待っていては埒が明かない。
私は重い足取りで広いベッドへと向かった。
(……あれは)
ふと、ベッド横に置かれていた母の形見である髪飾りが目に入る。
それを見た私は小さな声で呟く。
「お母様も……よくこんな気持ちになっていたのかしら……」
ベッドに入った私は会ったことのない母親に思いを馳せた。
(お母様は、どんな人だったのかな……)
私は何度か公爵邸に飾ってある肖像画で母の顔を見たことがあった。
女神のように美しかったのを覚えている。
公爵邸の使用人たちの話によると私の顔立ちは母譲りらしい。
生前、母は「絶世の美姫」と呼ばれていた。
あれほど美しいのだから当然だろう。
オルレリアン王国の名門公爵家の出身で、令嬢たちの憧れの的、令息たちにとっては高嶺の花だったという。
そんな中、当時フルール公爵家の嫡男だったお父様と結婚した。
お父様と結婚した後のお母様についてはあまりよく知らない。
お父様には聞けないし、使用人たちも言いにくそうにしていたから。
だけどある日私は気づいたのだ。
父は母を愛していなかった。
そう、父と母は政略結婚なのだ。
父はおそらく母に興味がなかったのだろう。
現に私が何年も放っておかれていたのはそのせいだ。
政略結婚なんて貴族では珍しい話ではない。
むしろそれが当たり前だ。
他に愛する人がいたのに無理矢理違う相手と結婚させられたなんてのもよくある話だ。
(……もしかしたらお父様もそうだったのかもしれないわね)
実際父は私そっちのけで仕事に没頭していた。
父と最後に話したのはいつだったかもう思い出せない。
私のことはどうだっていいみたいだ。
「……………………グレイフォード殿下」
本当は今日、少しだけ期待していたのだ。
殿下が部屋に来てくれるって。
普段は冷たくっても今日だけは優しくしてくれるって。
(そんなわけがないのにね……)
案の定、私の希望は粉々に打ち砕かれた。
おそらく殿下が私の部屋に訪れることはこの先ずっとないだろう。
私はお飾りの王妃としてこの王宮で寂しく一生を終えるのだ。
そう思うと心が痛くなった。
どうして私が嫌われなければいけないのだろうか。
私が何かしたのだろうか。
初夜を放置するのはいくら何でも酷すぎる。
だけど――
だけど、それでもよかった。
殿下の傍にいられるだけで幸せだった。
――例え愛されていなくても
それからしばらくして、あの男爵令嬢が殿下の愛妾として王宮に召し上げられたという知らせが入った。
いつかこうなることは分かっていたが、思ったより早かったため少しだけ驚いた。
私は殿下の隣にいた男爵令嬢を思い出す。
――マリア・ヘレイス
ヘレイス男爵家の令嬢で、ピンクブロンドの髪の毛に大きな瞳。
男の庇護欲をそそる見た目をしていた。
マナーはなっていないがそれが逆に殿下の心を掴んだのだろう。
(殿下はきっとああいう方がタイプなのね……)
私はお世辞にも可愛いと言える容姿ではない。
それに対して男爵令嬢は美しいというよりかは可愛いという言葉が似合う少女だった。
表情がクルクルと変わるところも、喜怒哀楽がハッキリしているところも、いつも愛らしい笑みを浮かべているところも全てが私と正反対だ。
何の努力もしてこなかった男爵家の令嬢に愛する人を奪われたのだと思うと悲しくなるが、仕方がない。
それで殿下が幸せになれるのならいい。
愛する人の幸せほど嬉しいことはないのだから。
そうは思ったものの、目からは自然と涙が溢れてくる。
(……結局、全て無意味だったんじゃない。淑女教育も王太子妃教育も。何の意味もなかった)
「うぅっ……ふぁっ……ひぅっ……」
私は部屋で一人涙を流した。