フォンド侯爵夫人
私はあの後そのまま公爵邸へと戻った。
それから数日経ち、マリアンヌ様からフォンド侯爵夫人とのお茶会の誘いが来た。
(……これで侯爵夫人に話を聞くことが出来るんだ!)
そう思うと物凄く嬉しくなった。
前世からお母様のことはずっと気になっていた。
正直、お母様のことは永遠に聞けないのだと思っていた。
お父様はお母様をあまり良く思っていないみたいだったから。
だから前世では誰にも聞かなかった。
だけど今世は違う。
神様がせっかく二度目の人生を与えてくれたのだ。
どうせなら全てを知りたいと思った。
前世での私は我慢ばかりして生きていた。
周りの大人たちに言われるがまま、敷かれたレールの上を歩いているだけだった。
それを当然だと思っていた。
(………私が二度目の人生を生きているのはきっと私の一度目の人生を神様が不憫に思ったからよ。だから今世は絶対に悔いの無いように生きるわ)
私はこの日、そう心に決めた。
◇◆◇◆◇◆
そして、ついにその日がやってきた。
「……」
私はフォンド侯爵邸へと足を踏み入れる。
何度も来ているはずなのに何故だか今日は妙に緊張している。
それからフォンド侯爵邸の使用人にマリアンヌ様と侯爵夫人のいるところへと案内される。
「フォンド侯爵夫人。お初にお目にかかります。フルール公爵家が長女、セシリアと申します」
そう言って顔を上げるとマリアンヌ様と同じ髪と瞳の色をした女性が立っていた。
顔立ちは少し違うが、マリアンヌ様と並ぶと一目で親子だと分かる外見だ。
(この人が……フォンド侯爵夫人で……お母様の友人だった……)
「……」
フォンド侯爵夫人は長い間私を見て固まっていた。
「ちょっと!お母様!」
マリアンヌ様が侯爵夫人をつついた。
フォンド侯爵夫人はハッとなって慌てて口を開いた。
「ご、ごめんなさい…本当にリーナ様にそっくりだったから驚いてしまって……」
私はお母様に本当に似ているようだ。
今までも周りから瓜二つだと言われ続けてきたが、お母様の友人だった侯爵夫人がそう言うのならば相当だろう。
「セシリア嬢、よく来てくれたわね。娘と仲良くしてくれてありがとう」
そう言って侯爵夫人は笑みを浮かべる。
穏やかなところがマリアンヌ様にそっくりである。
「いえ、こちらこそ。マリアンヌ様と仲良くできて光栄です」
「まあ、まだ幼いのに本当によくできた子ね。マリアンヌにも見習ってほしいわ。さぁ座ってちょうだい。お茶にしましょう」
「ちょっとお母様!セシリア様と比べたら誰だってそう見えるわよ!」
「あら、そうかしら?」
来て早々、マリアンヌ様と侯爵夫人は目の前で喧嘩をしていた。
(……)
それを見た私は羨ましいと思った。
喧嘩するほど仲が良いというやつだろう。
私はあのような経験をしたことが無い。
そして侯爵夫人と私とマリアンヌ様は一つのテーブルを囲んで椅子に座る。
「マリアンヌから大体の話は聞いているわ。リーナ様について知りたいのでしょう?」
「はい。侯爵夫人はお母様と友人だったとお聞きしました」
「そうね……リーナ様との思い出は数えきれないほどあるわ」
そう言って侯爵夫人はお母様との出会いを話し始める。
どこか懐かしむような顔だった。
「私はここに嫁ぐ前、あまり力のない伯爵家の出身だったのよ。家族仲はお世辞にも良いとは言えなかった。私の居場所は無くってね、あの頃はいつも家から出たがっていたわ」
そんなとき、お母様と出会ったという。
舞踏会では侯爵夫人はいつも壁の花となっていた。
家柄は微妙で人並み外れた容姿を持っているわけでもない。
「関わる価値もない」と言わんばかりに皆が当時伯爵令嬢だった侯爵夫人を放置した。
「それに比べてリーナ様はいつもたくさんの人に囲まれていた。多くの貴族令息が女神のように美しいリーナ様に夢中で、令嬢たちはみんなどこまでも完璧なあの方に憧れを抱いていたわ。私にとっては雲の上の存在だった」
侯爵夫人は懐かしそうに言った。
「そんな私に話しかけてくれたのがリーナ様だった。最初はとても驚いたわ。当時リーナ様は公爵令嬢だったでしょう?私に関わったところでリーナ様には何のメリットもないのに」
そう言った侯爵夫人の顔はとても嬉しそうだった。
それから侯爵夫人とお母様は仲良くなったという。
「婚約者のいなかった私に男の人を紹介してくれたのもリーナ様だったの。リーナ様が仲介してくれたおかげで仲は良好ですぐに婚約者になったわ」
「それがお父様ってわけね」
マリアンヌ様が侯爵夫人を見ながら言った。
そんな娘の発言に侯爵夫人は照れたように笑った。
今もなお侯爵閣下とは良好な関係を築いているようだ。
フォンド侯爵家の家族仲はかなり良いのだろう。
マリアンヌ様と侯爵夫人の様子からしてそれがとても伝わってきた。
(お母様は皆から慕われてたんだ……じゃあお父様は……?)
私は思いきって気になったことを聞いてみることにした。
「あの、侯爵夫人。お母様とお父様については何か……」
私がそう言いかけると侯爵夫人は目を伏せた。
「……フルール公爵閣下とリーナ様については私もあまりよく知らないの。当時の私はフォンド侯爵家の嫡男の婚約者になって侯爵夫人としての仕事がこなせるように自室にこもって猛勉強していたからリーナ様にもお会いしていなかったのよ」
「そう……ですか……」
お父様とお母様の婚約の経緯については侯爵夫人も知らないようだ。
「だけど、公爵閣下との婚約が決まった後のリーナ様はとっても嬉しそうだったわ」
侯爵夫人はそう言って私に対して微笑んだ。
それを聞いた私はあることを確信した。
もし、侯爵夫人のその話が真実なら――
(お母様はきっと……お父様を愛していたのね)
だけどお父様はお母様を愛していない。
政略結婚の相手ぐらいにしか考えていなかったはずだ。
「……」
一方通行の恋。
まるで誰かさんみたいで悲しくなった。
私はその後もしばらくお母様の話を侯爵夫人から聞いていた。
「……色々聞かせてくださってありがとうございます。侯爵夫人」
「こちらこそ、セシリア嬢に会えて嬉しかったわ」
侯爵夫人が穏やかな笑みを浮かべた。
「セシリア様、またお茶会に来てくださいね!」
「ええ、もちろんですわ。楽しみにしています」
私はそんなマリアンヌ様に笑顔でそう答えた。
そうしてお茶会は終了した。
本当にあっという間だった。
侯爵夫人の話によると、どうやらお母様は男女問わずみんなに好かれていたみたいだ。
(だけどどうしてお父様だけはお母様を……)
私はそんなことを不思議に思いながらも帰路についた。




