第26話 滅びのみちを封じましょう
「……れ……りあ……ん……?」
かろうじて声を絞り出したエルレアに、レリアンは振り返らずに短く言った。
「願え。戻りたいと。時間がない」
「……あ、う」
エルレアの目の焦点は、レリアンの背をこえて、どこか異なるところをみている。それを感じて、レリアンは構えをとかぬまま、苛立った声をあげた。
「時間がない。ユシアがこじ開けてるあいだに戻る」
聞いているのか、エルレアは呆然とたちあがり、手のひらのゼディアの瞳を見下ろしている。蒼い、なにもかもつらぬくような光がエルレアの幼児のような表情を、レリアンの背を照らしている。
「……さなきゃ」
「なに、なんといった」
エルレアが足を踏み出す。よろめきながら、レリアンのうしろにたった。
「……らせなきゃ。おわらせなきゃ。わたしが、じごく、おわらせる」
エルレアは人形のように、ひかりに誘われるちいさなむしのように、ゆらゆらと、ジェクリルのほうへ向かった。
「ぜんぶ、わたしの、せいだから、わたしが、よんだ、じごくだから」
黙って聞いていたレリアンが、ふいに、振り返った。
振り返って、エルレアの頬を、みぎから、そしてひだりから、ほとんど全力で、殴打した。
エルレアはよろめいたが、倒れはしなかった。くちの端がきれている。手を頬に当てて、それでも、手品をみるこどものような表情で、レリアンをみあげた。
その肩をレリアンがつよく掴んでいる。
「貴様が消えてすぐに、ユシアがこじ開けてくれた。あの薄気味悪いやつに攻撃されて、貴様は消えた。ジェクリルもだ。俺にはさっぱりわからん。なにもかも。ここがどこだか、貴様がなにをいわれたのか」
握力が、つよまる。
「だがな、入る時に、ぜんぶ見た。みたんだ。あいつは……」
エルレアは、自分をぐっと引き寄せ、ほとんど顔が接するほどに近づいたレリアンの目、その頬を濡らす涙を、ぼうぜんと眺めている。
「レクスは、俺の、親友だった……そして、そして……あの日、俺は……」
「……?」
「……あの日、魔式術師の掃討の日、俺も……現場に、いたんだ……っ」
叫んで、レリアンはエルレアを、抱き寄せた。
なつかしいような匂いが、おもいでが、エルレアを包んだ。
「……いくな……」
「……」
「もし……もし、貴様が消えたなら……貴様が、この世のかなしみを終えるために、消えるというなら……」
エルレアの息が、瞬時、とまった。レリアンが抱きしめるちからがあまりに、あまりに強すぎたからだ。
レリアンのこえは、かすれている。
「……つぎの地獄をよぶのは……この世をのろうのは、俺だ」
なにかが、割れた。
「いくな……いくな」
炎暑の広場。いちばのひとたち。コン、ロア、酒場のなかまたち。革命軍の、術師団の、なつかしい顔。いくさば、宴、夜のまち、朝のひかり。いきて、いきた。生きて生きて、いきた。
レリアン。
ジェクリル。
なかまたち、いのちたち。ただしいこと、誤ったこと。
いとしいもの。うしなっては、ならないもの。
レリアン……レリアン!
うあ。うあああ。ううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
腕がひかる。指先をそろえる。人差し指と、中指をあわせる。まっすぐに、いずれにもおわす、絶対の現神にむけて。目にやどる、ひかり。腕を組む。膝を折る。周囲にかがやく、ちからの光。空気がよばれる。大気が、さけぶ。
「多重多層加重指向収斂刺突決戦終局神式……獄門乃、雷鳴っ!」
エルレアの腕からほとばしった光。世界が、砕かれた。
無数の破片がひかりとなり、レリアンとエルレア、そしてジェクリルの周囲を巡って、やがて、ゆっくり消えていった。
残るのは、残照。初夏の夕景。
革命軍の城、執務棟の正面で、エルレアはレリアンの膝にあたまをのせ、横たえらえている。
ユシアがエルレアの顔を覗き込む。いのちが戻ったことを確認し、微笑した。
「お迎えにあがるのが遅れました。申し訳ございません」
エルレアはその顔を見上げ、左右をみて、ながく、ながい、息を吐いた。
「……ごめん」
「いいえ。門の現神、ユトラスの攻撃のなかでエーレ……エルレアさまが連れ去られたのはわかっていました。そして……」
ユシアの目があかくなる。
「あなたさまが見たものは、わたしも、送ったレリアンも、みております。わたしのちからが至らないばかりに……申し訳ございません」
「それくらいにしておけ」
エルレアのあたまの上で、レリアンが短く言った。
「状況をみろ。いま必要なのは反省ではない」
エルレアにはすでに理解できている。地に手をつき、レリアンの胸から離れる。ゆっくりたちあがり、周囲を確認する。
およそ、千。
彼らを囲む、くろい影。ユトラスが残した港町の私兵、しかばねの兵、<伏>たち。そして、革命軍の兵と術師たちも、すでにジェクリルの支配下にある。その無数のかげが、彼らを囲んでいる。
ジェクリルは、執務棟の正面で、腕を組んで、たっている。
エルレアに、なつかしいものを見るような目を向ける。
「……残念だ」
ふらつく身体を意思のちからで支えながら、エルエアは相手を睨んだ。
「……君になら、理解してもらえると、おもっていた」
「……そう、だね。わたしも、こたえにたどり着いたと、おもった。もう、いいと、おもった」
エルレアはわずかに前に踏み出した。
「でも、わたしは、わかったんだ」
したを向き、ためらう。
「わたしの罪を。わたしが憎まれ、のろわれ、唾棄されて、さげすまれて、あたりまえだって……でも、それでも」
横にたつ、レリアンを、ユシアをみる。前に向きなおり、わずかに黙って、つよく、声をだした。
「わたしは、いきたい。生きて、いきて、逃げないで、向かいたい。あなたに。アルティに。わたしが、わたしの罪を、ともなって……!」
ジェクリルの表情が、すこしゆるんだと、微笑んだとすら、エルレアには思えた。
「……いいだろう」
ジェクリルが手をあげ、前に倒した。
「では、君は、わたしが撃ち果たすべき、敵だ」
エルレアたちの周囲の影が、いっせいに動いた。
すべての方位から、あらゆる種類の打撃が加えられた。のろいの炎が、怨念の雪氷が、彼らを襲う。
ユシアが展開した女神ゼディアの領域すら、無効化されている。神式を司る女神のちからを意にも介さず、すべての影が、底深いうらみのちからを伴って、迅速に彼らに迫る。
跳躍する三人。群がる影がレリアンの手刀によって切り裂かれる。彼を横撃しようとするものを、エルレアが蹴り飛ばし、焼灼する。彼女の背に新手がせまる。ユシアがその攻撃を跳ね除けつつ、エルレアに手を伸ばした。
手を握る。光芒とともに深緑の長髪が現れる。エーレはレリアンの正面にたち、全周天への多層防御を展開した。その横からユシアが地を蹴り、ジェクリルにせまる。
その攻撃は、ジェクリルに届かない。なにかの壁に弾かれるように転倒するユシア。
「……エルレア。わかるか。アルティのちからを、わたしが受け継いだ、懐かしいこのちからを」
エーレは、応えない。ただ、その髪とおなじいろの瞳に、哀しみの、あるいは慈しみのひかりを浮かべている。
ジェクリルはその目を一瞥し、わずかに俯いて、踵をかえした。
◇
第二十六話。
エルレアの叫びの、意味。
ぜんぶは許されて、ぜんぶが呪われて。
今後ともエルレアを見守ってあげてください。
またすぐ、お会いしましょう。




