悪に沈む 1
アクアリウスを倒してから、十日ほど経った。サクラとフローは体に火傷の後が残っているものの、既に戦闘をしてもなんともない程度には回復していた。火傷の後も、時間と共に完全に治るようにナチュレに治療してもらったようだ。二人は補助がないほどに回復しているのだが、それでもラピスはサクラについて回っている。それも彼女は何人かの頼まれごとを断っている。サクラの為といえば、誰も無理に用事を頼んだりしないのだが、彼女が頼みごとを断ることに驚いている人がほとんどだった。そして、オブは未だにギルドのベッドの上で安静にしている。ナチュレ以外はその部屋に入るのは禁止されていた。サクラが町の中を見回ってもサクラがいた元の世界でいう病院のような施設はなかった。薬屋のような場所はあったが、そこは本当に薬を売るだけのようだ。それをナチュレに聞くと、この町の人が自分で治せないような病気になった時だけナチュレが回復させているらしい。だから、このギルドに病人を寝かせておくベッドがある部屋が、三部屋ほど用意されているようだ。
「オブシディアンさんは、確実に回復はしています。しかし、あの腹部の穴がふさがるのにどれだけの時間がかかるのか、わかりません。しばらくは安静にするしかありません。どんな影響があるかわかりませんので、面会も禁止させてもらいます」
サクラとラピスは毎日、ギルドに来て、ナチュレにオブの様子を聞いていた。アクアリウス戦以降、サクラの元の屈託のない笑顔を見ることは出来なかった。笑っていても苦笑いと言うか、愛想笑いと言うか、そう言うような笑顔だった。ラピスはそれが気になっていたが、自分が何かできるわけがないと考えてしまっている。フローはギルドの依頼を毎日三件ほどこなしていた。その表情には焦りと怒りが見えた。早く強くなろうと言う気迫のようなものが出ている。あの戦闘の後、フローとサクラが一緒にいるということはほとんどなかった。ギルドで会えば、会話くらいはするが、それだけだ。フローがサクラの家に訪ねてくるとか、町の中でばったり会って、一緒に食事とかそう言うこともない。仲の良かった二人が喧嘩しているんじゃないかと周りに思われているほどだ。しかし、サクラはフローのことを気にしているような様子はない。と言うか、サクラにはそれだけの心の余裕がなかった。フローもサクラも、オブが傷ついて眠ってしまったことを自分のせいだと考えていた。フローはもうそう言うことが無いように強くなることに焦り、サクラはオブが元気になるのを願うことしかできない。二人がそんな様子だから、ラピスは未だアクアリウスを封印した鍵を渡せていない。二人もそのことに気が付いていないようだった。ラピスが鍵を渡すのを渋っているのは、アクアリウスはオブに腹に穴を開けてしまった戦闘だ。それを思い出させてしまうかもしれない。それを気にしているような様子が自分にあれば、きっとサクラは気にしなくていいと気を遣わせてしまう。この状態でそんなことはさせたくはないのだ。結局、オブが回復してから渡すしかないのだろう。ラピスはそう考えていた。
「アクアリウスがやられた、か」
町の近くの森の中、木漏れ日が差し込む小さな広場のようになった場所。そこには人が二人いた。片方は胸の下の辺りまである緑のケープのようなものを羽織った男と、同じような全身緑で、蔦っぽいような髪を持った女性がいた。女性の方は注射器を手で弄んでいた。中には明らかに液体が入っているのだが、針に注意もしていない。
「そっか。まぁ、そりゃいきなり目立つことしてたし。それで、サジタリウスは敵討ちでもしようって?」
「いや、そんなつもりはない。私は彼女たちと直接、戦闘する気はない。スコルピオのサポートが最優先の仕事だからな」
「そ。ありがとう、って言っておくわ」
サジタリウスと呼ばれた男はそれ以上何も言わなかった。彼は片膝を立てて、その場に座り、少しだけ顔を俯けて目を瞑った。その隣に距離を空けて、スコルピオが腰を下ろそうとしたが、その前に、彼女の下になるであろう草にごめんねと謝っていた。草が返事したわけでもないのに、彼女は一度だけ頷いて、そこに腰を下ろした。穏やかな日の光の中、無言の二人はそのままで、時間が流れるのを感じていた。
「毎日来てくれてたんだってな。ありがとよ」
それから、さらに時間が経ち、オブの腹の穴は塞がり切っていなくとも、意識のある時間が増えてきて、今は面会の許可もでていた。ラピスには最近のサクラの表情も少しは柔らかくなっているように見えた。オブは起き上がることは禁止されていたが、それでも彼女の話す口調は元気で大怪我をする前と変わっていないようだった。
「腹に穴が開いたのは初めてだけどよ。なんか変な感じだよな。はっはっはっ!」
彼女は豪快に笑っていた。もし、起きているならサクラの背中を叩いていそうな雰囲気だった。それでも、サクラの前のような元気さはまだ完全ではなかった。




