治癒師
「勝てた、のか。う、ぐ」
彼女は安心感からか、それともそこまでが彼女の立っていられる限界だったのか。何にしろ、彼女は地面に片膝を付いて、苦しそうにしている。勝てたのは良いが、彼女にもかなりのダメージがあった。サクラは走りながら彼女の前まで行き、彼女の体を抱く。彼女に手にフローの血が付いているが、彼女はそれを気にする余裕はない。とにかく、彼女が倒れる寸前だと思ったのだ。きっと、戦闘中は倒れそうになるような辛さでも耐えられたのかもしれないが、戦闘が終わった今はその精神力ももはやない。サクラは変身したまま、盗賊団のアジトをそのままにして、フローを抱き上げた。変身しているおかげで、サクラでもフローを運ぶことが出来た。彼女はフローにあまり負担がかからないようにしながらも、できる限り町に急いだ。ラピスの言っていた治癒師と言う職業の人がこの町から探さなくてはいけない。運んでいる間にも彼女の背中からは血が少量垂れていた。
「すみません! 治癒師はどこに居るか知っていたら教えてくれませんか!」
ギルドに駆け込み、扉を思い切り開けて、サクラはそう叫んだ。ギルド内にいた人たちが彼女をみた。少女が天使を抱いている。その場に血を垂らしていた。その状況をいち早く理解したのは受付にいたナチュレだった。彼女はサクラの元に駆け寄り、ギルド内の一室に連れていった。そして、ベッドの上に彼女をうつ伏せで寝かせるように言われ、その通りにする。綺麗だった白いワンピースのような彼女の服は既に血で真っ赤だった。
「ナチュレさん。フローを助けてください。お願いします。なんでもします」
サクラは焦りと不安でナチュレに懇願するようにいった。ナチュレの表情は大して変わらない。彼女の懇願を受けて多少眉が動いた気がするという程度だ。表情こそうごかないものの、彼女はその心がわからない愚か者ではない。
「大丈夫です。私が治しますから」
ナチュレはサクラの肩に優しく手を置き、彼女を落ち着かせる。未だに不安に揺れるその瞳に、本当に彼女の大切な人なんだなと感じさせるものがあった。ナチュレはその瞳を少しの間じっと見てから、フローの幹部に手を翳した。
「これより、治療を開始します。私の魔気をあなたの魔気に混ぜます」
フローから返事はない。ナチュレの手から微かに光る道が伸びて、それが彼女の傷の辺りに繋がる。彼女は目を瞑り治癒に集中する。サクラはその横で両手を組み合わせて願うことしかできなかった。
サクラにはどれだけそうしていたのかわからなかったが、大して時間はかかっていなかった。
「サクラさん。もう大丈夫です。後は半日ほど経てば目を覚ますでしょう」
ナチュレはサクラの肩に手を置いて、彼女自身もしゃがみこんで彼女と目を合わせてそう言った。サクラはその言葉を聞いて、瞳に溜まっていた涙が頬を伝っていく。ナチュレは彼女の頭を優しく撫でる。いくら活躍している冒険者であっても、サクラは少女なのだ。彼女が泣く姿を見ると彼女が年相応な少女であることが理解できるだろう。ナチュレは彼女が泣き止むまで、頭を撫で続けていた。
「ごめんなさい。迷惑を掛けました……」
「いえ、貴女には依頼をこなしていただいていますから、これくらいは迷惑ではありません」
ナチュレが微かに笑う。確かに少しだけ口角を上げただけなのだが、その表情に母性を感じた。サクラの母とは似ても似つかないくらいに綺麗な人なのに、その笑みに感じるものは同じだ。思わず抱き着いてしまいそうになるくらいに。サクラは元の世界の生活が少し懐かしくなった。確かに大きくなってからは、放置されていた気がしていたが、幼い頃は面倒を見てくれていたのだ。その思い出の中の温もりが少し懐かしい。ナチュレが立ち上がり、サクラに手を伸ばした。サクラはその手に優しく触れるように手を乗せた。ナチュレはその手をきゅっと握り、彼女を立たせた。
「彼女が起きるまでここにいても構いません。依頼の報告も後日で構いませんので。では」
彼女はそれだけ言うと、部屋から出ていった。フローを見ると、あれだけ血が流れていた傷口がふさがっていた。後も残っていない。服がボロボロになっていなければ、傷があったことなんてわからないだろう。これがこの世界の、医療に代わるものだとするならば、凄いとしか言いようがなかった。この傷の治り具合を見れば、あれだけの傷を負っても、半日で目を覚ますと言われても納得がいった。フローの苦しそうな息遣いも表情もなくなり、落ち着いて眠っているようだ。サクラは彼女が起きるまで、その部屋にいることにした。




