ギルドへの報告
薬売りを追いつめた翌日、二人はギルドに昨日の夜あったことを報告していた。ナチュレは二人の話を頷きながら、紙にメモをしながら話を聞いていた。あまり表情を変えない彼女が少し眉を寄せている。二人の話を疑っているわけではなく、この緑の服の薬売りが勝手に注射をしてさらに被害者を増やしてしまうことを懸念しているのだ。夜に外出するなと言う注意は出来ない。夜にしか外出できない種族もこの町に住んでいる。夜に仕事をしている人もいるのだ。夜に出歩くなという注意を広めたら、そう言う人から確実に反発を受けるだろうし、受けないとしてもその人たちは外に出てしまうだろう。
「とにかく、対応をどうするかはギルドの方で考えます。二人で解決しようとは思わないでいただきたいですね。特にお二人はこのギルドでも期待されているようですから。私としてもこの無気力になる薬を打たれたなんて話は聞きたくありませんし」
ナチュレとの話はそれ以上は重要なことはなかった。一応、犯人の見た目や攻撃方法などを話してはいる。しかし、並の冒険者では薬売りに勝つことも抵抗することもで着ないだろうなとサクラは思っていた。
その後、ギルドを出て二人はそこで別れた。夜のパトロールの依頼も出たということで、オブが今日の夜は休もうという話になった。彼女も疲れていたのかもしれない。
「さすがのオレも疲れてるみてぇだ。家で休むことにするぜ」
言葉にも力は無い。心なしかいつもより猫背にも見えた。確かに彼女は全身に苦痛を感じるほどの毒を受けて立っていたのだ。体は丈夫でも精神力が削られているのだ。サクラはオブのことが心配だったが、彼女はサクラがいると年上としてのふるまいを止められないかもしれないと思い、彼女に付いて行くのを止めた。
そんなわけで彼女は町に出てきたのに、ギルドに来ただけで部屋に戻るのは何か味気ないなと感じて、ウェットブルーに来た。店に入るといつものようにマスターがカウンターでコップを磨いていた。彼女以外の客はいない。余計なお世話だろうが、この客の少なさで経営が続けられるのだろうかと不安になる。彼女は店に入るとそのままいつのもようにカウンター席に着いた。マスターが微笑みながら彼女にメニューを渡した。
「サンドイッチとー、今日はマスターのおすすめのコーヒーが飲みたいです」
「かしこまりました。少し待っていてくださいね」
彼は笑顔でメニューと注文を受け取ると、料理を作り始めた。そこまで時間がかからずサンドイッチが出てくる。コーヒーの方はまだ出てこないようだ。彼はサンドイッチと一緒に水を出していた。サクラはお礼を言って、サンドイッチの乗った皿とコップを自分の前に置いた。
「いただきます」
彼女はそう言って、サンドイッチを小さな両手で持って食べ始めていた。具材の名前などはよくわからないが、とにかくさっぱりしていておいしいと感じた。彼女はそのサンドイッチをパクパクと食べ進めていく。マスターは良い食べっぷりだとコーヒーの面倒を見ながら彼女の食事姿を見ている。サンドイッチを三分の二くらい食べ進めると彼女の前にコーヒーが置かれた。彼女はサンドイッチを食んだまま、マスターに上目遣いでコクリと礼をした。マスターはそれに優しい笑みで返す。
サクラはコーヒーの香りを鼻で感じながら、サンドイッチを食べる。町の喧騒は遠く、穏やかな時間が過ぎる。ギルドでこの町で発生している様々なトラブルを知らなければ、この町は平和だと思えるだろう。
(この時だけはそんなこと考えなくてもいいか)
彼女はとにかく、この時間を思うままに過ごすことにした。危ないことも怖いこともあったのだ。少しは落ち着きたい。彼女もそう思うときはある。サンドイッチを食べ終えて、コーヒーを両手で持つ。マグカップのような材質で熱はあまり手に伝わらない。湯気の立つ水面に息を吹きかけて冷ます。それから彼女はカップに口を着けてコーヒーを啜った。苦いと感じるが、それが良いのだ。彼女は少し大人になった気分で、カップを傾ける。実際はマスターが少しのミルクを入れて苦みを少し緩和させている。マスターは彼女がカップを傾けて満足そうにしているのを見て、その判断が間違っていなかったと確信していた。彼の淹れるコーヒーは少し苦めに作っているため、あまり子供が好きな味にはならないのだ。そこで子供も楽しめる苦みを目指した結果が彼女が飲んでいるコーヒーだ。メニュー名はリトルコーヒー。苦いのが苦手な人でもコーヒーを楽しめるような味わいになっている。
サクラはコーヒーを飲み干して、代金を支払う。
「おいしかったです。マスター、また来ますね」
「あ、少し待ってください。これ、貴女の落とし物ではないですか?」
彼がそう言ってポケットから出したのは円の上にブイの字がくっついているマークの入った鍵だ。サクラが持っている鍵を落としたのかと思い、受け取った。鍵を見て、そのマークを見て自分のではないことに気が付いた。
「渡せてよかったです。ではまた来てください」
サクラが話を続けようとしたところで、店の中に客が入ってきた。その客は知らない人だった。彼女がその鍵の話をしようとする前に、彼がその客との会話を始めてしまった。サクラはその鍵を返すタイミングを逃した。せっかく落とし物として拾ってくれたのに、無言でどこかに置くのはどうかと思い、彼女はその鍵を持っていくしかなかった。次に来た時に返せばいいと考えて彼女は店を出たのだった。




