鈍痛の知らせる悪 1
オブはギルドを出て、また路地へと潜る。無気力の人が表通りにいるとは思えない。大抵は家にいるだろうが、外に出るとすれば、こういった人気のないところだろうなと思った。悪いことが起こるのは大抵、こういった場所なのだ。それは酔ったせいで、こういう場所に入ってしまう彼女の経験が物語っていた。
「とは言ったものの、なぁ」
頭が回ったのはそこまでで、どうやって無気力の人を探そうかとか、原因や犯人がいるとしてもおびき寄せたり確保したり、という方法は思いついていないのだ。彼女はとりあえず、路地の中を歩くことにらしい。
時間が経ってもなくならない鈍痛にさらにイライラしながら、路地を歩く。彼女はそのイライラを地面にぶつけるように歩いていた。路地にいる者は大半がこの町の社会に適応できなかった人だ。オブの態度の悪さにイラつく者も少なくないだろう。
「おい、あんた。何どすどすやってんだ。正常ならさっさとこっから出てけよ!」
小汚い元は白だっただろう半そでに、ボロボロになった短パン。そして、自分で作ったとしか思えない程不格好な靴。おまけに、臭い体臭。その男が彼女を下から睨みつけていた。普段なら、その程度の言葉、簡単に流せるはずの彼女はその時だけは流せなかった。イライラが募っていたというのもあった。彼女はその男を睨み返した。
「なんだ、生意気な目だな。図体でかいだけじゃねぇんだろうよ。少し憂さ晴らしに殴らせてくれよ」
男は既に拳を構えていた。オブはその拳を受けとめ、相手を睨んでいた。何かが彼女の中ではじけ飛んだ。相手の拳を受け止めた手を思い切り握りこむ。相手の手がミシミシと軋んでいるのにも構わず、反対の手を握りこんで相手の顔を殴りつけた。
「ふざけてんじゃねぇよ。弱っちい癖に生意気なんだよ!」
サクラに優しくしていた人物とは似ても似つかない。彼女はまるで鬼のようだった。相手は既に意識を手放しているというのに、それにも気が付かず、彼女は何度か殴りつける。その度にふざけんなと口にする。そして、何度か殴った後、彼女はようやく相手を認識した。相手は口や鼻から血を垂らして気絶していた。彼女はその惨状を自分がやったとは信じられなかった。しかし、相手の血が自分の拳にべったりと付いていた。
「くそ。これじゃ、同じじゃねぇかよ……」
彼女は男をそっと地面に横たわらせるとその場を去った。
「なんかすごい音しましたね」
「路地は危ないと聞きます。行かない方が良いですよ」
サクラたちが町を歩いているとき、サクラたちの耳に、人が喧嘩しているような音と声が聞こえてきた。サクラは既に、その路地に向かって歩いている。フローは黙って彼女に付いて行く。ラピスは彼女を止めたいと思ったが、言っても聞かないということは理解しているので、彼女は心配そうな顔をしながらも彼女に付いて行くしかなかった。
路地に入ると、顔をぼこぼこにされた男性が倒れていた。男性に声をかけるが、返事はない。息はしているため、死んではいないようだ。サクラはその男をその場に寝かせた。路地には血が点々と落ちていて、男をこんなにした犯人がその先にいるのかもしれないと思わせた。
結果としてその血を辿っても犯人らしい人はいなかった。ある程度歩いたところで、血は途切れていて、それ以上追うことは出来なかった。三人は路地から出て、ウェットブルーに行き、休憩することにした。
夜。町には月明かりと星の輝きが降り注いでいた。サクラは一人で町を歩いていた。町と言っても大きな通りで、ある程度人通りがある場所だ。まだ、日も落ちたばかりで、人気がないというほど人通りが少ないわけではない。彼女がこの時間に外に出ているのは、オブに会いたかったからだ。きっとリキュアライフでまた酒を飲んでいるのだろうと思いながら、リキュアライフを目指す。その途中で大きな背中を見つけた。声を掛けようと思ったが、彼女の雰囲気がいつもと違う気がした。
「オブ姉。どうかしたんですか?」
「あ、ああ。サクラか。いや、なんでもねぇよ」
オブは力なく笑うと、力なく彼女の頭を撫でた。一撫でだけすると、彼女は自分の拳を見つめていた。サクラはそれを不思議に思ったが、その事情を訊くことは出来ない。それより、彼女にいつもの陽気で勝気な言葉を聞きたいと思った。サクラが落ち込んでいた時、彼女は元気づけてくれたのだ。
「リキュアライフに行きましょう。おいしい料理を食べて、飲んで騒ぎませんか」
「いや、今日はそう言う気分じゃ――」
「すみません。行きましょう、二人で!」
サクラは元気のないオブの腕を両腕でがっちり抱いて、彼女を無理やりリキュアライフに連行した。




