驕る天使 4
剣先が迫る。しかし、彼女が焦ってはいなかった。何とかできるという確信があった。サクラは後ろに下がる体にさらに体重を乗せて、より体が低い位置に来るようにした。手を地面に着くのが見えた天使は転んだところを突き刺そう考えた。勝利への確信だ。しかし、サクラは転ばなかった。手を地面に着けて、転んだ勢いを乗せて、後ろへと回転する。回転と同時に足が上に上がり、ヒールで相手の剣を蹴った。剣はくるくると回転して、空を舞う。天使は自分の剣を目で追ってしまった。それは大きな隙だ。天使もそれに気が付いて、サクラの居た方へと目を向けるが、彼女は目の前にいた。腕を大きく後ろに下げて、身を低くしている。
「かわ、せない」
体をどうにか動かそうとするが、近すぎて、回避できる未来が見えない。それを飛ぼうにも翼を広げる時点でその攻撃が来る。後ろに下がっても相手のリーチから逃れられるほどの距離には行けない。左右に移動してももろに食らうことはなくなるかもしれないが、その程度のダメージでも大きな傷になる。既に顔にパンチを貰っているのが大きく響いていた。考えている間に、天使の胴に強い衝撃が来る。
「がっ、はっ」
彼女は数歩後ろに下がらされ、その場にしゃがみこむ。立とうと膝に手を付いて中腰になったかと思ったが、前のめりに倒れた。どさりと音が響いた。サクラは少し息を上がらせながら、彼女を見下ろす。勝った気がしないというのが正直な感想だ。サクラも自分の力が弱いとは思っていない。これが天使と言う種族の平均的な力量だとしたら、二人相手にすることは出来ないだろう。少なくとも今は。サクラは彼女の前に膝を付いた。彼女が死んでいないことを確認すると、彼女を背負った。冒険者の男も気になったが、乱暴で意地悪な彼を救う気は起きなかった。それに冒険者はしぶといものだと勝手に納得し、天使だけを背負って、家に向かった。
「天使、ですか。介抱と言っても他の種族と変わらないと思います」
「ラピス。ごめんなさい。でも、少し手伝ってほしいです」
「わかりました。介抱を手伝います。まずは傷の手当からです」
部屋に運んだは良いが、元の世界で天使の手当や介抱などはしたことが無かった彼女は不安になり、ラピスを呼んだ。ラピスは手早く手当を済ませた。元の世界とは違い、絆創膏を張ったり、塗り薬を塗ったわけではない。布にべたべたする灰色の液体を染み込ませたもので患部を抑えるだけだ。ラピス曰く、その液体には魔気を吸収しやすくする効能があるらしい。魔気が体に十分にいきわたれば、自己回復の能力が高まり、治りが早くなる。治癒師の代わりの応急処置であるらしい。治癒師が居れば、そちらに治してもらった方が良いとも言っていた。
「……この天使は、前に町で見かけたことがありますね」
「その、この人と戦って、それでこうなったんです。私が冒険者に腕を掴まれたから助けてくれたんだけど、ちょっと度が過ぎてたから、仲裁したら戦うことになって……」
「……理解はできませんが、とにかく、貴女も開放が必要です。こちらへ来てください」
ラピスが先ほどの液体の付いた布を持って、サクラを呼んだ。彼女は少し遠慮気味に彼女の前に座る。ラピスとは最近話していなかったのだ。どうやって接していたか、忘れてしまった。友達になり切れていなかったのかもしれない。久しぶりにばったり会った同級生にどう話せばいいのかわからないのと似たような現象。しかし、手当をしてくれるというのだから、それを断ることは出来ない。
「……そう言えば、町で聞きました。サクラさんは冒険者になったのですね。最初の任務でかなり活躍されたと聞きましたよ」
「は、はい。少し怖かったですけど、何とかこなせました」
「そうですか。それは良かったです。……貴女が無事で、本当に良かったです」
ラピスはサクラと会っていなかったが、それでも桃色の髪の少女冒険者の話を聞くとすぐにサクラのことだとわかった。活躍を聞いて、サクラを凄いと思った。しかし、それ以上に彼女にこれ以上危険なことをしてほしくないとも思った。ラピスは自分がなぜそう思ったのかは分からなかったが、マスターの言っていた心配と言う感情はこれかもしれないと思った。マスターが寿命で弱っていたときと同じような気持ちだ。サクラは服を脱がされた。大きな傷はないものの、綺麗な肌も擦り傷と浅い切り傷でボロボロだ。それだけの激戦だったと彼女の傷が語る。その傷にラピスは優しく液体を染み込ませた布を当てる。サクラが痛みを感じないように、優しく撫でるように彼女の肌を滑らせた。
「本当は、こうやって軽くでも怪我をしてほしくありません」
サクラはその言葉に返事が出来ない。彼女がそういうことを言うとは思わなかったのだ。友達であると言いながらも、彼女のことは何も知らない。何も言えずにいても、ラピスはそれを責めるようなことは言わない。布を通して、彼女が自分の心配をしているのが直に伝わるような気がした。サクラは大人しく、彼女の手当を静かに受けた。




