穏やかな時間
サクラは今、ウェットブルーに来ていた。日はまだ高く、ウェットブルーにいる客は彼女だけだ。サクラはカウンター席に座って、コーヒーを啜っていた。既に何度か通っていて、ここのコーヒーを好んでよく飲んでいた。マスターは彼女がいつ来ても笑顔で迎えてくれた。そんなマスターの居るウェットブルーが混んでいるところを彼女は見たことが無かった。彼女が気にすることではないのかもしれないが、この店が潰れてしまうのは困るのだ。さすがの彼女もそのことをマスターに訊くことは出来ず、美味しいコーヒーを啜っていた。
彼女はコーヒーを啜っていると、ウェットブルーに他の客が来たようで、扉の開く音がした。マスターがいらっしゃいと声をかけていた。その客はカウンター席に座る。彼女とは席一つ開けて隣だ。彼女はちらとその人を見ると、見覚えのある人だた。
「ああ、サクラ。君もこの店に来ていたんだね。少しお邪魔するよ」
彼は優しい笑みを浮かべていた。サクラはコクリと一度頷くだけで、再びコーヒーを味わう。
メイトはブレンドコーヒーを注文していた。マスターと彼はよく会話をしていて仲が良さそうだった。サクラは二人の仲には大して気にしているわけでもなかった。コーヒーを啜り、カウンターに肘をついてぼうっとしている。この世界に来てから、動き続けていたと言っても過言ではないだろう。覚えるべきことをやるべきこと。何より、ギルドの仕事が一番きつかった。前の世界では、眠気を飛ばすために飲んでいたコーヒーだったが、こういった落ち着いた時間を過ごすのにもいいなと感じていた。学校に行く必要もなく、自由に生きていると思えた。町にいる以上、この町の規則を破ることは出来ないが、それで不自由だとは思っていない。彼女はどうでもいいことを考えながら、コーヒーを啜ろうとしたが、既にカップの中は空だった。そろそろ、どこかに行こうかなと考えながら、カップの中を見ていた。
「マスター。そろそろ行きます。ごちそうさまでした」
「はい。またいつでもどうぞ。」
彼女はその言葉に手を振り返して返事とした。彼女はそのまま店を出た。
「まさか、彼女がミラクルガールだとは思わなかったよ。まぁ、先代と同じような煌めきは感じたんだけど」
「実際に戦ったんだけど、変身しなくても魔法の力はすごかったね。技術は未熟だったけど、これからが楽しみな冒険者だよ」
サクラが出ていったあと、マスターがサクラが出ていった扉の方を見ながら、そんな会話をしていた。
「で、どうする? 空の星鍵はあるんでしょ。渡した方が良いとは思うけど」
マスターは、サクラの使っていたカップを洗いながら、メイトにそんなことを言っていた。そこに客がいても、二人が何の話をしているのかわからないだろう。
「ああ、まずは三本だけ渡すよ。渡すというか、拾ってもらう感じになるけどね」
「それがいい。で、何か食べてく?」
「じゃあ、サンドイッチを頼もうか」
マスターは手際よく、材料を用意して斬り、パンを少し焦げ目がつく程度に焼く。そのパンの間に、材料を挟んで、三角になるように真ん中に包丁を入れた。それを真っ白な皿に乗せて、彼の前に出す。彼はそれを食べて満足そうにしていた。
「なぁ、おい」
サクラがウェットブルーを出て、商業地区を歩いて、ウィンドウショッピングをして楽しんでいるときだった。誰かに声を掛けられて、その方に振り向いた。そこにいたのは冒険者の男性だった。最初にサクラを子供と馬鹿にした男性だ。革の鎧を身に着けていて、木製のヘルメットを着けている。帯剣している剣は片手で持てそうなサイズのものだ。
「あんた。ほんとにリーダーを倒したんだよな」
「リーダーってウルフェンリーダーのことですか。それなら大体その通りです」
「なら、少し助けてくれないか?」
それだけ言われても事情が分からず、首を傾げるしかない。目の前の彼は、彼女の態度を無視して、腕を掴んだ。
「いたっ」
いきなり手首を掴まれて、痛くもないのにそんな言葉が出た。びっくりしたという方が正しいかもしれない。しかし、その状況だけ見れば、明らかに悪者は彼になってしまう。通りかかる人たちがちらちらと二人を見ていた。しかし、男を止める者はいない。腐っても冒険者だ。腕に覚えのある者がほとんどで、止めに入って逆上して斬りかかられたら死ぬのは自分だ。そんなリスクを抱えてまで、たとえ子供であろうとも他人を助けることは出来ない。それぞれのもっと大切なことある。サクラも周りに助けを求めたわけではない。
「やめろ」
しかし、男を止めに入るものがいないわけではなかった。たった一人だ。人族ではなかった。背中に白い翼を持った人。白いワンピースの女性だ。しかし、全身は天使に見えるのだが、サクラの知る天使には頭の上に輪っかがあるはずなのだが、彼女にはそれが無かった。
「子供をいたぶるとは、残虐な奴め。私が成敗してやるっ」
彼女はどこから取り出したのか、その手には剣が握られていた。冒険者も喧嘩を売られて買わないなんてことはなく、舐められたままではいられない。彼も剣を引き抜いて、その剣先を女性に向けた。




