初めての依頼 5
ウルフェンのリーダーがゆったりと一歩、前に足を出した。サクラは拳を握る。メイトは、短剣を強く握る。ここまで来たら、逃げるという選択肢はない。報酬だけではなく、再びここにウルフェンが来ても被害は少なくなるはずだ。それに冒険者も活動しやすくなる。ここで倒さなくてはいけない。
リーダーが身を低くしたと思った矢先、既にジャンプしていて、メイトの目の前に迫っていた。リーダーは弱いと感じた方から倒すことにしたらしい。メイトも魔獣と同じ思考をしていた。彼女の技だけ見れば、明らかにメイトよりも上に感じるだろう。メイトは相手の速度に合わせる。目の前にきた魔獣の爪が振られるのを見てから、身を屈めて回避する。それと同時に、反撃のために短剣を下に向ける。相手の攻撃が振り切られる前に、短剣を振り上げた。相手の下から、首を狙った振り上げ。しかし、その刃が当たらないであろうことは彼自身がわかっていた。リーダーであるこのウルフェンがこの程度の攻撃に当たることはないのだ。案の定、彼の短剣は当たらなかった。それだけではなく、彼の短剣が魔獣の牙によって砕けたのだ。彼はもはや、攻撃を封じられたと言っていい。彼は魔法と短剣で相手に少しずつダメージを与えて倒す戦法だ。魔法は既に彼女を守るために使った土壁の作成と維持で消費した。魔法を使えないというわけではないが、生死に関わる領域になる。もう一つの攻撃手段の短剣は今壊された。彼の持つ超能力は攻撃手段にはならない。体術も使えなくはないが、そこらのウルフェンでない以上、効果がないと思った方が良いだろう。つまりは、手詰まり。彼にはせいぜい支援しかできないということだ。
彼が自分の状況を確認している間に、ウルフェンが爪を彼に振り下ろそうとしていた。サクラの視界にその光景が映っている。彼女はメイトがその攻撃を回避できないと思っていなかった。こんな単調な攻撃が回避できないはずがないと。その思い込みが彼女の体を動かさない。その爪が彼に近づいていく。時間はゆったりと進む。彼は動く気配がない。それどころか、攻撃が来ていることに気が付いていないかもしれない。そう思った瞬間、彼女は横から思い切りパンチを出した。力加減がされていないパンチを横腹に受けて、魔獣は横に転がっていく。完全に不意打ちだった。彼女のそのパンチには殺意や敵意はなかった。彼を守るために無意識に体が打った攻撃だった。雰囲気もない攻撃を読むことは難しい。さらにリーダーが見ていたのメイトのみだ。視界にすら入っていなかった人物からの攻撃だった。
グルゥゥ……
まるで痛みを堪えるような低い鳴き声。殺意の困った視線が、サクラに向けられる。先ほどよりも強い殺意、それでも彼女は退くことはない。そして、彼女はメイトの短剣が砕けているのにようやく気が付いた。彼が攻撃を回避しようとしなかったのは、それが原因かもしれないと思ったが、今はそれを訊いている場合ではない。何をするにも目の前の敵を倒さなくてはいけないのだ。メイトが戦闘できないということは、一対一だ。リーダーにも仲間はいない。一人で倒せるのかはわからないが、倒さなくてはいけないということは理解しているつもりだ。
先に動いたのは、魔獣だ。先ほどと同じか、それ以上に速い。彼女に近づいた瞬間に、鋭い牙の生えた口を開いて、彼女の胴に噛み付こうとしていた。しかし、動作の大きな攻撃にそう易々と当たるはずもなく、彼女はバックステップで回避する。相手の口からガチンというような音が聞こえてくる気がして、その口に挟まれたら、変身していても死ぬだろうと冷静に考えていた。その思考に飲まれることなく、彼女は小さな石の礫を相手の周りに作り出す。それをすぐに、相手に突撃させた。石とは言え、数が多ければダメージにはなる。周囲を囲まれている以上、その巨体では回避することなどできない。ほとんどの魔法が魔獣に当たる。しかし、その程度では止めを刺すことは出来ない。魔法に当たりながらも強引にその包囲から抜け出してきて、魔獣は爪を彼女に突き立てた。彼女はその攻撃を回避するために、前に飛んだ。身を屈めて、相手の腹の下に潜り込む。そこから、彼女は掌を相手の腹に当てた。そして、そこから、風の魔気を利用して、衝撃波を巻き起こした。魔獣の体の内側から衝撃波が全体に伝わる。その攻撃に耐えられるほどの体力はなかったようで、魔獣は多少、上に飛んだあと、彼女の横にドシンと地面を揺らして落ちた。魔獣はもう動かない。
「こ、これで、勝った……?」
彼女の周りにはウルフェンの死体が転がっている。その一体も動くことはない。彼女はこのハードな初任務を終えることが出来たと言っていいだろう。
「本当に、勝ってしまうとは。強すぎるね」
メイトもその光景をみて呆れかえっている。彼がしたことと言えば、ウルフェン数匹と戦い、彼女が瀕死にしたウルフェンにとどめを刺した暗いだろう。手伝いと言うほどの活躍でもない。しかし、彼が居なければ、死んでいたのはサクラかもしれない。
彼女は胸に手を当てて、鍵を引き出す。それを左に回すことで、彼女の変身が解除された。かなりの疲労があるが、歩けないとか立っていられないというほどでもない。しかし、周囲の惨状をみて、これをギルドまで持って帰るのは無理だろうなと考え込んでいた。




