パイシスの最後 5
泥の魔法は彼の下半身を包んだ。そうなると、彼は既に動くことは出来なくなっていた。超能力ももう、既に使うこともできない。彼は完全に動きを止められたのだ。
「こ、これ以上抵抗しないでほしいです……」
彼女はそう呟いた。パイシスも自分が動けなくなっていることは理解している。それに彼の目的は達成していると言っていいだろう。彼女の力量や人柄を知るために挑んだ戦いだ。彼女が現状、星座の力を悪用するかどうかを見極めたいと思っただけなのだから。だから、彼はヘマタイトを殺す気で戦おうとは思っていないのだ。彼の攻撃は確かに威力は高いものの、ミラクルガールであれば、耐えられると思っている。実際に、散々吹っ飛んでいたが、彼女は未だに多少、土で汚れているだけで、彼女自身は辛そうな顔をしていないのだ。
「そうですね。降参しますので、鍵を私に使ってください」
ヘマタイトは頷いて、彼の持つうお座のマークに鍵の先端をくっつけた。そして、鍵を左に捻るとうお座のマークが光となって、鍵に吸い込まれていく。彼にあったマークは鍵に移っていた。
戦闘を終えた後、彼の泥の魔法を解除する。魔法で作った泥であるため、彼の服には泥は残らない。彼は動かなくなっていた足を軽く動かしていた。
「すみませんでした。いきなり、戦いを挑んでしまって。ただ、オフィウクスを倒すなら、全ての星座の力が無ければ勝てないと思いましたので、その力を託してもいいものかと、試させていただきました」
ヘマタイトは特に怒ったり、悲しんだりと言う様子はなく、自分だけを試したのは、自分が新参者で一番実力がないからだろうと思った。彼女自身も自分に実力がないと思っているし、自分が沢山の依頼を達成できたのは、オブのお陰だと思っている。
「お詫びと言うわけではないのですが、私の店に来て、コーヒーでも淹れさせてください。食事も作れますので、リクエストがあれば作りますよ」
ヘマタイトは彼が何者かも知らないため、そこで初めて彼が店をやっていることを知った。これだけ強い人が飲食店をやっていることは少し不思議だった。強い人は大抵、冒険者や兵士になるのが一般的だと彼女は思っていた。そんな彼の淹れるコーヒーも、彼の料理もどんな味がするのか気になった。普段は、そんなことを聞かれても、自分一人なら断っている彼女だったが、彼のその誘いは受けることにしたのだった。
その後、町に戻り、彼女はウェットブルーへと招待された。店の看板は閉店のまmだ。さすがの彼も疲労があり、彼女以外に何か提供する元気はないのだ。
「お邪魔、します……」
ヘマタイトはかなり緊張した様子で、店の中をキョロキョロとみていた。パイシスはその様子を特に気にしている様子はなく、店の奥へと引っ込んだ。店に出るための服装に着替えてカウンターに戻ってくる。そこで手を洗い、料理の準備をする。
「では、ここに座ってください。コーヒーは甘い方が良いですか」
「え、あ、はい」
彼女はカウンター席に座り、彼の言葉に返事した。緊張がすぐ解けるわけもなく、彼女は多少背中を丸めながら、座っている。
「苦いのは平気なんですか。無理しなくても、甘いコーヒーも作れますよ。サクラさんはそのコーヒーがお気に入りなのですよ」
「あ、いえ、本当に苦くても大丈夫なんです」
「そうですか。では、何も普通のコーヒーを入れましょう。何か食べたいものはありますか?」
ヘマタイトは戦闘後と言うのもあって多少く空腹を感じていた。コーヒーを会うのかわからないが、彼女がこういう喫茶店に来た時には頼みたいものがあったのだ。それは彼女が物語の中で読んでそれに憧れていた。
「その、びーえるてぃーサンドって作れますか?」
彼女は少し恥ずかしそうにしながら、遠慮がちな声でそうきいた。
「ええ、作れますよ。材料はありますので、サンド一つでいいですか?」
「あ、はい。あ、あと、食パンを三角形に斬ってほしいです」
「わかりました。では、そうしましょう」
そう言うと、彼はてきぱきと料理を始める。パンに挟む材料やそれぞれの味を引き立てるためのソースを作るための材料などをキッチンに持ってきて、それを慣れた手つきで料理していく。それと並行して、コーヒーも作っていく。
コーヒーを先に入れて、ヘマタイトの前に、ソーサーの上にカップを乗せて置いた。彼女は小さな声でお礼を言ったのを、彼は聞き逃さなかった。ニコリと笑って、それを返事とする。ヘマタイトは男性とはあまり関わって来なかったため、そう言った笑顔だけでも照れてしまう。彼女はそれを隠すかのように、コーヒーに口を付けた。それは彼女が引きこもりの時に飲んでいた物とは比べ物にならない程美味しかった。