試練と称して 4
炎の山に閉じ込められたサクラの本能を押さえつけていた何かが消失した。その瞬間、彼女の周りには水の線が出現していた。その線は徐々に太さを太くしていく。そして、彼女を包むと、水の壁となる。その壁から、いくつもの高圧の水が周りに噴き出していく。火の山の中から、水が噴き出ていく。やがて、その水の勢いに負けて、火の山は消失した。
メイトはタイタニックブレイスを使用しながら他の魔法は使えない。そして、彼の半身である人形は木製であり、火の弱い。火の魔法は生物に対して有効な魔法ではあるが、彼の人形が相手を押さえつけて、火の魔法を当てるということはできないのだ。それでも、タイタニックブレイズを使って、そこから逃げ出せた魔獣はいなかった。だがサクラはその魔法を防いできた。彼にとってそれは予想外と言うほどのことでもない。彼の予想の中には自身の全ての魔法の効果がないかもしれないという物まである。そこまで行くと、自分には勝ち目はないと思っていた。ただそこまでの力があるなら、オフィウクスとの戦闘も多少苦労する程度で勝てるだろう。それならそれで、彼との戦闘でも戦えるだろうから、何も困ることはない。
彼は続けて魔法を使おうとはせずに、自身のコピー空間に入りこんだ。向こうからの攻撃は全く届かなくなる。その代わりに、完全にコピー空間に入っている間は、元の世界の状態は一切分からない。だが、彼は空間の扉を少しだけ開けて、外の様子を確かめることは出来た。
燃えていたはずのその場所には水の塊があった。完全に周りに火が無くなると、そこにあった水の塊は地面に吸い込まれるように無くなった。メイトはその瞬間を見逃さず、彼女の近くでコピー空間から出て、彼女を組み伏せるように飛び掛かろうとした。しかし、彼のその速度では、サクラに付いて行くことはできなかった。簡単にメイトの飛び掛かりを回避して、彼が膝を付いている間に接近した。彼女はその状態で、低い位置にある頭を蹴りつけようとした。メイトにその蹴りは当たらなかった。その蹴りが、彼に到達する前にその足を人形が押さえつけていた。メイトはその間に、彼女から逃げるために超能力を使う。彼自身のコピー空間に引っ込めば、サクラはそれ以上に追撃することは出来ない。中々、いやらしい戦法を使ってくる。そのせいで、恐怖から来る防衛本能が頭を引っ込める。彼女の頭が冷えて、冷静になり、元の彼女の性格に戻る。自身の魔法も超能力も彼女の制御下に戻った。
「あの超能力をどうにかしないと、こっちから攻撃することもできませんね」
彼女がわざわざそれを言葉にしたのは、本能に任せて戦闘をしようとしていることに自覚があるからだ。冷えた頭に自らの目的ややそれに至るための手段を言い聞かせている。本能に任せれば、思考するよりも速く行動することが出来るが、それ以上に行動がかなり狭まるのだ。冷静に戦い抜いてこそ、彼のいう試練を乗り越えたことになるだろう。それに、本能だけで戦ってオフィウクスに勝てるはずもない。彼との戦いでは、確実に力押しだけで勝てるわけがないのだ。彼との戦いは思考と思考の戦いになるだろう。さらに相手には超再生能力すらある。だからこそ、この戦闘も本能による力押しではなく、頭を使って戦わなくてはいけない。そう言う意味では、彼女からの攻撃が力押しだけでは届かないメイトの超能力はかなり都合がいいだろう。
サクラが考えている間に、メイトは彼女の背後から扉を開けて攻撃しようとしていた。彼の人形が扉から飛び出して彼女に飛び掛かる。背後からの攻撃にサクラは気が付いたが、回避する前に人形が飛びかかる。彼女の腰の辺りに腕を回した後に、彼女の太ももの辺りに、足を絡ませて離れないように自身を固定していた。そして、彼女の正面にはメイトが立っていた。彼女の掌を向けいる。
「土よ。ハードスパイクッ!」
彼の正面に三つほどの四角錐が生成される。そして、その先端が拘束されている彼女に向いていた。それは彼女に向かって飛んでいく。メイトとサクラは大した離れていない。彼女はそれを回避することは出来ないと思い、自身の前に土の壁を作り出した。それは先ほど作ったような不安定なものではなかった。茶色の土の壁ではなく、その色は灰色だ。黒とまではいかずとも、その壁の強度はあった。彼の土の魔法を無効化する程度には固いのだ。彼の魔法は壁に当たると勢いよくはじけ飛んでいた。
「火よ。スプリットファイア」
メイトはハードスパイクが弾ける音に被せるように次の魔法をつぶやいていた。それが唱え終わると同時に、彼の前に彼の掌より大きな火球が出現し、彼女に向かって飛んでいく。