ぶっきらぼうな口調
息を切らせて、広場まで全力疾走してきた。周りの人々は彼女のことを不思議そうな目で見ている。サクラは辺りを見回し、多くの人がいることに安堵した。息を整えて、まだ心に残る恐怖心を抑えながら、自分の部屋に行く道を行く。彼女は自分では気が付いていないが、かなり顔色が悪い。周りの人は傍から見ているだけで彼女に手を貸そうとはしない。それは仕方ないかもしれない。いきなり、広場に走ってくるような変な人に進んで手を貸そうとする人は少ないだろう。だが、全員が全員、そう言う人ばかりではなかった。
「おい、あんた。大丈夫かよ。顔色わりぃぞ?」
彼女の横から声をかけたのは、大柄な女性だった。身なりも周りとは違った。サクラの視界に入るのは、木製の下駄だった。鼻緒が紫色でその上には丈の長い折り目がきっちりついたスカートがあった。スカートの裾のところにいくつかの花があしらわれていた。顔を上げると、服はシンプルな藍色のシャツを着ていた。ゆったりしているシャツだが、その上からでも胸が大きいのがわかる。自分より圧倒的に背が高いのがわかり、サクラは顔をさらに上へ持ち上げた。その視線の先には、赤茶色の瞳の目つきの悪い女性が眉を寄せて、自分を見ていた。
「おい、聞いてるか?」
彼女がサクラの顔の前に近づいた。彼女の金髪が揺れている。とても綺麗な髪だと思った。
「ご、ごめんなさい。大丈夫です」
サクラは笑い顔を作ったが、明らかに無理をしているような顔だった。彼女のことを知らなくても、それが無理をしているとわかるほどだ。女性は、後頭部をがしがしと掻くと、困り顔になりながらも彼女に手を差し伸べた。
「我慢すんな。子供がよ。何か食べりゃ、よくなるだろ。こっち来いよ」
サクラは目つきの悪い彼女に悪意どころか、優しさしか感じなかったので、素直に彼女に付いて行く。少し歩いたところで彼女は足を止めた。それから、サクラの方を振り向いて、何の断りもなく彼女を抱き上げ、片腕に収めた。
「乗り心地悪かったら、すまねぇな。まぁ、ちと我慢してくれ」
乱暴な言葉とは裏腹に、彼女の手つきは優しさに溢れていて、サクラは安心していた。先ほどのシスターの善人ぶった態度よりは断然、好きだった。
「いらっしゃい。オブシディアン」
「ああ、今日も邪魔するぜ。子供もうまいというような料理は作れるか?」
「あたりめぇだろ! 俺を誰だと思ってんだ?」
「一流の居酒屋料理人だろ? まぁ、こいつの分、頼むわ」
「おうよ。頼まれた! 少し待ってな。お前さんはいつものでいいんだよな」
「ああ」
サクラが連れてこさせられたのは、居酒屋であった。看板にはリキュアライフと書かれていた。居酒屋にしては少しオシャレな名前に感じた。しかし、店内は壁も含めて木でできていた。八つの椅子がセットされた丸テーブルが八組、カウンター席は十席ある。かなり広い店内で、既に五つのテーブルが埋まっていて、店員が忙しそうにしていた。
そんな中、二人が着いたのはカウンター席。それも店主の目の前でだった。何が出てくるのかわからないが、この人が酷いものを食べさせるとは思えないため、少しだけ期待して、待つことにした。
待っている間、特に話しかけることもかけられることもなかった。彼女が何者なのか気になるが、それは訊いてもいいものだろうか。優しい人だとわかったからこそ、そう言う相手を疑っているようなことはしたくないし、そう思われたくない。
「あー、そう言えば、名乗ってなかったな。オレはオブシディアン・グラントってんだ。あんたは?」
カウンターに肘をつきながら、横目でサクラを見て、いきなり名乗った。サクラは慌てて、自分も名乗る。
「サクラってぇのか。かわいい名前だな。あんたにゃ、似合ってんじゃねーの」
「オブシディアンさんは格好いい名前ですね。強そうです」
「そうだな。オレは弱くはないな」
彼女は少しだけ満足そうに頬を上げていた。サクラも、かわいい、似合うと言われて悪い気はしない。
「これ食ったら家まで連れてってやるよ。もう外も暗いしな」
「あ、ありがとうございます。優しいんですね」
「そんなことねぇよ。子供一人で帰せねぇって話ってだけだからな、あんたも気にすんなよ」
それから、出てきた山賊焼きのような肉料理を平らげて、その後にさっぱりした果物を擦って作ったのかシャリシャリするゼリーのようなデザートを食べた。腹も心も満たされた彼女は眠気に襲われていた。
「よし、帰るか。じゃ、お代はここに置いておくぜ、アルコ」
「ああ、わかった。また来てくんな!」
「もちろん。じゃあ、ごちそうになった。今日もうまかったぜ」
「ご、ごちそうさまでした。私も美味しかったです。最後の甘いのも美味しかったです」
「ありがとよ。嬢ちゃんもまた来な!」
快活な笑みを浮かべている店主に背を向けて、店を出た。家の場所を訊かれたので、家の方向を話すとここに来る時と同じように片腕に抱かれて、帰路を歩いた。最後までサクラを送って、施設の前で降ろしてもらった。
「じゃあな」
「ま、また会いたいです」
去ろうとしたオブシディアンの背に声をかけてしまった。その言葉は抑えようとする前に口から出ていた。
「ああ? オレもこの町に住んでんだ。どっかでまた会える」
彼女はそれだけ言うと背中を向けたまま、手を上にあげていた。その手はじゃあなと先ほどの言葉をまた伝えていた。




