モノクロの希望 3
ヘマタイトが胸に差した鍵の頭にはおとめ座のマークが描かれていた。サクラが変身するために使っていた鍵。その鍵が光になり、彼女の正面で何かの形を作る。彼女がその光に触れると、光が弾けてその姿を現した。それは片手サイズのハープだった。ハープは桃色で、ハープの下の部分には控えめなハートマークが三つほどついている。ハープの一番上になる角の部分には小さな星マークがついていた。ヘマタイトはハープの引き方なんてわからなかったが、その楽器を持った時点でその使い方が頭に思い浮かんだ。ヘマタイトはハープの真ん中にある糸の部分を優しく撫でるように触るという印象だったが、まさしくそれでいいようだった。
ハープの使い方が分かったところで、彼女はマントの男に向き直る。彼女はナイフを防ぎながら、ハープを奏でた。ポポロンと綺麗な音色がヘマタイトには聞こえているのだが、その音が周りに広がると彼女の方に飛んできていたナイフは彼女のいる方向とは反対方向に飛んでいった。それはハープが発した音の衝撃波だった。そして、衝撃波は広がり、マントの男まで到達する。衝撃波は彼のマントをはためかせ、彼が投げようとしていたナイフも地面に落ちていた。
「いきなりなんだ。この力、ミラクルガールの新しい力と言うわけか」
彼は衝撃波に逆らい、ヘマタイトに近づいていく。
ヘマタイトがマントの男に近づいているとき、スコルピオはそのまま二対一の状況を続けようとしていたのだが、彼がそう簡単にくたばるような男ではないと思いなおした。この戦闘に置いて、敵は彼女だけではなかったことを思いだす。最初に戦っていたオブの方へと彼女は歩みを進める。オブは未だに路地に座り込んで、動けないようだ。息が荒く、見るからに疲れていて、先ほどから疲れが取れていないのは明白だろう。ヘマタイトが来ることで、先ほどは自分に都合の悪い状況に追いやられた。最初からヘマタイトを気にしながら、先に彼女を倒していれば、こんな不利になることはなかっただろう。ミラクルガールになる前に潰すことが出来てれば、こんな面倒なことにはならなかったというわけだ。オブもミラクルガールにならないとは限らない。今は鍵の全てがここにある。ヘマタイトが持っている今は、彼女がミラクルガールになる可能性は低いだろう。だから、先にオブを無力化することにしたのだ。
「な、なんだ、オレとやろうってのか……?」
オブは声を出せる程度には回復しているようだった。手を動かして立とうとはしているが立つことまでは出来ないようだ。
「悪いんだけど、先に死んでもらうよ。君にまでミラクルガールになられたら、対処に困るからね」
「そう、かよ。良いぜ、できるもんならな」
彼女は注射器を取り出した。その注射器に入っているのは無色透明の液体だ。見た目には脅威には感じないが、それは彼女の作り出した毒の中でも一番の毒性を持つものだ。注射すると、ほぼ全ての解毒剤を使っても、どんな治癒師が治そうとしても解毒することが出来ないものだ。それを注射すると、そもそもその魔気を取り込むことは出来るが、それを自身の体内に取り込むための機能を一時留しく低下させるものだ。そもそも魔気の操作の根本をおかしくするため、魔気を操作して治す治癒師では全く役に立たない。この毒をどうにかできるとすれば、根本から臓器を修復できる薬のみだ。スコルピオはその機能を持つ薬を見つけてはいない。さらに、魔気の取り込みの機能を低下させるため、すぐには死ぬことは出来ない。弱って弱って弱った先に窒息するような苦しさの中、もがきながら死んでいくのだ。スコルピオはそんな苦痛を与えたいわけではない。しかし、解毒できる毒では彼女を倒すことは出来ないのだ。だからこそ、ここで使わないといけないという使命感が無ければ、使えないというわけだ。
「……すまない。こんな、卑怯な毒を使うことになるなんて」
彼女の中にも罪悪感はある。その葛藤が、彼女の注射器の進みを遅くする。まだ、止めるなら間に合うと、理性がそう言っている。それでも、彼女は意を決して、注射器を彼女の腕に刺そうとした。しかし、そうなる前に、注射器を持つ手を誰かに抑えられ、注射器がその手からはずされた。地面に落としたのかと思ったが、そんな音も聞こえない。強力な毒性を持り、使うつもりのない毒だったため、予備の毒など持ち合わせていない。スコルピオはすぐにその犯人が鍵をもってきた相手にとって都合のよい状況を作り出した者だ。そして、また邪魔された。しかも、最悪の毒も持っていかれた。彼女はイライラし始めた。その犯人の目星はついているのだ。
「出てきた方が良いよ、ジェミニ。よくも私たちをおちょくってくれたね。お前自身が戦えばいいものを……!」




