闇の中で光る者 3
力任せに攻撃しなくても、彼女の戦意は喪失してしまった。今この場に戦えるものがいなくなってしまった。
「まぁ、これで私の実験に付き合ってもらえるね」
スコルピオは虹色に見える液体が入った注射器を取り出した。オブの視界にもそれが映っている。虹色の液体なんて、考えずとも危ない薬だとすぐに理解できる色だ。薬でなくとも、虹色の植物なんて触ろうとは思わない。毒があるというのが簡単に理解できる色だ。それが肩を落として、俯いているヘマタイトに注射されようとしている。オブは動かない体を動かそうとしたが、動くはずもない。声を出そうとしても、掠れた声しか出なかった。
スコルピオも相手に抵抗力があるとは考えずに、無警戒にヘマタイトに近づいていく。注射器の針の部分が相手の方へと向いている。ヘマタイトにはそれが見えていないどころか、感じてもいないだろう。スコルピオが近づいていく。そして、彼女の手がヘマタイトに届くというところで、彼女の足元から突然柱が出現した。いきなり真上に延びて、かなりの速度を持っていたため、スコルピオは回避するのが間に合わない。それでも足を動かして、空に打ち上げられる前に逃れようとした。しかし、後ろに下がっても、伸びていた柱から、彼女が落ちないような場所にさらに柱が伸びる。彼女の足を柱の上から逃さないように、彼女が移動する先には必ず柱が伸びて下には移動できないように伸びていく。そして、彼女は空に打ち上げられるのを回避しきることは出来なかった。彼女は空中で無防備になったところで、柱が更に伸びて、分岐する。スコルピオを逃がさないように周りを取り囲んで、そこからさらに柱が伸びていく。ゾディアックシグナルの力があっても、彼女が貰った力は空中でどうにかできるような力ではない。つまりは、今の状況は彼女にとってはかなりのピンチと言うわけだ。超能力を使っても意味はないだろう。たとえ、ここで分裂しても逃げられなければ意味がない。
「なぜ? あれだけの鬱状態、反撃できたということなのかな。まさか、精神力だけで、私の毒に耐えて、その上、あの演技? そんなはずはない。と言うことは
防衛本能? 何にしても興味深い」
彼女は自身のピンチでも落ち着いていた。それどころか、ヘマタイトのあの状態を分析していた。自身の薬であの反応を引き起こしたのも面白い反応だと思った。自身の作った薬の作用をしっかりと把握できていなかったということだろう。これだから、薬の開発はやめられないと彼女は頭の中で少しだけ興奮していた。
「そのためには、まずはここから脱出しないといけないね」
彼女は自身に、橙色の液体が入った注射器を突き刺して、自身に薬を注入した。彼女は歯をかみ合わせて、自身の体にかかる負担に耐える。その時間も一瞬で、次の瞬間には彼女の体には、魔気が通常よりも吸収できるようになっていた。土の柱に囲まれたその場所で彼女は風の魔気を放出する。それは魔法にすらなっていない。しかし、風の魔気には拡散する力がある。そのため。ある程度密閉されている場所で、風の魔気を放出すると風の魔気は拡散する。そして、拡散する力は彼女を密閉している柱にもその力は掛かる。そして、ついには彼女は放出する風の魔気が土の柱を壊した。
「はあぁぁ」
さすがに魔法にもせずに風の魔気を放出するとなると、体に負担がかかる。いくらゾディアックシグナルの力があるからと言っても、無敵と言うわけでもない。さらに彼女が貰った力は戦闘向きの力ではない。そのため、自身に注射を打ち、魔気を放出するという連続で体に負担を掛けるようなことを擦れば、体に疲れを感じるのは当たり前のことだろう。しかし、それでも彼女がピンチであることには変わりない。土の柱から逃れられたとしても、彼女は未だ空中にいるのだ。
土の柱から脱出したのは良いが、土の柱の周りには土の塊が浮いていた。彼女がそこから出てくるのは既に予想していることだったのだろう。魔法を維持するのは、簡単なことではない。それも彼女を取り囲むほどの数。それを維持して設置しておくのは無理なのだ。つまりは。彼女が風の魔気を放出した時点で柱が破られるのはわかったのだろう。
「さすがに、疲れてきたんだけど」
彼女はその場で分裂した。的を増やせばオリジナルと分体どれかが逃げ切る確率は上がると考えたのだが、彼女を取り囲む土の数は三人を相手にしてもあまりあるほどだ。空中で大きく動けない彼女が的を増やしたところで、あまり意味がないだろう。スコルピオは柱を脱出した時点で、自身が地上に戻れると思っていたのだ。だからこそ、体に負担がかかる薬も使ったし、風の魔気の放出もした。
そして、スコルピオとその分体は、土の塊を何度もぶつけられ、最後には地面に叩きつけられた。




