暴れる光で照らして 4
「ヘマタイト、やれるか」
「は、はい」
ヘマタイトはオブがにやけたのを見て、既に覚悟を決めていた。彼女についていくのは大変だ。
目の前の巨大なトンボが先に動き出した。五月蠅いほどの羽音を辺りに響かせている。その翅が起こすか風が辺りの草木を激しく揺らしている。彼女たちはその風にも顔を逸らすことはなく、相手をじっと見ている。意味もなく翅を激しく動かすことはないと予想して、相手の動きをじっと見ていた。しかし、見ていたのにも関わらず、ヘマタイトはその動きを認識することが出来なかった。
「くそっ!」
近くで聞こえるのはオブの声。それが聞こえてから、彼女の方を見ることでようやく、トンボを補足出来ていた。オブは両手で相手の頭を抑えていた。激しく翅を動かして、前に進もうとしているのをオブが抑えている。そして、トンボの顔についている大きく、ギザギザの口が開いて、彼女に噛み付こうとしていた。しかし、ヘマタイトは、オブに抑えられているトンボに向かって、土の魔法を使う。相手の周りに三本の柱を上に伸ばし、その柱を相手の翅に上からぶつけようとした。最初こそ、翅の羽ばたきに阻まれていたが、徐々にその抵抗を破る勢いで、柱が勢いをまして、ついに翅に柱の先端を叩きつけた。それでも柱は翅を貫くことができなかった。地面に翅をつけることもできずに、結局は柱から逃れられた。相手は後ろに素早く移動していたが、後ろへの移動はヘマタイトにも認識できる程度の速さだった。
「逃がすわけねぇだろ!」
トンボが後ろに下がるとの同時に、彼女は前に出る。その勢いを利用して、拳を前に突き出した。超能力が彼女の拳のリーチを長くして、拳をぶつけた。相手の顔面にぶつけても受け流されてしまったが、そのまま次の拳を前に出す。それもダメなら次の攻撃を当て続ける。連続で拳を叩き込んでいく。しかし、どの攻撃も頭にばかり辺り、攻撃は逸らし続けられていた。その間にヘマタイトは魔法を準備していた。拳を当て続けて、顔を揺らされ続けているトンボは周囲の状況を正しく把握できていない。激しく揺れ続ける視界では何も捕らえられない。
ヘマタイトの周りに土の魔気が集まっていた。風の魔気を集めれば、電気を作り出すのと同様に、土の魔気は集めれば集めるほど硬くなっていくのだが、それ以上固くなれなくなると、周りを引っ張る力が生み出される。全てのものが地面に接しているのは地面の奥深くで、土の魔気が圧縮されているからだと考えられているほどだ。そして、そこまでとは言えないが、多少の引力を持たせた魔法を、ヘマタイトは作ることが出来ることを冒険者になってから気が付いたのだ。その魔法は、一人の時やオブと二人の時にしか使えない。その引力に抵抗できない人は、その魔法の影響を受けてしまうのだ。今は、オブだけだ。だから、彼女はその魔法を使うことにしたのだった。
「土よ。ブラウンサクション」
彼女が静かに魔法の名前を唱えた。その瞬間、彼女の周りにあった土の魔気が辺りを吸い込むような動作をする。その中心には茶色の小さな球体があった。それは素早くオブとトンボの方へと移動した。オブの位置ではその魔法の影響は受けない。トンボはその位置から動けず、そのままブラウンサクションの影響を受けることになる。トンボの羽ばたきから出る風は茶色の球体に吸収されていく。トンボはその魔法に危機感を持ったのか、先ほどと同じように翅をより速く羽ばたかせているが、その音は彼女たちまでは届かない。魔気を揺らして届く音は魔法によって吸収されていく。そして、トンボが前に進もうとしているのか、大きく口を開けているのだが、前に進むことが出来ない。その間もトンボは顔面を殴られ続けていた。ついには、尻尾から毒針を何本も発射したのだが、それも全て魔法の中へと吸い込まれていく。目の前の魔獣は鳴くことはなく、吸い込んだ分だけ大きくなる魔法に飲まれていく。最初に魔法の中に入ったのは翅。右側の翅が徐々に魔法の中へと取り込まれていく。トンボはもがくように翅をさらに動かしているが、もうその魔法から逃げる術はないのだ。取り込まれれば、球体は大きくなる。球体が大きくなると、その分取りこめる。しかし、そんな強力な魔法をミラクルガールでもないヘマタイトが長時間維持するのは難しかった。魔法はトンボを倒しきる前に、消えてなくなった。トンボの右の翅と、尻尾の一部が消えてなくなっていた。左側にしか翅がない状態では飛べるはずもなく、トンボは地面に落ちる。顔が地面に接触していて、もはや顔が逃げられる場所はない。オブの拳が止めとばかりに叩きつけられ、ついに顔が砕け散った。しかし、左に翅が高速で羽ばたき、体を持ち上げた。その巨体が、一瞬持ち上がり、その一瞬でオブの方へと体が投げられるように飛んでいく。尻尾から針が見える。射出するほどの力は残っていないようだが、毒針がついているだけで体当たりの威力が大きく変わる。しかし、オブは避ける素振りすら見せない。ヘマタイトは彼女が自分を頼りにしているのがわかってしまった。彼女は黒い土の壁を作り出して、トンボの体を受け止めた。黒い壁を解除すると、オブの連撃がトンボの体に叩き込まれて、完全に沈黙した。




