ウェットブルー
商業地区の端を歩いていると、ウェットブルーという看板を出している店を見つけた。商業地区の端と言うこともあって、人通りは少ない。ウェットブルーの見た目は灰色っぽいレンガの中にいくつか赤茶色のレンガが混じっている。正面には大きなまどがはめられている。そこから中が見えるが、薄暗く窓際くらいしか見えない。かなり大人な雰囲気があり、こういう場所に子供が入っていっていいのだろうかと思ってしますが、サクラには入るという選択肢しか持っていない。彼女は少し緊張しながら、ウェットブルーの扉を開いた。
カランとベルが鳴り、彼女は中に入った。店の中は、入って左右に四人掛けのテーブルが二つずつ。壁側は壁と一体になっているように見える椅子が付けられている。通路側は木製の足の細い椅子が置いてる。そして、正面にはカウンター席が四つあった。カウンターの奥には長い前髪で右目を隠した、赤い瞳の若そうな男性がいた。彼は白いワイシャツの上から黒いベストを着ている。線が細く、筋力があるようには見えない。彼がこの店のマスターなのだろう。彼はコップを磨いていたが、それをやめて、サクラの方を見た。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
マスターの声は落ち着いていた。サクラはカウンター席のマスターの前の席に座った。彼女の他に客はいない。彼女が椅子に座ると、目の前にメニューが出てきた。それを差し出したマスターの顔を見ると、少しだけ口角を上げて微笑んでいた。サクラはお礼を言いながらメニューを受け取った。メニューには食事と紅茶とコーヒー、その他に分かれていた。その他にはケーキなどのお菓子や、紅茶とコーヒー以外の飲み物が並んでいた。下の方には酒の名前のようなものも並んでいた。食べ物はサンドイッチの種類が多かった。彼女は卵のサンドイッチとカモミールティーを頼んだ。紅茶の方は名前を知っている物を頼んだだけだ。紅茶はよく飲んでいたが、どこにでも売っているようなペットボトルに入っているのが好きだっただけだ。だから、詳しい紅茶の種類や効能は知らない。
少し待つと、注文したものが彼女の前に出てきた。手を合わせて、いただきますと言ってから、サンドイッチを素手で掴んで食べ始めた。元の世界でスーパーマーケットで売っている総菜よりも段違いにおいしかった。紅茶も啜りながら、最後の一口までサンドイッチを堪能し、満足した彼女は残った紅茶を啜りながら、一息ついていた。ふと、しばらく触っていなかった、変身できる鍵をポケットから取り出した。そもそも変身するようなことが起こっていなかったので、忘れかけていた。鍵に変化はない。この鍵についてもミラクルガールについてもわからない。彼女は戦った時のことを思いだして、鍵をポケットにしまった。
「マスター、ご地租様でした。また、来ます。それじゃ」
サクラは紅茶を飲み干して、マスターに挨拶して店を出た。彼女が出る時まで客は一人も入ってきていなかった。メニューに酒があるところを見ると、夜の方が繁盛しているのかもしれない。
思ったよりも、ウェットブルーでくつろいでいたようで、夕方になっていた。元の世界と変わらない夕焼けの色。ラピスといるときは全く気にも留めなかったが、空の色や時間の経過は元の世界と変わらない。ノスタルジーな気分になったところで空を見るのを止めた。あの玄関のドアを潜った時点で、あの世界との縁は切れたのだ。懐かしむのは良いが、戻りたいとは思えない。彼女はぼうっとしながら、誰もいない道を歩いていた。少女が一人で誰もいない路地を歩いているというのは非常に危険なことだった。
「こんにちは」
彼女の目の前に現れたのは息の荒い太めの男性だ。顔も不細工で、明らかに彼女に何かしようとしているかのような手の動かし方をしていた。
「ろ、ロリコン……」
さすがの彼女もあまりの気持ち悪さにそんな言葉を呟いた。嫌悪感を抱いた。彼女は逃げようと思ったが、いつの間にか相手が彼女の腕を掴んでおり、逃げることができなかった。何度も相手の腕を振り払おうとしたのだが、相手の力が強くそうすることもできない。簡単に逃げられると思ったのに、全く動けなかった。まだ逃げられるとか、この人なら勝てるとかそういった抵抗する思考も浮かばない。解決策も考えられない。自分よりでかい男が、迫ってくるというだけで怖い。彼女は確かに元の世界の時より、身体能力は強くなっているが心が強くなっているわけではないのだ。
「す、少し大人しくしてて。すぐに済むから……」
男は抵抗するサクラを凄い力で引っ張っていく。男の超能力は筋力を強化すること。それを使えば、いくら身体能力が上がったサクラと言えど抵抗するだけ無駄だった。サクラは足で抵抗するも、簡単に引きずられてい