心を遣う 6
オフィウクスの首が地面に落ちる前に、彼の正面、胸の辺りにみずがめ座のマークが出現する。そして、彼の真上に水瓶が出現した。花瓶のような大きさの水瓶が、逆さまになり、彼と彼の体から切り離された体の一部に降りかかる。全身が水に浸かった。その瞬間、彼の胴体から筋繊維が伸びてくると、両腕と頭の切り取られた大きな傷口に繋がり、元の通りの場所に引き寄せられていく。腕と首が元の位置に戻ると、斬られた部分は全てくっついた。そして、血管も神経も筋肉も全て元通りになり、最後の仕上げと言うように上から皮膚が覆った。完全に元の通りになる。
「まさか、アクアリウスまで使うことになるとは思いませんでした。しかし、驚いていますね」
彼の言う通り、サクラもラピスも目の間で繰り広げられていた光景に驚いていた。治癒師では治せないような致命傷を一瞬で治したのだ。そして、アクアリウスの力がある限り、どれだけダメージを負わせても回復するのは目に見えている。先ほどの間での怒りが冷めるほどの驚き。
「しかし、ここまでやられるとは思いませんでした。今日はここまでにしておきましょう。そろそろ私も睡眠をとりたいのでね」
彼はまるで今までの戦闘での疲れが無かったかのように軽々と、何かの力で空に浮かび上がると、その場を去った。そこでようやくサクラたちは完全に日が落ちていることに気が付いた。彼が藍色の空に消えていくのを眺めるしかない。サクラもラピスもいつも以上に疲労を感じていて、フローに関しては内面も外面もボロボロだ。
彼が去って、すぐに緊張の糸が切れたのか、変身が勝手に解除されて、体に疲労がのしかかる。それでも、前とは違い、膝を付くなんてことはしない。サクラとラピスはその疲れを持ったまま、彼の去った方を見ていた。
フローは地面に倒れていた。膝を付くでもなく、彼が去り、怒りで動いていた体も限界だったのだろう。オフィウクスが去り、サクラたちの変身が解除されたのと同時に、変身が解除されて、空中にいた彼女は地面に足を向けることもできずに地面に置いた。幸い、そこまでの高さではないため、落下による傷はないのだが、戦闘中に受けたダメージは深刻なものだ。体が動かなくなるような、致命傷は受けていないが、それでも体が回復するのに時間を要するほどにはボロボロだ。サクラとラピスに比べても、それは歴然だった。肌もボロボロだ。フローの腕を取り、二人は肩を貸した。
「ごめん。私は、足手まといだ……」
「それは私もですよ。二人がいなければ、戦えません。もし、私が強いと思うなら、それはお二人がいるからです」
「私の大切な友達に足手まといなんて言わないでください。フローがいなければ、彼と戦おうとは思いませんでした」
フローはその言葉を聞いていたが、それに返事することは出来なかった。その言葉が二人とも本心だろうと信じられた。だが、それゆえに一緒に戦う資格なんて自分にはないだろうと考えていた。オフィウクスとの戦闘も自分勝手に動いていただけだ。二人のことなど考えていない。そして、挙句にはフォローされる始末。自分で自分を許せないし、一緒にいては迷惑にしかならない。自分が足手まといだというのは自分で理解している。
「ごめん、本当に」
フローはそう呟いたが、二人は聞こえているはずなのに、返事はせずに彼女の支えるために、持ち直したのだった。
三人はまたサクラの部屋で休むことにした。サクラが一番最初に眠り、それを追うように二人が眠る。彼女たちが部屋で眠るころには月も沈み始めたところだった。それでも疲れのせいで目を覚ますことはなかった。
部屋の中、茜色の光が窓に差し込む中、サクラが起きた。そこには既に起きたラピスがいた。彼女は星座をして何かを見ていた。ラピスの背中越しでは四角い形の白い紙のような物だということしかわからない。そこに何か書かれているようだが、遠くからではそれを読むことは出来なかった。
「何読んでるんです?」
「あっ、待ってくださいっ」
ラピスの肩に手を置いて、背中越しに彼女が持っている物に視線を落とす。彼女の引き留めるような声を聞き終わるのと同時に、彼女の目がその紙に書かれた文字を読んでしまっていた。
申し訳ない。しばらくはこの町から出ていくことにした。私が私を許せなくて辛いんだ。
自分を許せるようになったら戻ってくる。それまでの間、さようなら、だ。
文字の一番最後には、フローライト・キャロルと、角ばった字で書かれていた。彼女らしい文字だ。サクラはその手紙を読み切ったが、それが何を言っているのかわからなかった。
「ね、ねぇ、ラピス。これ、どういうことなんですかね。はは」
サクラはそう言っているが、その内容が示すとおりに、その部屋にはフローはいない。サクラはそれ以上は何も言えなかった。ラピスは彼女の体を包んで抱きしめる。いきなりの別れ。帰ってくるとは書いているものの、それがいつになるのか、全く分からない。こんな手紙を残すということは、いつものようにギルドの仕事を引き受けて、自分を鍛えるという話でもないのだろう。寂しいのはラピスも一緒だった。二人は夕方の茜色の日差しに寂しさと悲しさを感じながら、部屋の中で抱き合っていた。




