心を遣う 2
オフィウクスは戦闘態勢になっているわけではなかった。それどころか、戦闘しようという気迫も感じられない。しかし、サクラは解除されていた変身を再び、胸に鍵を差して変身した。ラピスは多少はボロボロだが、サクラが変身したのを見て、彼女も戦う心構えをした。そして、その二人と少し遠い場所で見ていたフローは二人が戦闘態勢になったのを感じ取り、彼女も二人に近づいた。二人に近づいていく間に鍵を胸に差して変身する。三人そろったところで、オフィウクスが動き出す。いきなり走ったり、飛んだりするわけではなく、ゆったりと歩いて近寄ってきていた。
「残念だ。君たちほどの純粋な欲は、私の理想の欲望に近いというのに。しかし、その純粋な欲こそが、薄汚い欲すらも救おうとしている。その欲こそが、この町の秩序を乱していくのです」
子供に優しく諭すように、小さくもはっきりとした声でそういった。彼にとってはそれが当然であるかのような態度だ。
サクラもこの町の全ての人が良い人だとは思っていない。露店から物を盗んでいたり、昼も太陽が照らさない場所ではそれ以上に酷いことが行われていると町長が頭を悩ませているとの話も聞いている。冒険者ギルドでも、力のある者が下の物に威張り散らかしていたのを目撃したこともある。だが、それがこの町の全てではないことも知っている。ギルドで迷惑をかけていた冒険者たちも今では、町の周りの森から魔獣を出さないように討伐している。サクラたちに優しく接してくれる人も沢山いることも知っている。そして、悪いことをしていても、その人が排除されると、悲しむ人がいるかもしれない。薄汚い欲と言っているが、誰かのためにその犯罪を犯しているものもいるだろう。見た目や行動の一部だけではそれを判断することは出来ない。彼のいう薄汚い欲と判断するための材料も正しいものかわからない。自分の判断基準だけで排除する問うのなら、それこそ薄汚い欲と言うものだろう。ただの潔癖症だ。やはり、彼の言うことを飲み込み、納得することなどできはしない。だから、サクラは彼相手でも戦うことをやめるわけにはいかなかった。
「やっぱり、あなたの言うことが正しいとは思えません。力づくでどうこうしようってことなら、力の限り抵抗させてもらいます!」
胸を張ってそう叫ぶ、彼女の手に、ラピスがキャンサーの鍵を渡した。ラピスは使い慣れた武器の方が良いと思ったのだ。そして、ラピスは封印したばかりのカプリコーンの鍵が手の中にあるのを見つめていた。それがどんな力を持っているのかわからないが、その鍵を使うことで勝つ可能性が増えるかもしれないなら使うしかない。サクラを死なせないために、その鍵を使うのだ。
彼女がカプリコーンの鍵を自身の胸に突き刺すと、鍵が光を纏い、その輪郭を変えていく。棒の上下が鋭く尖り、棒の上の部分には三日月を盾に半分にしたようなものが付いていた。そして、光が弾けるとカプリコーンの鍵によって出現した武器は暗い紫色で、その形は鎌だった。持ち手の両端が大きな棘のようにとがっていた。彼女がそれを持つと、その異様な軽さに驚いた。そして、彼女の魔気がその鎌に伝わるのを感じた。つまりは、その鎌を通せば、彼女の魔気をその鎌に流せることに気が付いた。魔気を体に添わせることが出来る彼女はその武器の扱いすぐに理解できたし、すぐに使うことが出来るだろう。
「さて、もうお喋りはもういいでしょうかね。貴方達を倒せばすぐにでも計画を始めることにしましょうか」
オフィウクスはそう言いながらも、掌を彼女たちに向けた。その瞬間、彼の手からミラクルガール三人をまとめて焼けるほどの巨大な火炎放射を放った。その範囲にいるのはミラクルガールだけではなかった。カプリコーンを守るのに必死なリブラと、気絶したままのカプリコーンもいた。サクラとラピスはそれを理解しているため、回避することは出来ない。サクラは自分たちを守るために、土の魔気を集めて土の壁を作り上げた。しかし、土の壁では徐々に熱が漏れてきているのが理解できた。オフィウクスの魔法は全く終わる気配がない。彼の魔法が解除される前に、サクラが作った簡単な土の壁が焼けるのは目に見えている。そうすれば、自分だけではなく、二人も守ることは出来ない。だから、彼女は土の壁を土の魔気で補強していく。集めた魔気はすぐに強固になっていく。土の壁はその色を変えていく。土色から灰色に、灰色から黒へと変化していく。黒まで変化した土の壁は火を通すことはなかった。火を通さないとわかれば、彼女にも余裕が出てくる。
「二人とも、逃げてください。既に力のない人がここにいても、死んでしまいます」
リブラはカプリコーンを背負って、その場から移動する。彼女はサクラが思ったよりも力持ちであり、カプリコーンを背負っていても走ることが出来たようだ。
「ミラクルガール! ありがとうございましたっ! 必ず、お礼をします。絶対っ!」
リブラは最後に大声で、サクラにそう言った。リブラの瞳には涙が浮かんでいたが、サクラはオフィウクスとの戦闘しているため、彼女の方を見ることは出来なかった。




