弱気も含めて 5
リブラは祈るだけでは我慢できず、外に出てしまっていた。カプリコーンに助けられてから、何日かの間に少しだけではあるが、外に出たことがある。そのため、ある程度ではあるが、どの方向に何があるのかがわかっていた。そして、部屋の中で彼の無事を祈るだけでは、焦燥感が溜まるばかりで結局は家を飛び出してきた。彼の作戦はある程度聞いていたため、彼の居場所だけはわかる。彼女は暗くなり始めた町を駆け抜ける。
大きな通りに出ると、そこら中に人が集まっている場所がいくつもあった。それが彼の超能力を使った結果だと理解するのに、そこまで時間はかからなかった。その人たちに引っかからないように、人だかりと人だかりの隙間を抜けて、大きな通りの中を突っ走っていった。ようやく、広場が見えてきたところで、人だかりが少なくなっていた。そして、そこにいるのは棒立ちの二人の少女と、戦っている二人だ。戦っているのはカプリコーンと三人目のミラクルガール。その状況を見て、リブラは彼が二人を超能力で抑えたことを理解した。三人目だけが、彼と戦っているところを見ると、彼女にだけは彼の超能力が通用しなかったのだろう。そして、リブラは彼が、ゾディアックシグナルの中でもそこまで戦闘能力が高くないことは勘付いていた。囁き悪意を芽生えさせる超能力をよく使ってはいたが、彼自身が戦闘するところはほとんど見ていない。もしかすると、今目の前で戦っているのが初めてかもしれない。それほどまでに自分で戦闘することがないのがカプリコーンだ。そして、彼の超能力が効かないということは、ああやって戦うしかない。彼との生活の中で、魔法が苦手と言うのもわかっていた。アクアリウスやアリエス、そして、自分を倒すことが出来るほどの実力があるということは、彼一人で勝てる相手ではないのだろう。彼女が思考しながら、彼の邪魔にならないように広場の噴水の裏から彼らの戦いを見ていたが、彼女の予想通りにカプリコーンは押され気味になり、最後には三人目のハサミでボロボロにされていく。ハサミが輝きを持っていた。リブラはその輝きがどういう意味なのかは理解していた。
目の前で、自分を助けてくれた人が死ぬのを見ているだけなんて、リブラにできるはずがなかった。彼女は既に噴水の裏から飛び出していて、輝くハサミが持ち上げられるのを見た。さらに加速する。死んでいる体に鞭打って、足が砕けると思えるほど限界を超えて、走る。肺が焼けているような感覚。その火傷が全身に広がるように、全身が痛くて熱い。それでも、走るのを止められない。カプリコーンは既に生きるのを諦めているのか、相手の攻撃を回避するような様子がない。しかし、リブラが彼の元につくまでもう少し。そもそも、そこまで長い距離があるわけでもない。ラピスの持つハサミが振り下ろされる寸前、リブラが二人の間に入った。ラピスはその瞬間に、女性が間に入ったのを見て、手を振る降ろすのを止めた。その瞬間に、ハサミは輝きを失った。
「貴方は……」
「これ以上は戦う必要はありません。これ以上戦うというのなら、また私と祟ってもらいます」
力強い言葉と瞳。彼女にミラクルガールと渡り合うだけの力は残っていない。それでも戦うというのだ。ラピスはそんな相手にハサミを振るうことなどできるはずもない。サクラなら、きっと何もしない。それが彼女が戦わない理由だ。
「やめろ。お前をもうお前が傷つく必要はないだろ。これは俺が勝手にやってるだけだ。そこをどけてくれ」
カプリコーンはラピスに既に戦意がないことに気が付いていない。いや、もし気が付いていても、彼は戦おうとするだろう。それが彼が自ら決めた道なのだ。どうすれば勝てるのか、そんなことはわからないが、それでもこの戦いは彼自身が選んだ結果だ。どんな結果であれ、それを自分で受け止めるというのが筋と言うものだろう。奇跡を願っているわけではない。だが、それを許してくれるほど、リブラは優しくはない。
「嫌です。カプリコーンにも言っておきます。ミラクルガールと戦いたいなら、まずは私を倒して見なさい。力のない私も倒せないなら、ミラクルガールに勝てるはずがないのです」
カプリコーンはリブラ相手に拳を向けた。しかし、その拳は疲れのせいですぐに下に落ちる。それでも彼は戦う意志をなくそうとしない。リブラの後ろにいる状態のラピスがその様子に少しだけ腹が立った。自分を心配してくれている人に対しておせっかいだと言っているような状況。心配を無下にするような行為は心を尽くしてくれている相手に対して失礼だ。ラピスはリブラの脇を抜けて、カプリコーンに近づいた。リブラは彼女をキッと睨んでいたが、彼女手には既にハサミはなく、その手にある物を見て、彼女を止めるのを止めた。
ラピスは頭に何も描かれていない鍵をカプリコーンに向けた。彼は抵抗しようとしているが、その程度の抵抗ではラピスの行為を妨害することは出来ない。彼の肩の辺りに鍵を突き刺して、施錠する方向に捻る。その瞬間にカプリコーンの体から光を吸い取るように、光が鍵に集まる。吸い取る光が無くなると、鍵は彼の肩から抜けた。その鍵にはアルファベットのエヌの終わりの部分を一回転させたようなマークが浮かび上がる。それはやぎ座のマークだ。




