弱気も含めて 3
カプリコーンが振り下ろした踵は、確実にラピスに当たる軌道だ。彼を視界に収めていないせいで、彼女はその攻撃にも気が付いていない。彼はこれで気絶させて終わりだと、自分がミラクルガールに勝利したと確信した。彼の踵落としは見事、ラピスに直撃する。それも頭の天辺だ。その衝撃に頭を地面にぶつけるような勢いで、頭が下に向いた。しかし、彼女は倒れることはなかった。頭から血が出ているわけでもない。それは当然のことだ。見た目は限りなく人に近いが、彼女は人ではないのだから。オートゴーレムには血は流れていない。魔気を全身に伝えるための、情報伝達のための液体が流れているが、オートゴーレムの外側はかなりの衝撃でも壊れないようになっている。そもそも、魔法生物である意思の無いゴーレムでも、今の蹴りでせいぜいが小さなひびが入ると言ったところだろう。ラピスは人の手によって作られた特別なゴーレム。その程度の攻撃でひびや傷がつくわけがなかった。そして、人でないなら頭に衝撃を受けても気絶するわけがない。
ラピスは顔を上げて、カプリコーンを見た。彼は目を丸くしていた。今の攻撃で勝利を確信していたのだから、驚くのも無理はない。今の蹴りがラピス以外の二人に当たっていれば、気絶がしているはずだ。カプリコーンは最後の一人だけは自らの戦闘能力だけで倒そうと考えていたが、そう簡単に勝てる相手ではないと改めて理解する。今の隙だらけのところに与えた渾身と言っても良い蹴りで倒せないなら、肉弾戦だけで倒せないと判断した。だから、彼はラピスにも同じように自身の超能力を使用する。先ほどの様子で彼女の弱さが理解できてしまった彼は、ラピスに囁いた。
「本当に一人で勝てるのか。寂しいんじゃないか。仲間は目の前にいる。同じようになれば、楽できる。そうだろう」
ラピスはいきなり耳元で聞こえた彼の声に首を傾げる。しかし、それが相手の言葉であることを理解して律儀に返事をした。
「一人でも戦えるようにならないといけません。今はサクラもフローも戦える状態じゃないようなので。それに、ここで楽をしても、私は後で後悔してしまいますから、貴方と戦います」
ラピスにはいらだった様子や、怖がる様子が見られなかった。悪意が生まれると行動が少なからず変わるはずなのだが、彼女はその影響はないように見られる。カプリコーンはそれが信じられずにいた。心を持つ以上、この超能力に逆らえる者はいないはずなのだ。しかし、目の前の相手には少しも聞いている様子がない。彼はまだ、悪意を芽生えさせられるだけの声を聞かせていないと考えて、さらに囁く。
「本当に一人でもいいのか。お仲間はあんなになってるんだ。助けに行かなくていいのか。お前だけが寂しがっているわけではないかもしれない」
「そうですね。それって全て、貴方を倒せば全て解決ってことだと言うことですね。ありがとうございます。おかげで頭の中で整理が着きました」
二回目でも、カプリコーンの超能力の効果が見て取れない。相手には焦りもなく、ただただ会話をしているだけだ。カプリコーンはそれでも自身の超能力を封印することは出来ない。彼はその超能力で様々な人に勝ってきたのだ。それはゾディアックシグナルになる前からそうだ。悪意を人に植え付けて、それで自分が一番、得するように仕組んできたのだ。囁くだけなら、誰が首謀者かなんてばれることもない。信じ切って、ずっと使ってきたその超能力が効かないなんてありえない話だった。しかし、目の前には超能力の効果が出ていないのだ。彼は諦めきれず、サクラやフローに囁いたことと同じことを囁いた。それでも、彼女は単純に返事するだけで、変化はなかった。
「俺の、超能力が効かない、のか……」
それは人生初の衝撃。絶望と言ってもいいかもしれない。信じ切っていただけに、そのショックはすさまじいものだっただろう。自分の常識が瓦解している音が聞こえてくる気がした。
ラピスの超能力は心を持つことだ。彼女も生活していていいことばかりではない。サクラと行動するようになってから、嫉妬や苛立ちを感じる場面は多くはないがないわけではない。それは悪意と捉えてもいいものだろう。だが、彼女はミラクルガールになったことで、その超能力が強化されている。いや、ミラクルガールになったことで、より心が豊かに周りに反応するようになったと言えるだろう。そして、その心とはあくまで自分の感じたことや、考えた結果で生まれるものだ。外の刺激を受けて、自分の中でそれを感じたり、考えたりした結果出てくるのが、彼女の感情、心の正体だ。つまりは、彼女の心に無理やり、他の感情や心を生み出すことは誰にも許されたことではない。心を持つという超能力だからこそ、強制的に心を生みだすような効果の物は効果が出ない。彼女の心は誰にも穢されることはないのだ。




