弱気も含めて 1
カプリコーンが町で騒動を起こし始めた頃。カプリコーンの隠れ家として使っている部屋では、リブラが両手の指を組み合わせて何かを祈っていた。その祈りは力を失う前に、祈っていた相手とは部うの祈りだ。今はもう、主と呼んでいた人に祈りを捧げているわけではない。彼女はミラクルガールに負けたことによって、己の信仰心を失いかけていた。主に認められるよりも自分のことを心配して助けてくれたカプリコーンが無事に戻ってきてほしいと思っているほどだ。負けたから、主は助けてくれなかったというわけではない。試練を乗り越えられなかったから、見捨てられたと思っていたのは、ミラクルガールたちに負けた直後だけで、カプリコーンに世話をしてもらい始めてからは、彼の言葉とは裏腹に感じる優しさに温かみを感じていた。彼は自分の力を取り戻してくれると言っていたが、今はあの力がそこまで欲しいというわけではない。再び、主と崇めていたあの人に会っても、きっと祈りを捧げることはないだろう。それどころかカプリコーンの後ろに隠れるかもしれない。彼なら、主からも守ってくれるかもしれないから。
「どうか、無事に戻ってきてください。カプリコーン」
彼女は部屋の中で町の騒動を眺めながら、祈り続ける。
「ラピス。こっちです。多分、フローが見つけて、戦闘していると思います。まさか、本当に広場のちかくにいるとは思いませんでした。中々、肝の据わった相手です」
サクラは大きな音がした方向へと走っていた。途中でラピスと合流して、フローが戦っているであろう場所に走り続ける。その途中で見かけた喧嘩している人たちを大人しくさせるのも忘れない。そして、一つの通りに辿り着いた。そこには人だかりは一つもなかった。その通りの道の一部は砕け散っている。そして、白い翼を折り畳んでそこに佇んでいるフローがいた。その近くには紫色の肌を持つ男もいた。リブラを攫ったあの男だ。サクラたちは男が何をしたのかわからないが、フローに何かしたのは間違いない。しかし、彼女は何の武装もしていないのが不思議だった。見た目から言えば、戦意を喪失しているように見える。もしそうなら、彼の超能力がそういった系統の物だと考えるのが妥当だろう。町の人たちに喧嘩をさせるくらいなのだから、相手の超能力が心に作用するものかもしれないと警戒するべきだろうと、気を引き締める。
「……そんなに町を守りたいか?」
サクラの耳に囁き声がした。それは男の声だ。確実に目の前の男の物だろう。わざわざその言葉に返事をすることもない。サクラは既に、相手に攻撃されていると考えた方が良いと考える。返事をしないのも相手の度の行動が相手の攻撃を許すトリガーになるかわからないからだ。彼女たちは囁き声のことなど無視して、カプリコーンへと近づいていく。その途中で胸に鍵を差して、ミラクルガールへと変身した。服装が変化し終わるとサクラは、彼に向かって走り出す。その途中でキャンサーの鍵でハサミを召喚する。二つに分離していつものように構えた。
「お前が命を懸けて守るほど、この町は素晴らしいのか?」
またも、囁き声。その言葉には少し腹が立ったが、返事をしたり、動きを止めたりしてしまえば、相手の思うつぼだと思い、彼女は無視して相手に近づいていく。サクラの後ろで、ラピスは風の魔気を操り、刃を作り出す。それをサクラの攻撃の隙間に入れて、連撃を食らわせようとしていた。
「お前は、他の誰も気にしていないんだな。敵対した者は全て悪。排除された末にどうなるかも理解していない。悪を倒し、町の人に讃えられている裏で、苦しんでいる人は大勢いるというのに」
サクラもそれを気にしていないわけではない。ただ、自分の好きな人が困るのが嫌だから、悪とされているものを倒しているだけに過ぎない。彼女は自分の好きな人達を守った結果、町のためにもなっているという結果にななっているだけであり、彼女自身に町全体を救っている意識はないのだ。
「アクアリウスは姿を見せなくなった。アリエスはただのスライムになり果て人格は死んだ。そして、リブラは生きがいをなくしてしまった。廃人とまではいかないが、生気が感じられないときの方が多かった。お前は悪と断定したものを切り捨てているだけに過ぎない。正義の味方のつもりだろうが、俺から見れば、お前らこそ悪だ」
サクラのハサミが振り下ろされる前に止まった。自らを悪と言われること。カプリコーンに言われなければ、彼女は気にも留めなかっただろう。だが、心のどこかで気にしていたことだった。彼が芽生えさせた悪意が、彼女の今までの行動を責めている。正しいと信じていたことが正しかったのか。町を脅かしてきた全てを彼女は倒してきた。魔獣も盗賊も、ゾディアックシグナルも。周りが感謝してくれるから、正しいことだと思い込んでいた。しかし、彼らにもそうするだけの言い分があったのかもしれない。そう思ってしまうと、彼女の心の弱気が表に出てきてしまう。自分の正しさを信じ切れない自分がそこにいた。悪意が自分の過去を見て断罪しようとしている。見ないようにしていたことが、次々と頭の中に浮かんでいく。




