悪魔の囁き 1
ある日の昼過ぎ、サクラはウェットブルー昼食を済ませてきた後、ギルドに顔を出していた。ヘマタイトは未だに目を覚まさないが、オブの腹部の傷は既に治っているようだった。もう既に、激しい戦闘をしても体に負担がかからないだろうとナチュレは言っていた。オブはだったらもうギルドを出たいと言っていたが、経過観察でもう少しだけナチュレの近くにいないといけないらしい。ギルドから出ても、大量に酒を飲むのは禁止らしい。食事の時も大量に物を腹の中に入れるのも駄目だと言われて、さらに落ち込んでいたのだが、それは誰にも言っていない。そんなわけで、オブギルドの冒険者たちのたむろしている、受付のある場所で他の冒険者と会話していた。そこにサクラが来たため、彼女に自身の傷が治ったことを報告していた。
「本当ですかっ! 良かったです。退院したら、ライフリキュアで快気祝いをしましょう!」
オブはタイインとか、カイキイワイとかの意味はわからなかったが、カイキイワイが多分、傷が完治した祝いだと解釈して、サクラに元気におうっと返事したのだった。そして、サクラはギルドの奥に入っていき、ヘマタイトの見舞いをする。まだに目を覚まさないらしいが、寝言のように声を発していることがあるらしい。その言葉の全てを聞いていたわけではないが。ラピスやサクラの名前を出しているように聞こえるらしい。はっきりと言葉にしているわけではないため、その確信はないらしいが、それでも声を出すようになったというのは、彼女は生きている証と言えるだろう。それだけで、目を覚ますのに近づいている気がしていた。ナチュレはまた何も言わずに、サクラを連れて受付の方へと戻った。ギルドの受付の方へと戻ると、そこにはフローがいた。彼女は掲示板の前に立ち、依頼を選んでいるようだった。サクラは彼女に声を掛けた。すると、フローは一瞬だけ明るくなったが、すぐにスンっというような効果音が聞こえそうな様子で、元の仏頂面のような表情に戻ってしまった。サクラはそれに気が付いているが、指摘することはない。
「何か依頼を受けるんですか。受けるなら一緒に行きましょう」
「いや、今日はもう依頼は受けない。そうだな、一緒に町の中を見て回らないか」
フローは少し照れた様子で、サクラをデートに誘うような雰囲気でそう言った。サクラは悩むこともなく、返事をする。
「いいですね。どこに行きましょうか。とりあえず、商業地区を見て回りますかっ」
最近は戦闘ばかりで、この町をゆったり楽しむこともできていなかった。どうせならラピスも一緒にと思ったが、彼女は今日は町長から仕事を頼まれているらしい。朝にすれ違ったときにそう言ってたのだ。その頼み事は片付けと言っていたが、片付けと言うならそろそろ終わっているかもしれない。しかし、彼女がどこで仕事をしているのかわからないため、迎えに行きたくてもいけない。町中を探してもいいが、探している内に日が暮れるかもしれないと考えると、フロー二人きりと言うのも悪くないだろう。彼女と二人きりと言うのも中々ない。依頼で一緒にということはあるが、一緒に町中を歩くなんてことはほとんどない。ラピスとなら何度もあるのだが。
「ラピスはどこに居るんだ。迎えに行こう」
サクラはフローが自分と同じことを考えていることが嬉しかった。だから、満面の笑みで、彼女にラピスが来られないことを伝えた。
「なぜ、そんなに笑っているんだ?」
「いえ、ラピスも来られないかなと思っていたのは私もだったので、同じことを考えてると思うと、嬉しくなってしまったんです」
「そ、そうか。同じことを……」
フローは照れたまま、顔を逸らしている。それ以上は何も言わなかったため、二人はギルドを出ることにした。
商業地区を歩いて、店を冷やかして回る。とは言ってもサクラが元いた世界とはまるで、その種類が違う。この商業地区にあるのは、アクセサリーや、部屋に飾るような小物類を売っている店がほとんどで、服屋も既製品を置いている店はなく、既製品が置いてあるのは武具関連の店だけだ。それでも、アクセサリーや小物を見ているだけで、十分満足できていた。それから、露店の出ている通りを通ることにした。露店の方へ行けば、簡単な料理を出しているだろうし、アクセサリーなどもある。建物の中にある店とはまた違う、一点物があるのだ。少しわくわくしながら、サクラは露店が並ぶ通りへと歩いていく。隣には彼女の楽し気な表情を見て、ほんの少しだけ笑っているフローがいる。何もない日常を楽しむのも、彼女たちには必要なことだ。
しかし、この町にゾディアックシグナルがいる限りは、落ち着いて生活することは出来ないのだろう。露店が並ぶ通りに近づくにつれて、その通りの方から怒号が聞こえてきたのだ。




