商業地区
服を買った後は適当に商業地区を見て回っていた。露店が並ぶ通りでは、野菜と思われるものが売られていたり、肉の塊が売られていたりしていた。野菜、肉、魚の順番で価格が高くなっていた。その先には料理店が並んでいて、店の前には露店を出して、簡単に作れる料理を売っていた。焼き鳥のような肉を串に刺した物や、スパゲティに見える赤いソースにストレート麺を絡ませた物。それ以外にも料理が売られている。料理店の中ではもっと豪華な料理が出るのだろう。きっと、仕立屋と同じでここではこういう料理が売っていますよという指標なのだろう。しかし、二人、と言うかサクラは特にお腹は減っていないため、料理店が並ぶ場所を通り過ぎた。
さらにその先には、様々なものが並んだ場所にきた。その中に食器が売られている店があった。それ以外にも、アクセサリーを売っている店や、家具を売っている店もあった。そして、何よりサクラの元の世界にはない店がある。そこには剣や槍などが置いてあった。レプリカではなく本物だ。サクラは剣の一本を握って持ってみようと思ったが、中々重くて物語の剣士のようには構えられない。少しよろけて、ラピスに助けられた。
「こういった店は、冒険者と呼ばれる職業の人たちが利用するようです。サクラさんや私には縁がない店だと思います」
彼女の開設を聞きながら、剣を元に戻した。そして、その先には冒険者ギルドという看板が描かれた建物が出てきた。そして、それより先は彼女たちには用事がないような施設ばかりだろう。酒場や宿が中心で、彼女たちには見えないが、さらに奥には娼館やカジノのような店もあるが、彼女たちはまず入る前に止められるだろう。
「冒険者ギルドって何してる人なんですか。やっぱり、魔物倒したり、商人の護衛とかですか」
「そうですね。基本的に、どんな仕事でも請け負う人たちです。魔獣の討伐や商人の護衛、依頼物の収集などですね。後は、料理店の手伝いなどもあるようです。冒険者と言っても、町の外の仕事だけというわけでもないみたいです。私には縁がありませんでしたので、マスターから教えてもらった知識ですが」
「へぇ、私にもその仕事ってできるんですか」
「難しいと思います。年齢制限はないと聞いていますが、試験があるようです。その内容は私にもわかりません」
サクラは一瞬、鍵の力を使って、ギルドの仕事をすれば、自分で稼ぐことが出来ると考えていたが、この幼い見た目では難しいかもしれないと思った。彼女の知っている物語では、よく中学生や高校生が冒険者として活動しているが、現状と物語を混同して考えるのはあまりいい傾向ではないなと自ら自制した。もし、誰も倒せない魔物を倒したなんて話になって、最強生物などと戦って死ぬのはごめんだ。
「そう言えば、魔物じゃなくて、魔獣なの? 何か違うんですか」
「魔獣は基本的に視界に入った生物を攻撃する生物たちです。獣と似たような姿をしていますが、獣は人を見ると逃げます。私のようなものでも獣は逃げますが、魔獣は攻撃してきます。そのせいで、町と町を繋ぐ道の整備が上手くいかないとマスターは嘆いていました。魔物については、知恵と意識のある人型の魔獣とマスターは言っていましたが、見たことがないので私にはわかりません」
サクラが何を聞いても基本的には返事が返ってくる。このファンタジー世界の情報を知る度に、彼女はワクワクしていた。何もかもが知らないことで、未知が開拓されていく感覚。授業は退屈だったが、ラピスの話を聞くのは楽しかった。ある種の授業だが、知る度に他になにがあるのかと気になってしまう。しかし、訊こうにも情報がないのだ。
一日中歩いて、商業地区を回ったが、それでも全て見ることが出来たわけではない。しかし、また明日出かけようとは思わなかった。明日は、今日買ったティーセットでお茶をしたいと思っていた。彼女はルンルンと吹き出しが付きそうな勢いで歩いていた。その足で、広場に差し掛かる。そこでは人だかりができていた。中央に大きな円が出来ていて、そこには白い綺麗な羽を持った人が立っていた。薄汚れた白いワンピースのような服を着ている。彼女の目の前には目つきが悪く、首には金色の下品な、いかにも成金が好きそうなネックレスをした男が立っていた。男の手には、木製の大きなコップが握られているが、中は空っぽのようで、その彼女の前でコップをひっくり返して何事かを叫んでいた。
サクラは彼女が困っていると思ってしまった。その瞬間に、彼女は体を動かした。彼女が何者かはわからないが、このままだと彼女が何かされるかもしれない。しかし、彼女は人の輪の中にも入れない。彼女の押さなくなってしまった体では人ごみを抜けるどころか、入ることもできない。しかし、輪に近くなれば、中心人物たちの声も聞こえるようになる。
「おい、天使のねぇちゃん。俺の酒、ねぇんだわ。そのガキがぶつかったせいでよ。だから、一発ぐらいぶん殴らないと、納まらねぇんだわ。さっさとどけよ」
「大人が子供を殴るとは、野蛮な人。貴方みたいな人は私が成敗しよう」
彼女は相手の手からコップを奪った。それは一瞬で空気に溶けるようにしてなくなった。次に彼女の手には剣が出現した。片手で持てる程度の長さの剣身を持つ剣だ。それを相手の眼前に突き付けた。しかし、男は不適な笑みを浮かべるだけで、逃げようとはしていない。それどころか、彼女と戦う気のようだ。