後の祭り 1
「う、うぅ。ここは……?」
ヘマタイトは少しだけ痛む腹部を抑えて、辺りを見回していた。そこは町の広場であるということはわかったのだが、そこには沢山の大きな魚の死骸が落ちていた。彼女の記憶が鮮明になっていく。今までやっていたことは確かに自分がしていたことだというのは間違いないが、自分がそんなことをしていたとは信じられない。こんな魔獣が出てきた時点で自分は逃げるという選択肢以外にはないのだ。しかし、自分の心の動きも思い出すことが出来る。やりたいことをやるという言葉を思い出して、少しは町を守るのに協力できるかもしれないと思ったのだ。そして、実際に魔獣を倒すことが出来た。自分でもなぜ、ここまで戦えたのかは理解できていないが、父の魔法と母の魔法の技術を思い出せば、これくらいは出来たのかもしれないとは思う。そして、魔獣を倒した後に、そこに残っていた女性に戦いを挑んで、今、負けたのだ。ヘマタイトは自分が負けたことは簡単に納得できた。単純な動きの魔獣を相手にして、勝つのは当たり前だろう。対人戦となれば、魔獣にしたのと同じようには出来ない。
「……大丈夫ですか」
彼女の下から声がした。その方に視線を移すと、そこには今まで戦っていた相手がいた。煌びやかな衣装。大きなリボンに後ろの方が長いスカートが可愛い。なんとも特別だと言わんばかりの衣装。それを着こなす彼女が目の前にいた。ヘマタイトは冷静になった頭ではすぐに返事が出来なかった。他人が怖いというのを克服したわけではない。コミュニケーションがうまくなったわけではないのだ。今日一日でできるようになったのは、注文とお礼だけだ。それだけでも彼女にとっては進歩なのだが、彼女は自分が駄目な奴だと考えている。しかし、すぐにコミュニケーション能力が付くわけもない。彼女が何を言ったらいいのかわからないまま黙っていると、ラピスが彼女の作った柱より何週も細い柱を作り、ヘマタイトと同じ高さまで来た。
「あ、意識はあるのですね。よかったです。何か、様子がおかしかったので、手荒な真似をしましたことを謝ります」
「あ、いえ、その、私も、ご、ごめんなさい」
ラピスはその言葉を聞いて、彼女は元に戻ったことを察した。だから、サクラがするみたいな笑顔とは言わないまでも、口角を少しだけ上げて微笑むみたいな顔を作った。ヘマタイトはそれを見て、少しだけ緊張を緩ませた。彼女なら少しは話しやすいかもしれないと思った。
二人は魔法を解除して地面に降りた。サクラとフローの戦況がどうなっているか確認しようとしたところで、フローが地面に降りてきていた。サクラは既に噴水のところで魚をつついていた。
「さぁ、行きましょう。怖がらなくても、あの人たちなら大丈夫ですよ。私の友人ですから」
ラピスはヘマタイトに向けて、手を差し伸べた。
ヘマタイトはその言葉を信用しきってはいなかった。今はまだ、彼女の言葉を信じることは出来ない。だが、彼女はそれを自身の思考で上書きした。少し信じてみたいと思ったのだ。作り笑顔でも、久しぶりに笑いかけてくれたのは彼女だったのだ。少しでも仲良くなりたいと思ったのは嘘ではない。だからこそ、少しだけの勇気を使って彼女の手にそっと自分の手を置いた。彼女は優しくその手を握り、噴水のところにいる友人とやらのところに連れていかれた。
「ラピス。無事みたいですね。……その方はさっきまで戦っていた人ですね」
サクラは警戒しているようではなく、ラピスが手を引いてきているのだから、もう敵意はないと判断していた。フローもヘマタイトに視線を向けていたが、何かを言うわけではなかった。
「あ、あの、わ、たし。……ごめんなさい」
ヘマタイトは何を言えばいいのかわからず、結局はそんな言葉が口から出た。そんな彼女の前に来たのは意外にもフローだった。
「怪我、ないか」
「え、あ、はい。ないです、怪我」
「そうか」
彼女はそれだけ確認すると、サクラの後ろで空を見上げるようにして止まった。それはフローなりの気遣いだったのかもしれないが、ヘマタイトはそれに気が付けるほずもない。おどおどしながら、キョロキョロすることしかできない。彼女を怒らせたのかもしれないとすら思っているほどだ。
「大丈夫ですよ。貴女を心配しているだけですから」
ラピスがそう言うとヘマタイトは何度も頷くことしかできない。外から見ると、ずっと焦っているように見えるだろう。そんな彼女の前にサクラが立ち、彼女と視線を合わせた。
「……私はサクラ・フォーチュンです。あなたのお名前は何ですか?」
「え、あ、私は、ヘマタイト、メイザース、です」
「ヘマタイトさんですね。わかりました。ラピスとフローも自己紹介しますか?」
彼女が二人にそう声を掛けると、フローもラピスも素直に彼女の前に立った。
「フローライト・キャロル。よろしく頼む」
「ラピスラズリ・アレイスターです。よろしくお願いします」
二人の自己紹介を受けてヘマタイトはおどおどするばかりだったが、その心にはもう引きこもろうと思う心はなかった。




