暴走する悪 10
ヘマタイトの魔法は彼女に向かっていくティバーフロックを次々と倒していった。ラピスはそれを見ていた。この町にそれほどの魔法の使い手がいるのは知らなかった。情報通というわけではないが、これほど魔法を使いこなしているのなら、町で話題にならないはずがないのだ。さらに冒険者でもないのだろう。サクラと一緒に何度か冒険者ギルドに顔を出したことはあるが、あのような人を見たことはない。その実力を隠しているということは、何か事情があるのかもしれない。
ヘマタイトは今、おかしなテンションになっていた。久しぶりに外に出て、初めての戦闘。自分が案外、うまく魔法を使い戦えているということが彼女のテンションを上げていた。自分に酔っているという状態である。調子付いている彼女は、彼女に向かってくる魔獣を討伐した。そして、彼女の視界には地面に横たわるティバーフロックの死骸と地面に立っているラピスだけだ。彼女はラピスと視線が交差するのを感じた。ずっと、自分を見ていたのだろうかと思った。
――魔獣がいるのに、なぜ自分を見ているんだと思う? いきなり魔獣が町に出てくると思うか。しかも、祭りが終わるタイミングで、だ。
囁き声はヘマタイトの思考をクリアにした。たとえ、その考えが間違いだったとしても彼女自身がそれに気が付くのは難しいだろう。囁き声に誘導されていると気付けるほどの冷静さを持ち合わせていない。彼女の中で、ラピスが魔獣を先導したという考えに誘導され、それが真実だと思い込んだ。彼女はラピスに向かって、回転し続けている円状の石をラピスに向けて動かした。その動きは素早かったが、ラピスはそれを回避した。
ラピスは魔獣を倒した人物が自分の方を見ているのは理解していた。じっと視線を向けてきている。一緒に魔獣を討伐していたのだから、何か話でもあるのかと思い、待っていたのだが、彼女は受けたのは言葉ではなく、魔法だった。たった今、魔獣を倒した魔法がラピスに襲い掛かる。魔獣には簡単に当たった魔法だが、人相手にも効果があるとは限らない。確かに速い魔法だが今の彼女が回避できない程ではない。回避した後、彼女は攻撃してきたあの人の方を見た。近くにいるわけではないが、ゴーレムである彼女は相手の顔を視覚の中でアップにした。目が見開かれて、かなり興奮しているようだった。明らかにラピスを敵と認識しているのだ。先ほどの魔法が誤射ではないだろうことを確認して、ラピスも戦闘態勢を取った。
ヘマタイトは相手が戦う姿勢を見せたため、彼女も魔法を使う準備をした。土の精霊の力を持つ彼女は土の魔法であれば、いくつでも扱うことが出来る。しかし、制御するためには、使用した魔法は認識していなければいけない。つまりは、彼女は彼女自身が認識できる数だけ土の魔法を扱えるというわけだ。しかし、彼女は魔法を使うための努力などしていない。ずっと引きこもり何もしてこなかったのだ。だから、彼女は三つの魔法までしか認識できない。何も努力せずにそれだけ使えるのは図後いことではあるが、相手はミラクルガールである。
ヘマタイトの周りに再び岩が三つ出現した。その岩は歩く速度より早く、ラピスに迫っていく。その程度の速度の魔法が当たるはずもなく、ラピスはスライムが使っていた水のレーザーを作り出し、その岩を二つに裂いた。岩はそれだけで、消滅した。岩を裂いたレーザーはヘマタイトを狙って軌道を変えていく。しかし、それが当たるほど彼女は甘い相手ではなかった。レーザーが彼女に当たる前に小さな石の礫がラピスに向かって飛んでいく。彼女はレーザーを一度消して、石の礫一つ一つに対して一本ずつレーザーを同時に発射して石を砕いた。そのレーザーを一つにして、ヘマタイトに向けて放った。しかし、横に飛んでそのレーザーは回避された。しかし、レーザーをターンさせて、再びヘマタイトを狙う。彼女は回避するだけで、攻撃が出来なくなっていた。魔法で彼女を追いつめたいところだが、広場ではいくらでも逃げることができた。魔法を維持させ続けることは出来るだろうが、ずっと攻撃していても埒が明かないと判断したラピスはヘマタイトに近づく。相手の魔法が見えた瞬間に地面を少しだけ持ち上げ、自身の跳躍の手助けをする。ヘマタイトは目を見開いて、土の壁を作り出した。その大きさは彼女の三倍ほどの大きさだ。しかし、ラピスは体を魔気でコーティングして、壁に拳を叩きつける。土の壁の表面に土の魔気を流して、まるで壁を貫通した壁魔法を使ったような衝撃波を相手にぶつけた。彼女は衝撃に耐えられず、地面から足を離されて、後ろに吹っ飛んだ。だが、そのまま落ちるわけではなく、地面から柱を出現させて自分の体を受け止めた。




