暴走する悪 7
ヘマタイトは祭りで騒がしい町の中を歩いていく。特に目的はない。何せ、ただ外に出てみたいという欲のために外に出ただけだ。目的だけで言えば達成している。しかし、外にでてすぐ部屋に戻ろうとは思えず、とりあえずは歩いてみようと思ったのだ。最初こそ道行く人に怯えていたのだが、その人たちが自分のことなんて気にしていないとわかったため、彼女は怯えずに歩いている。しかし、屋台で何かを買うほどの勇気はなかった。
――外に出たんだ。もっとやりたいことがあるんじゃないか。それ、やってみたくはないか。
唐突に耳元で男性の声で、何かが囁く声が聞こえた。辺りをキョロキョロと見ても彼女の耳元には何もいない。誰も彼女を注視していない。
――大丈夫だ。少しくらいなら、大丈夫だ。
やりたいこと。やってみたいこと。今の彼女はそれが思いつかない。今の彼女は誰が囁いているとかそういうことはどうでもよくなっていた。この囁き声が言うように、やりたいことをしなくてはいけないと考えるのだが、それが彼女には思いつかない。囁き声は具体的なことを一つも言わない。まるで、最後は自分の意志でやらないといけないぞと言っているかのようだ。彼女の目に一つの屋台が映る。その屋台は鶏肉を串に突き刺して、タレにつけて焼いた串焼きを提供しているようだった。遥か昔に母に露店で買ってもらったものと同じものだ。その屋台から流れてくる香りも懐かしく感じた。彼女はそれを食べたいと思った。それは欲だ。囁き声は、まるでその欲が出たのを狙うかのように囁いた。
――さぁ、やりたいことをやるんだ。
彼女は屋台に近づいていく。彼女の足が屋台の前で止まる。店主が顔を上げた瞬間に、彼女の長髪に驚いていたようだが、すぐにニカっと歯を見せて笑った。
「らっしゃい。何本、ご注文で?」
「あ、その……」
言葉は外に出ていかない。しかし、囁き声を思い出して、彼女は欲をそのまま外に出した。
「じゅ、十本で、おね、がいします」
「はいよ! ちょっと待ってな。……よし、で来たぞ」
大きな葉っぱを加工した使い捨ての皿の上に十本の焼き鳥が乗っていた。彼女はお金を払い、その皿を持ってやたいから離れた。囁き声はいつの間にか聞こえなくなっていた。彼女はそれどころではない。見た目も昔と変わっていない。彼女はどこか座る場所はないかと探しながら、はしたないとわかりながらも一本串を持って食べ始めた。遥か昔、彼女が幼い時のことのはずなのに、味はしっかり覚えているようで、見た目こそ、同じだが少しだけ味は違ったようだ。しかし、それでも、美味しいと思っていた。久しぶりに食事をしたためか、彼女の腹がくーくーと鳴った。空腹感を感じて、一本目を食べ終わり、次の串に手を付けた。四本目を食べる前に広場に来ることが出来た。広場には長い椅子があり、そこに腰かけた。串焼きを食べながら広場を見渡す。構造こそ変わっていない物の、町の雰囲気は少しだけ変わっているように感じた。母が何百年前に死んでからは外に出ていなかったため、同じ町でもかなり変化があるような気がしていた。当たり前だが、様々なものが進歩しているのだから、町の見た目は少しずつ変わっているのだ。その変化を彼女は内心で楽しんでいた。祭りのせいなのかもしれないが、町がキラキラしているように見えた。そうして広場を眺めていると、通りがかる人のほとんどに声を掛けられている三人の女性を見つけた。一人は背丈的にはまだ子供に見える。微かに聞こえてくる話の内容から彼女たちは、町の人の助けになっていることはすぐに理解できた。仲が良いというだけでなく、魔獣を倒したり、町の人の困っていることを解決したりしているようだ。ヘマタイトは彼女たちみたいに何かできるなんてことはないだろうなと思った。彼女たちが羨ましいとすら思わない。彼女たちと自分の間には大きな壁、超えられないし、壊せない壁がある。たとえ、目の前にいるとしても、別世界の人なのだと感じた。
――むかつかないか、ああいう煌びやかな奴。誰でも助けてるってふりして、助けられないやつのことは無視だ。俺たちみたいなのは助けてくれないだろ。恨めしいよな。
再び聞こえる囁き声。しかし、彼女の心はそうは思っていない。見ている世界の違う人のことにはそう言った感情も沸かないのだ。羨ましい、恨めしいなんてことを思うことすらない。彼女たちが自分の問題に構ってくれるほど、自分の問題が大きいと感じないのだ。正義のヒーローの手を煩わせるほどの問題は怒っていない。彼女は頭の中で囁き声に返事するように頭の中でそう考えていた。




