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ミラクルガールは星の力を借りて  作者: ビターグラス
24 暴走する悪
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暴走する悪 6

 ヘマタイトは外からきこえる喧騒が、今日はなぜか耳に刺さる。外から聞こえてくる声の大きさなんていつもは気にならないのに、今日だけはそれを無視することが出来ない。彼女は窓にかかるカーテンを避けて、外を見た。日差しが彼女の顔を照らす。自身の目も覆う長いこげ茶色の髪が光に晒され、その隙間からは茶色の瞳が見えているが、そこに生気は感じられない。生きているというよりは、死んでいないだけと言うような瞳だ。小さい鼻に小さい口。唇は茶色で、丸い顔にそのパーツが収まっていた。彼女は前髪の隙間から外をみた。祭りと聞いていた通り、外には屋台が並んでいるのがちらと見えていた。幸せそうに笑う人々が歩いていくのが見えた。それを彼女は羨ましいとは思っていない。それを壊したいとも思わない。そもそも、彼女にとって外の世界は小説やドラマと同じ扱いだ。窓の外は物語の一部で、彼女はそこに混じることが出来ない。もちろん、彼女の部屋にも外に出るための扉はある。しかし、その扉を開けることはないだろうと考えていた。精霊は魔気があれば生きていられる。だから、外に出る必要もないのだ。何も必要としていないのだから、外にある物を部屋に入れることもない。


 だというのに、外の祭りがあまりにも楽しそうで、もっと近くで祭りをみたくなった。外に出るという選択は彼女にはなく、窓を開けた。外の空気が部屋の中に入ってくる。屋台に並ぶ料理の香りが混じり、彼女の部屋に入ってきた。外の香りを嗅いだのはいつぶりだろうか。そう思えるほど、外からの干渉も外への干渉もしてこなかったのだ。外の香りのせいで、彼女の腹がくぅ~と可愛い音を鳴らした。空腹を感じたのもいつぶりのことだろう。彼女はどうしてもその香りを辿って、屋台の料理を食べたくなった。一応、外に出るための服は母の物がある。少し色あせているが、それもいい風にオシャレに見えた。彼女はその服を手に取った。しかし、直ぐには着られない。それを着れば外に出るしかなくなるかもしれない。そして、この部屋にもう二度と戻って来られないかもしれない。


「お母さん」


 服を一度だけきゅっと抱くと、彼女は覚悟を決めた表情でその服を着た。彼女の慎重には少しだけ大きい。無地のクリーム色の長袖のシャツに伸縮性のある灰色の、足首まで隠すパンツ。シンプルな見た目で、その格好で外に出ても不振に思う人はいないだろう。鏡の前で自分の服装を確認した。母親に少しだけ似ているような気もしたが、勘違いかもしれない。彼女は鏡の前で、自分を見て、ぼうっとしていた。これから外に出るということがかなり怖いのだ。今はもう母はいない。誰も頼れる人がいない。彼女は困った時点でこの部屋に戻ってこようと思った。それから、彼女は靴を履いて、玄関の扉の前に立つ。ドアノブを握る手が震えているのが自分でもわかった。ゆっくりとドアノブを回す。頭の中では、外に出ない理由を考えているほどだ。しかし、それでも彼女は手汗のかいた自分の手に力を込めて、ドアノブを回して、扉を前に押した。その先にはアパートの共用の廊下がある。その廊下に一歩踏み出す前にも、ベッドに戻る言い訳をいくつも思いついた。彼女はそんなことを考えながらも、廊下に一歩踏み出した。


「やぁ、こんにちは」


 今一歩踏み出した廊下の先、彼女の前に一人の男がいた。薄汚れた白いシャツにこげ茶のベストを来た男だ。ヘマタイトは男の言葉に反応することが出来なかった。いきなり話しかけられてどうしていいのかわからないのだ。


「今日は祭りみたいだよ。こんな良い日には、誰もが楽しむべきだとは思うけど、全員が全員、騒がしいのが好きってわけじゃないだろう?」


 ヘマタイトはもはや、自分に話しかけているわけではないと思い込んで、彼の横を通り抜けようとした。彼はその進路を邪魔するような挙動はなく、実際に横を通った時も彼は彼女を視線で追いかけるだけで、邪魔はしなかった。


「でも、せっかくだ。君も楽しもうと思った方が良いよ」


 男は背中越しに声を掛けた。彼女は足早にアパートの廊下を出ていった。



 いつぶりの外出だろうと、彼女は考えていた。久しぶりに感じる日差しの暖かさや、うるさいと感じるほど耳を刺激する人の声。部屋にいたときよりその音は大きい。うるさいと感じるはずなのに、それがそこまで嫌ではなかった。彼女は空を見上げた。窓から見るより少しだけ透き通っているように見える空は、自分に何かを伝えようとしているようにも感じた。それはいつもと違うことをしているからだろうか。彼女は深呼吸をして、祭りで騒がしい町の中へと歩みを進めていく。

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