暴走する悪 1
「無辜の民まで殺してしまうつもりだったのですか」
サクラたちがギルドでの騒ぎを収めた後、シスターは近くの路地で紫色の肌を持つ男と会っていた。男は上半身は何も来ておらず、筋肉がついているのがありありとわかるが、筋骨隆々と言う見た目ではない。上半身にはないも身に着けておらず、下半身は裾がボロボロになった男には少し大きいサイズのパンツを履いていた。その男は、シスターが路地に入ってきたのを認めると、彼女の方に視線を向けた。
「いや、ミラクルガールがいれば大丈夫だと思ってたんだ。実際、大丈夫だっただろ。リブラが出なくても、あいつらなら何とかやってた。そうだろ?」
シスターは溜息を吐いて、額に掌を当てた。
「カプリコーン。この町が無くなってしまったり、機能しなくなることを種は望んでおられません。それはわかっているのですか」
「わかってるつもりだって。それに、この程度も守れないようなら、ミラクルガールも大したことないってことだろ? アクアリウスもアリエスも戦う奴の実力を舐めてたんだ。最初から全力でやってれば、あいつらが調子付く前に倒せたのによ」
もういない二人を責めるような言葉を放っているが、彼自身の顔には笑みが浮かんでいる。油断したとは言え、冒険者でも倒せない二人を倒したのだ。そして、その強さは未だ成長する伸びしろを残している。そう思うと、ミラクルガールとの直接対決するのが楽しみになってくる。もっと成長してから戦う場を整えて戦ってやろうと密かに決めていた。リブラは隣で彼の様子を見て、再び溜息を吐いた。
「ミラクルガールを倒すのは構いませんが、町に被害を出さないでください。せめて、町の外で戦いなさい。そうでないなら、私と貴方は対立することになるでしょうね。その前に、主の捌きを受けるかもしれませんが。それでは、私はもう行きますから」
言うだけ言って、彼女はつかつかと踵を鳴らして路地から出ていく。カプリコーンはその後ろ姿に視線を送り見送っていた。
「町に被害を出すつもりはなかったんだがな。現段階ではそこまでの強さを持っているわけではないってことなんだよな。ため息つきたいのは俺も一緒なのによぉ?」
彼の呟きは誰にも聞こえていなかったが、その場にしゃがみこんで大きく息を吐いた。路地に差し込む光がふわふわと浮いている埃を映し出す。彼は軽く息を吸って、その埃にふぅっと息を吹きかけた。
ギルドの騒ぎから三日ほど経った。サクラと対峙していた男はギルドに顔を出して、ナチュレに怪我の経過を診てもらっているようだ。ギルド内は居づらいようで、肩を落として視線を下に向けて、人を裂けるようにギルドにいた。サクラはそれを視界に移していたのだが、彼に話しかけることはしない。彼女は彼が自分に話かけてほしくないだろうと考えているからだ。プライドも高そうだったし、どんな言葉を掛けても彼にとっては屈辱かもしれない。サクラは相手を傷つけたかったわけではないのだ。
「サクラ。どうしたんだ」
ギルドに一緒に来ていたフローに視界を遮られ、思考を中断して我に返った。フローはサクラが今まで見ていた方向に視線をやるとそこには例の男がいるのに気が付いた。
「……サクラが気にすることじゃない。あの怪我は、サクラがやったものじゃないだろう」
フローは真剣な瞳で彼女にそう言った。彼女はそれを単なる事実のように言った。サクラもあの傷を自分が付けたものだとは思っていない。彼が死なないように守ったのは紛れもなく、サクラだ。全部が全部自分のせいだと言って、背負い込むのは傲慢だろう。全部守れるなんておごりを持てるはずがない。自分すら守り切れる自信はないのだ。この先ゾディアックシグナルのメンバーがどの程度の強さの人が残っているのかはわからないが、アクアリウスやアリエスよりも強いと考える方が正しいだろう。アクアリウスやアリエスは目立っても誰にでも勝てるという慢心があったから、勝てたようなものだ。ゾディアックシグナルのメンバー全員が慢心しているというのなら、戦うのもいくらか楽になるだろうが、そんな可能性は低いと考えるべきだろう。
この先の戦いでは三人だけで勝てる相手ではなくなるかもしれない。フローとラピスはミラクルガールの力を扱える人だった。つまりは今手持ちにある鍵、キャンサーとアリエスの鍵の適合者もいるのかもしれない。しかし、サクラとフローとラピスの共通点をすぐにはわからない。簡単にわかるのは性別くらいだ。サクラに関しては別世界の人間であり、共通することなんて誰にも当てはまるようなことしかないだろう。
人をすぐには探せないというのなら、自身の力を使いこなすしかないだろう。そのためには依頼の数をこなして、力を使い、なれるしかないだろう。




