英雄 2
ヴァンとフィールに剣先が向けられ、その剣が振り上げられた。剣が降ろされても、ヴァンにもフィールにもその剣はぶつかっていない。剣を抑えたのは、変身していないサクラだった。彼女は土の壁を作り出して、剣から二人を守っていた。虚を突かれていなければ、ヴァンもフィールも相手の剣を防ぐことは難しいことではなかっただろう。
「何やってるんですかっ。こんな場所で剣を抜くなんて、馬鹿のすることですよ」
「うるせえ。うるせえ! お前がいなけりゃ、良いんだよ。お前は、お前らは敵なんだ。俺の力でぶっ飛ばしてやるっ!」
男はいきなり激昂して、剣を引き上げ、もう一本の剣を引き抜いた。どちらも細身の剣で、二刀流で扱うにはちょうどいい剣に見えた。彼は苛立ちを抑え綺麗ない様子で、今にもそこにいる人全てを斬りつけそうな殺意と気迫を持っていた。ギルドに来るのは冒険者だけではない。冒険者でない人も依頼のためにギルドに来るのだ。そして、サクラの活躍を一緒に祝っていた者もいる。彼はそれを区別するような様子はなかった。
「ナチュレさん。ごめんなさい!」
彼女はそう言うと、彼を拳でぶん殴った。その勢いはすさまじく、彼を宙へと打ち上げた。そのまま、彼は屋根に上半身を埋め込んで、天井に突き刺さった。そこまでの衝撃があり、彼は気絶しただろうと思ったが、その程度で気絶するなら冒険者としてやっていけないのかもしれない。男は体も持ち上げて、屋根の上に出た。そこから、降りてくる様子がない。
「早く来いよ! ぶっ飛ばしてやるからなっ!」
サクラの今のパンチのせいで、男の怒りの矛先が完全にサクラになったようだ。男はサクラを殺してから、次に他のミラクルガールをぶっ飛ばそうと考えていた。とにかくまずは、自分をぶっ飛ばしたサクラを殺してやるところから復讐の一歩を始めようとしていた。サクラは狙いとは違ったが、それでも他に注意がいかなくなったことで結果としては良かったと思った。自分が相手をし続けている限り、他の人が危険な目に遭うことは少ないだろう。サクラはギルドから出て、ジャンプしてギルドの天井に登ったのだった。
「よくも、ぶっ飛ばしてくれたな。痛かったじゃねぇかよっ! ぶっ殺してやる。ぶっ殺してやる!」
激昂して、もはや人の様相ではない。理性はなく、そこにあるのは怒りの本能とでもいうべきものだ。今の彼にブレーキはない。サクラはとにかく彼が大人しくなるまで、戦わないといけないと考えていた。彼は確かに、自分を嫌っていた。しかし、こんな関係のない人を巻き込んでまで暴れるような人ではなかったはずだ。少なくともあんな場所で暴れるなんて非常識なことはしなかったはずだ。彼女は先ほど聞いた囁き声が気になっていた。彼が暴れたのもあの声の後だ。超能力か何かで囁かれた者が暴れるようになるとか、理性を失うと言ったような効果である可能性が高い。それだけだと、サクラにも囁き声が聞こえたのに、おかしくならなかったのは中々に不思議だが、彼女は彼を暴れさせた張本人がいるだろうと感じていた。証拠などはないが、それは彼女の勘だ。
男はサクラに斬りかかる。サクラは変身していないが、それでも相手の攻撃を躱すのは簡単なことだった。激昂しているせいか、その動きは単調で、剣筋は簡単に読めた。振り上げた軌道は変わらず、真っ直ぐに剣が振られる。彼女はそれを簡単に避けていた。
「土よ」
彼がそう呟くと、彼女が回避しようと動かした足に引っかかるようなサイズの小さな石が出現した。彼女はそれを踏み、バランスを崩すが、相手の剣は当たらない。男はその剣が当たらないことを予想していたのか、今まで一回ずつしか振るわなかった剣を連続で振るようになった。頭が落ち着いた来たのか、剣を振るうことで体が剣の振り方を思い出したのかはわからないが、これは彼女にとっては少しピンチだった。冒険者としての経験は相手の方が上だ。サクラは対人戦ではそこまで強くはない。アクアリウスもアリエスも、戦闘慣れしていなかったからこそ、勝てた相手だ。魔獣も頭を使った攻撃はしてこない。だから、勝てた。しかし、対人戦ともなるとそうはいかない。ミラクルガールの力でごり押しで勝てるほど甘くはない。冒険者としての経験の差が、使える戦術や戦略の差である。さらにサクラは戦闘に置いてはあまり頭を使える冒険者ではないのだ。彼女は目の前の男に付いていけているのは、相手が単純な攻撃をしていたからだ。攻撃を連携で出されたら、彼女は付いて行くのは難しくなっていくのだ。彼女は相手の攻撃を躱しながら、胸に鍵を差して変身した。




