英雄 1
スライムとの激闘の後、満身創痍の三人がギルドに帰ってきたときはリトルプラスのヴァンとフィールがサクラの方へと駆け寄った。サクラはリトルプラスのメンバーが無事に町に戻ってきていることを確認できて、安心した。戦っている最中は意識の中にはなかったが、森から町に帰るときには、彼らの傷ついた姿を見るかもしれないと勘がていたのも本当のことだった。リトルプラスはサクラの心配以上に、彼女を心配していた。何せ、天を覆うほどの大きさのスライムだ。いくら彼女でも勝てると確信するなんてことは出来なかった。
「あの、まさかとは思うのですが、リトルプラスの報告にあった巨大スライムを討伐したのですか」
ナチュレが受付から出てきて、サクラの近くまでよって訊いた。サクラはその質問に間を置くことなく、頷いていた。ナチュレは実際に、そのスライムがしたことを知らないし、その姿を見たわけではない。しかし、森の様子がおかしかったのはそのスライムのせいだと、報告があった時点でそう考えていた。森の中の魔獣の何よりも強い存在。彼女たちはそれを討伐したというのだ。ナチュレもそれを信用するのは難しいだろう。だが、彼女たちならば、可能なのかもしれないと考える頭もある。今までの功績を考えれば、その程度であれば不可能ではないだろう、と。そして、サクラがスライムを討伐した証として、砕いたスライムの核をナチュレに見せた。スライムの核の大きさは、見た目の大きさに関係なく同じ大きさである。そのため、その核を見せたところで、スライムを討伐したという証にしかならない。何か、違いあったとしても既に砕かれてしまった核では、もはやスライムの物かもわからないだろう。スライム以外にも核を持つ魔獣や魔法生物はいる。そのため、もうそれが本当にスライムの物かどうかもわからないだろう。しかし、巨大なスライムがいなくなったとわかるのも時間の問題で、魔獣の生息地が元に戻ったとわかれば、巨大なスライムを討伐したとわかるだろう。
そして、証拠がない以上、彼女たちをほめちぎるような騒ぎになるというのが気に入らない冒険者たちもいる。と言うか、そもそも、彼女たちが活躍し始めてからサクラたちが持ち上げられているのが気に入らない冒険者たち。彼女たちが活躍すればするほど、彼らの不満が募っていた。
「嘘だろ。どうせ、そこら辺の石でも加工したんじゃねえのか」
あまり大きくない声でも、場に水を差すような言葉と言うのは案外、周りに響き渡る。その一言のせいで、辺りは静まり返る。その言葉を発した冒険者に皆の視線が集まった。その男は、その視線を受けても動じることはなく、それどころか、サクラを睨んでいる。ゆっくりと立ち上がり、サクラに近づいていく。
「ドズさんも、なんかやる気なくなってるし。お前、なんかしたんだろ。ドズさん一緒にいるところ、見たんだよな。その次の日から、おとなしくなっちまったしよ。全部、まぐれだろ。それか、お前の後ろにはすげぇつえぇ冒険者でもいるんだろ? お前みたいな子供がどうにかできる化け物じゃねえはずだからな」
サクラの前で立ち止まり、彼女の前で腰に手を当てて、偉そうにしている。敵意を隠すことなく真っ直ぐに相手にぶつけている。サクラは大して気にしていないようだが、フローとラピスは彼を睨んでいた。ここでサクラに手を上げようものなら、すぐに彼を排除しようとしていた。冗談ではなく、殺してやろうと考えていた。しかし、二人がサクラの前に出るまでもなく、その男の肩を引っ張り、彼女から引き離す人がいた。
「間違いなく、彼女たちが倒したんですよ。僕らも彼女たちがいなければ、死んでいましたから。僕が彼女の活躍を保証します」
「そうよ。あんたこそ偉そうなのよね。何もしてないくせに」
ヴァンとフィールがそう言った。コーチとコンヴィーも一度頷いて、二人の言葉を肯定していた。そう言われた男は不機嫌そうな表情で、周りを見ていた。
――周りは敵だ。見せてやれよ、お前の力を。
サクラは囁くような声が聞こえた。周りには聞こえていないようだ。
――何を躊躇う必要があるんだ。全員、お前を責めてるんだ。見返してやろうぜ。
再び囁き声が聞こえた。サクラが周りを見ても、その囁き声を出している様子の人は見当たらない。それに他の人には聞こえていない様子だ。
「そ、そうだよな。ここにいるのは、敵なんだ」
サクラの目の前にいた男は腰に帯剣していた剣を引き抜いて、ギルドの中でいきなり構えた。剣先は、彼と対峙していたヴァンとフィールの間に向いていた。




