貴方がいなくなるくらいなら 2
スライムにはラピスが手を自分に向けているのはわかっていた。だが、スライムはそれで何かできるわけでもないだろうと考えていた。人が自分に大ダメージを与えられるほどの攻撃が出来るはずがないと思っていた。だからこそ、スライムは雫を落とすのを止めなかった。
ラピスの周りには、薄緑色の風が彼女を中心にして回っていた。その緑は徐々に色を濃くしていく。そして、風は彼女の頭上で一つになるように移動して、一点に集まるように集まろうとしていた。風の魔気同士がぶつかり、何かが弾けるような音を発していた。緑の風が集まるほどの発光を強めていく。さらに、風が集まっている場所には発行する緑の球体が出現した。そこにあるのは既に風ではなかった。風の魔気同士がぶつかり、作られたものは雷だ。その雷の塊は更に大きくなる。そして、その膨張に耐えられなくなったかのように、その塊が轟音を辺りに轟かせながらスライムに向かって一瞬で飛んでいった。頭上にいるスライムに大きな穴を開け、雷は天へと消えた。一瞬の静寂。次の瞬間には空にいたスライムの全てが消失していた。魔法が消えるように、一瞬で天のスライムは消失したのだ。そして、一回目にスライムを消失させた時とは違い、彼女たちの頭上にスライムが再び現れることはなかった。
「あはは。凄い魔法だったよ。おかげで、もう戻れないんだよね。ほんと、腹立つ」
スライムは死んでいない。その声が森の中にこだましている。サクラもフローも辺りを見回しているが、相手がどこにいるのか見つけることが出来なかった。
「二人とも、下です。地面の中から来ますっ」
ラピスがそう叫ぶと、地面が震え始めた。そして、地面に亀裂が入り、それは大きくなっていく。三人はそこからすぐに離れた。そして、その亀裂からは大量の青い液体が噴出した。それは地面に落ちても地面に染み込むことはない。それどころか、その液体は一点に集まっていく。それは徐々に大きくなっていき、周りの木々とそう変わらない高さまでになり、膨張を止めた。そして、それは地面に接する部分が潰れた楕円形になる。顔など無いはずだが、そのスライムの視線が自分たちに向いているとサクラは感じていた。
「一人増えただけだと思ったのが、よくなかったみたいだ。油断しすぎた。だから、ここからは本気でやることにするよっ」
スライムの声はもうこだましていない。目の前の大きなスライムから声が聞こえている。口は見えないが、それでも声は出ているのだ。そして、今まで森のこだましていた声と同じものだというのも理解できた。今まで戦っていたスライムはこの目の前の大きなスライムだとわかった。それでも、もはや空を覆うほどの大きさは持っていない。
スライムは体からいくつもの触手を出現させた。アクアリウスのような戦闘方法かと思ったが、触れただけで死んでしまうというようなものではないはずだ。もしそうなら、これまでの相手の攻撃で何度も体に青い液体が触れているのだから、死んでいてもおかしくない。サクラたちはスライムをじっと見る。相手の触手の行方を追っている。
唐突に、サクラが吹っ飛んだ。サクラは木に手を付いて吹っ飛んだ勢いを殺して止まる。止まったところにフローが視線をやる。彼女がサクラを見ている間に、フローも宙にふっとばされる。くるくると上下に回転している内に勢いが死んで、空中で体勢を整えようとしたが、視界がぐるぐるしていて、うまく飛ぶことが出来ない。フローは空中でふらふらと跳んでいた。
サクラは腹に痛みを感じていた。それはサクラが認識できない程の速度でぶつけられたのだ。その攻撃力は彼女のミラクルガールの防御力を貫通していた。服の上からではわからないが、彼女自身、腹に痣が出来ているだろうと思えるほどの痛みだ。フローも同じ攻撃を受けている。彼女はサクラとは違い、アッパー食らうかのような角度で、触手に吹っ飛ばされている。彼女がふらふら飛んでいるとは、何度も回転しただけでなく、相手の触手の衝撃で頭が激しく揺れたというのもあっただろう。
「お前だけは楽に殺してやらない。お前の魔法のせいで、体が戻らなくなったんだ。このまま戻らなかったらどうしてくれるんだ。くそっ」
スライムはラピスだけを残したのは、彼女に復讐するためだった。彼女の雷の魔法を受けてから、スライムの体は修復できなくなっていた。人で言えば、傷が治らないというのと同じだ。このまま体が修復しないとなれば、スライムからすれば危機的な状況だ。
ラピスはその言葉を受けても、腰が引けたり、怖がるような様子はない。それどころか、彼女は戦う姿勢を見せている。サクラとフローのことを気にしている様子はあるが、二人があの程度でどうにかなるなんて思っていない。だから、彼女は自分にできること、スライムと戦い、体勢を立て直したサクラとフローが戦いやすいようにしておこうとしていた。ラピスは最終的にスライムを倒すのはサクラがフローだと信じているのだ。




