貴方がいなくなるくらいなら 1
「ミラクルガール! コール! アクアリウスッ!」
ラピスがそう叫び、鍵を右に回す。その瞬間、光がラピスを包んでいく。その光はすぐに彼女の全身を包み込む。それは彼女の体に沿うように体に馴染むように移動する。それは彼女の足を包み、足首より少し高い位置まで包む。そして、それは靴を形づくる。踵の部分が少しだけ高くなっており、足にぴったりとフィットしたブーツのような黄色い靴。足首から上のブーツの部分が開かないように細く黄色いリボンがその部分を留めている。手を包む光は肘の辺りまで伸び、それは長く白い手袋となる。その手首には黄色いリボンが巻いてある。リボンの先は肘の方に流れている。そして、胴を包む光はスカートの形になる。正面より、後ろの方が長いスカートだ。正面は膝のあたりまでの長さ。裾には控えめなフリルがついている。スカートは服と繋がっている。首元から胸のあたりまで開いており、そこには控えめなフリルがあしらわれている。開いている部分には胸元を隠すようにしてある。服全体がグラデーションになっており、足元が黄緑色で、顔に近づくほどに黄色になっている。肩の辺りから真下に真っ直ぐな黄緑色の線が引かれており、スカート部分にもそれは続いていた。サクラやフローと同じように、胴を一周するように大きな黄色いリボンが緩く巻いてあった。腰の辺りでリボンが結ばれており、余った部分は尻尾のように揺れている。肩にはデフォルメされた歯車のマークが描かれていた。
「これは、凄い力です。この力をサクラもフローも制御しているというのですか。凄いです。でも、私も大切なもの、大切な人を守るためなら、使いこなして見せます」
光が消え、そこにはミラクルガールになったラピスがいた。サクラもフローも驚いているが、それ以上に心配していた。冒険者ですらない彼女が戦えるはずがないのだ。ましてや、この巨大なスライムに勝つことなどできるはずがない。
「ラピス! 逃げてください! 早く、町に行ってください!」
サクラの叫び声はラピスの耳にも入っている。彼女も自分を心配してくれていることは理解している。だからこそ、ここに来たのだ。守るために、できることをするために。
彼女は想像するだけで魔法を使えることは感覚で理解していた。彼女は自らの体の表面に魔気を纏っていた。それは人である以上は難しい魔法を維持して使うというのを前提とした魔法だ。彼女は空にいるスライムには目もくれずに、水の球の中に突っ込んでいく。
スライムは彼女が何なのか知らないが、馬鹿な奴だと思った。自ら檻の中に入ろうとするなんて馬鹿のすることだと。そんなに入りたいならと、スライムは水の檻を開いて、ラピスを中に引きこんだ。ラピスはためらいもせずに開いた穴に入っていく。彼女の体が完全にその中に入ると、水の檻は再びその入り口を閉じた。
「ラピス、なんで……」
「ギルドで聞いてしまったのです。貴方達が危ないと。だから、助けに来ました。町がどうなるとか、私には関係なかったんです。この町の人と、何より、サクラを守りたいと思ったんです。そう思ったら、体は動いていました」
ラピスはいつものように淡々と説明した。しかし、その顔にはほんの少しではあるが、笑みが浮かんでいるように見えた。今までのように無表情ではない。彼女にその自覚はない。サクラはまさか、彼女がこんな無茶をするとは思わなかった。だが、ラピスの言ったことは自分に当てはまる。自分がこうして戦っているのは、好きな人達を守るためなのだ。好きな人に自分と同じ理由があるとすれば、それに言い返す言葉を彼女は持っていない。
「お話なら、後でしましょう。とにかくここから抜けて、あのスライムを倒しましょう」
ラピスは二人の体の表面に自身の魔気を纏わせた。それは火事の時に自身に水を掛け、火から逃れるというのと同じ原理だった。スライムの水の檻と、三人の体の間には魔気の壁が出来上がっている。その状態で水の中に入っても、水の魔法の影響は最小限に抑え込むことが出来る。それは、脳で考え続ける人ではできない魔法の芸当だ。一定のことを考え続けることが出来る、オートゴーレムだからこそ使える魔法。ラピスはサクラとフローの手を引いて、水の檻の中から抜け出した。
「へぇ。まさか、水の中から抜けてくるとは思わなかったよ。一人増えた程度だって思ったけど、そういうわけじゃないのかな」
スライムは大きな水の球を消した。そして、再び天を覆うスライムから雫が尾を引いて垂れてくる。サクラとフローは再び大量のスライムと戦わないといけないと覚悟したのだが、ラピスはそれを知らない。彼女は両手を頭上にいるスライムに向けて何かしようとしていた。




