1時間100円で過去を見返すわたし
「―――おやすみなさい。」
「今日も大丈夫そうかな...」
不安になりながらも、スマホの画面を閉じる。スマホを枕元に置いて眠りつく。
私は幼少期から人に迷惑をかけていなかったか。そういつも不安になる。
いくら振り返っても、その事実は変わらない。なのに、2度も3度も繰り返してみてしまう癖があった。
そんな気持ちを少しでも楽にしてくれるサイトがあった。
1時間100円で過去を見返すことができるサイトである。そのサイトでは、日時を指定するだけで三人称視点の自分の姿を見ることができる。このサイトがどういう仕組みで映像化されているのかは、国によって極秘とされているらしい。何故なら国が管理運営をしており、国民一人一人に「ID」「パスワード」が設定されている。
サイトが運営されることが発表された当初は「安全性は?」とか「いつの間に撮られていると考えると怖い」という意見が多く出回っていた。もちろん私もそうだった。不正アクセスで、人から私生活を見られでもしたら恥ずかしいことこの上ない。
しかし、サイト自体は安全性が厳重に完備されており、そういった批判は気づけば少なくなっていたし、むしろ利用者が増加しているようだった。
利用用途は人それぞれで、思い出の日を見返すに使っている人が過半数だと思う。
でも私は不安感逃れるために使っている。大学生になってからこのサイトを使い始めて、以前までその場で振り返って確認していたけど、『寝る前にサイトで確認すればいい』そう考えるようにした。
サイトを見ればわかるっていうのもあるけど、1番の理由は「挙動不審だけど大丈夫…?」心配されたことがきっかけだった。周り迷惑のかけていないかと不安になるあまり、一緒にいる友達にまで迷惑をかけてしまった。だから、時間が経ってから見返すことのできるサイトを利用するようにした。
スマホのアラーム音で目が覚めた。鳴動するアラームを止めると、1件の通知音が聞こえる。軽く布団で背伸びをしながら、通知を開く。そこには、「おはようー」と短文でスタンプ付きのメッセージが送られてきた。宛名を見ると彼氏からだった。交際を始めてからは自然な流れでこの挨拶が定着している。
「おはよー」と返すと同時にメッセージが届く。
「今日で付き合って半年だね!」
カレンダーに目を向ける。今日は6月24日。大学1年のクリスマスイブに告白を受けたから、確かに今日で半年が経過する。同い年でよく講義で会うことが多く、学食で彼に話しかけられたのが親しくなったきっかけだった。
「半年以上経っている気分だった(笑)」
「僕も正直、昨日ふと思い出したんだよね」
「クリスマスイブからだから計算しやすいからね(笑)」
彼の性格は大らかで明るい性格から、私は一緒にいると安心して不安感も和らぐ気がする。
しかし、私は彼未だ過去を見返すサイトで1日を振り返っていることを話したことがなかった。話したらなんと思われるのか怖いし、今まで築いてきた関係性にヒビが入るのは避けたかった。
でも、いずれ話すかサイトを見るのを辞めなけば、彼に知られてしまう。
そう思った私は彼に相談することにした。
「あのさ、半年もそうだしそろそろ話しときたいこともあるから、今日一緒にランチ行かない?」
「いいよー!てか、話しておきたいことってなんだよ(笑)」
「それはそこで話すよ(笑)」
「なにそのお楽しみ要素(笑)」
今、話すべきなのか悩む。でも、今は話すと来てくれないかもしれない。そう思うと、話さないほうが妥当だと私は思った。
「今日って何か講義受けるの?」
「10時半の経済学から受けに行くよー」
「なら、9時からの講義終わってからその講義受けるからそのままランチ行こうか」
「オッケー」
グッドマークのスタンプと共に送られてきて、よろしくとスタンプを送って画面を閉じる。
身支度を整えて、家を後にする。なんて彼に説明すれば納得してくれるのだろう。そう思いながら、大学まで向かった。
チャイムの音が鳴り響く。1限目の授業は全く頭に入ってこなかった。いつもだったら彼に会うことが楽しみで仕方ないはずなのに、今は不安で仕方がない。
2限目の講義は、隣の棟に移動しなければならない。テーブルに広げたノートを片付けて、人を避けるように颯爽と講義室を後にする。
彼はもう講義室に着いているのだろうか。廊下の窓越しに講義室を覗いてみる。窓にはカーテンが閉まっていて全く確認できない。
講義室に着くと、前方に彼の姿が見えた。足音で気が付いたのかこっちを向いて手を振っている。私も笑顔で振り返し彼の隣に座る。
「お疲れー。」
「おつかれー。」
「そういえば、思ってたんだけどランチってどこ行くの?」
「あっ……(笑)」
「やっぱり抜けてたよね(笑)。どこ行こうか。」
恥ずかしい。顔が少し熱い。彼にサイトのことを相談しようと考えていた余り、場所に関しては完全に盲点だった。
「ど、どうしようか。何かいいとこある?」
彼に委ねてみた。
「んー、久しぶりに駅前のカフェにでも行こうか。」
「確かにそれいいね!」
「なら、そうしようか!そういえばさ、相談って何?」
「あのそれはね……」
講師が入ってくるのが目に入った。
「後で、説明するよ!講師来たよ!」
彼は慌てて前を向く。まさか講義室で聞かれるとは思っていなかったから、講師には感謝しかない。
チャイムの鳴る音が聞こえる。講義終了と共に廊下には、騒がしいほど元気な声が聞こえてきた。どう話しかけるか迷いつつ片づけていると、彼から話しかけてきた。
「さて、そろそろお昼行こっか」
「うん。そうだね。」
私たちは講義室を後にする。廊下に出ると、先ほど騒いでいた人達はいなくなっていた。
「さっきの人たち、いなくなったね。」
「そうだね。ありがとう気にしてくれて。」
「いいよそんな気にしなくて。僕もあいつらみたいなの苦手だから。」
人混みが苦手なことを彼は知っている。
――――――――――――――
3か月前に大学の正門で過呼吸になり、その場で倒れたことがあった。特に何かをしたわけではない、高校時代の知り合いが話しかけてきただけだった。それから話していると、どんどん人が集まってきた辺りから記憶がない。
気が付けばそこは保健室だった。看護師の先生に聞くと、話していた知り合いが連れてきてくれていたそうでした。その時、保健室で休んでいるとドアが開く音が聞こえた。
「失礼します。藍沢由利さんいらっしゃいませんか。」
「あらこんにちは、いるわよ。ちょっと待ってね。」
彼が保健室の先生と軽く何があったかの説明を受けている声が聞こえてくる。声が止んですぐに私のいるベットのカーテンをめくり入ってきた。
「体調大丈夫?」
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね(笑)。」
微笑みながら彼の方を向く。
「昨日講義来るって聞いてたのに、いくら待っても講義室にいなくて、後ろの席から由利が倒れた噂が聞こえてきたから慌てて保健室に来たんだよね。」
「それでここにいるのが分かったんだね。」
初めて彼に迷惑をかけて、申し訳ない気持ちと共に、彼が来てくれたことが嬉しい感情が合わさってひどく複雑だった。
「無理はしなくていいし、僕も由利の気持ちを理解できる限りサポートするから。」
「ありがとう。蒼汰君も無理しないでね。」
「お互いに、無理せず頑張っていこ」
そっと差し出された手に、私は被せるように手を合わせた。
手を握りしめた彼の手は柔らかくて温かった。
――――――――――――――
カフェは大学から少し離れて場所にある。その為、私たちは正門を抜けバスに乗り込んだ。昼頃のバスには空いていて、2人で並んで駅前まで向かった。
最寄りのバス停で降りて、彼の手を握って歩いていると私はふと疑問感を抱いた。
「蒼汰君さ、もしかして少し痩せた?」
「あーまあ多少運動する機会があって、動いたりしてたからかな。」
「それでなのかも(笑)」。
以前よりも握ってる手が固くなってるような気がしたが、運動をして筋肉がついたのだろうと気に留めないでいた。
そんな話をしているうちに、カフェの前に到着した。入店すると、平日ということもありほとんど客はいなかった。好きな席に座って良かったので、カフェの窓側に席に座った。彼がメニュー表を見ながら問いかけられた。
「何頼もうか?」
「んー、そうだねー…。あっ、このサンドウィッチ美味しそう。」
「おー!断面がめっちゃ綺麗で、食べ応えもありそう。」
「私はこれにしようかなー。」
「なら、僕も美味しそうだしこれにしよう!」
「飲み物はどうする?」
「僕は、ココアフラペチーノ!」
「なら、私は抹茶フラぺチーノにしよ」
「じゃあ店員さん呼ぼうか」
ベルを押して、程なくして店員さんが来た。彼が率先して注文してくれるので私としてもとても有難い。
いつ相談したい事を話すか悩んだが、商品が届く前に勇気を振り絞って彼に話してみた。
「あのさ、昨日言ってた相談したいことなんだけど」
「あー、あれね。何かあったの?」
恐怖のあまり、彼の表情ばかり気にしてしまう。
「過去を振り返って見ることができるサイトって知ってる?」
「知ってるよー。それがどうかしたの?」
「あの、実は私あのサイトを使って、毎日1日を見返してるんだよね……。」
「そうだったんだね。話ずらかったと思うし、話してくれてありがとう。」
彼は、私の話に驚くことはせずに話を受け入れてくれる。
「だから、そんな私が嫌なら別れた方が幸せなんじゃないかなって思って。」
こんな私と一緒にいるよりも、他の人の方が良いと思う。
彼からは、別れの言葉が来るんだろうと思っていた。でも、彼の回答は予想とは外れていた。
「君といた方が幸せだよ。
それとさ、おかしくなんかないよ。人それぞれの感情があるし、不安になることがおかしいことじゃない。」
「でも・・・。」
「でもじゃないよ。僕といて不安が和らぐなら一緒にいるよ。」
「ありがとう。」
見始めたきっかけを話していると、店員が飲み物とサンドウィッチを運んできてくれた。
「ちなみにだけど、由利は見るのを辞めたいの?辞めなくてもいいけど、見ない方が生活するのが楽なんじゃないかなって思って。」
「辞めたい気持ちはあるけど、なかなか辞められなくて」
今まで何度もやめようと思うことはあった。でもそのどれもが、達成できずに終わった。
「なら、僕といる間は見ないとかから始めてみたら」
確かに、彼との話している間は少ないので、良いのかもしれない。
私は彼の意見に賛同する。
私たちは、それぞれの商品を食べ切って店を出る。
午後はお互いに講義があるので、大学まで戻る。
一緒に入れなくて、申し訳ないと謝れたが、私の問題なので彼には気にしないで行ってお互いに講義に向かった。
その日の夜は、彼と話していた時間だけは見なかった。不安がないと言えば、嘘に
なるが自分を変えるためにも勇気を出して見ないことにした。
その日以降、彼が一緒にいてくれる時間が増えた気がする。
不安にさせないためにしてくれたのだろうか。感謝しかない。
夏休みの間も、定期的にあったりしていた。
買い物に行ったり、カラオケに行ったり、家の中でゲームを一緒にしたり、夏らしく二人で海にも行った。
人生で、一番青春をした夏だった。
そんな休みが明け、10月に差し掛かったこと頃。
朝彼から、風邪をひいてしまったから休むと連絡が入った。心配になったので、飲み物で持っていこうかと提案したものの、彼は動くことはできるから大丈夫だよと断りが入った。
季節の変わり目で、気温差も激しくて風邪を引いたのだろうと思った。
しかし、1週間経っても学校に来ることはなかった。ついには、朝のメッセージすら来なくなった。
不安に思い、電話をかけてみる。しかし、コール音だけが鳴り響き留守番電話に切り替わった。
「もしもし、由利です。体調大丈夫ですか。元気になったら連絡下さい。」
寝込んでいて、連絡に気が付かなった可能性があると思い、留守番電話を残してみた。
もしかして、彼が私を嫌いになってしまったのではないか。そう考えてしまったが、彼が大学まで休んでいるため、その可能性は違うと思った。
そう、思いたかった。
3日経った頃、講義終了後に彼から着信が入っていることに気が付いた。
時間的に講義を受けている最中だったため、着信を切っており気が付かなかった。
私は、急いで折り返し電話をかける。
少しコール音が続いてから通話が繋がる。
「もしもし、蒼汰くん?」
すると。聞こえてきた声は知っている彼の声じゃなかった。
「もしもし、由利ちゃんだよね」
声に聞きお覚えはなかった。名前を知っていることに疑問感を感じた。
「蒼汰くんじゃないですよね・・・?どうして私の名前を知っているんですか」
「それもそうね。初めまして、蒼汰の母です。」
「蒼汰くんのお母さん?!」
私は驚いて、思わず大きな声が出てしまう。確かに、お母さんであれば、蒼汰くんに連絡をして出てくるのも分かる。
しかし、なぜ出るような状態になっているのかが分からない。余ほどのことがない限り、母親が子供のスマホで電話をすることがないだろう。
「あの何か蒼汰にあったんですか。」
「やっぱり何も話してないのね」
やっぱり・・・?思い返してみるが彼との会話に思い当たる節はない。
「蒼汰はね、今危篤状態なの」
「きとく・・・?」
言葉自体は聞いたことはあるけど、意味までは知らなかった。それを悟ったのか説明をしてくれる。
「病気で残り僅かしか寿命がないの」
言葉が出なかった。なんて返せばいいのか分からなかった。気持ちを言葉で表すことが出来ない。
「蒼汰は心配させないように、『由利には言わない』って言ってたけど、最後ぐらい一緒にいた方が蒼汰も幸せなんじゃないかなって思ってね」
「今すぐ行きます」
私にはそれしか選択肢がなかった。
病院の場所、病室を聞き電話を閉じる。
大学を走って出る。病院までは走っていった方が確実に早い。
息を切らしながら、全速力で病院まで向かった。
無心に走り続けた。
10分程で、病院に到着し入口の前で一度息を整える。
少し荒げた呼吸を整えた後に、病院内に入る。受付に来た理由と病室を伝え、病室までの行き方を教えてもらう。
走って急ぎたい気持ちもあるが病院内のため、歩いて病室まで向かう。
感情は複雑だ。私が彼にあった所で彼が長く生きれる訳じゃない。
なら、なんて声をかけてあげるのが正しいのだろうか。私に分からない。分からないまま指定された病室の前まで到着した。
入口に蒼汰くんの名前が書かれている。間違いないようだ。
ドアを軽くノックして開ける。
寝込んでいる蒼汰くんと、息子の回復を願っている母親の姿があった。
私に気が付いた母親が、椅子を用意してくださり感謝を伝え椅子に座る。
目を閉じて、色々な管が繋がれた彼の姿があった。
母親が彼の肩元を、揺すり声をかける。
「起こさない方が良いのでは・・・」
彼が楽なのであれば、寝てもらっていたもが良いと思う。しかし、母親は起こそうとする。
「蒼汰が由利ちゃんを見ないで亡くなる方が後悔すると思うわ」
そう言って、蒼汰くんを起こした。
ゆっくりと目を開けて、私の方を見る。
一瞬、驚いた表情を見せたが、彼はすぐに笑顔を見せた。でも、表情には辛さが混じっている。いつもの笑顔ではない。
「多分お母さんに呼ばれてきたんだよね。」
「そうだよ。どうして今まで黙ってたの。心配だったよ」
「ごめんね・・・。でも、病気のこと話したら由利がもっと不安感に捕らわれるようになってしまうんじゃないかと思って。」
「知らない方が不安だったよ。でも、ありがとう。知っていても不安だったと思う。」
彼の優しさに、思わず目の前が潤んでくる。
それは、彼も同じの様で、鼻をすする声が聞こえてくる。
「ずっと一緒に居たかったよ。」
思わず口から、零れてしまった。
でも、今の彼に適切な言葉じゃないことに気が付く。
「僕も一緒に居たかったなぁ」
しみじみと答えてくれる。
看護師さんが入ってきて、集中治療室に入るとのことだったので、私は退出することになった。
迷惑にならないように早く出ようと、彼の手を放そうとした時に、腕が引っ張られた。
体が両腕で優しく包まれる。
「今までありがとね」
「こちらこそ、ありがとう」
「最後に顔見れて嬉しかったよ」
私は再び、涙を流してしまう。
「泣いてる顔よりも、笑ってる顔の方が好きだよ」
私は、最大限の笑顔を作って彼に向ける。
「でも無理はしないでね」
彼の言葉に私は頷く。
「蒼汰の笑顔も大好きだよ。今までありがとう」
私たちは最後に強く抱きしめあった。
その後、看護師たちが集まってきて、ベッドのまま移動が始まる。
集中治療室に送られていく時に、私たちはお互いに手を振って別れた。
集中治療室には、母親だけしか入れないらしい。どうにか私を入れてもらえないか交渉してくれたそうだが、断られたそうだ。
だから、必然的にこれが最後の別れだった。
彼が送られてから私は、彼の居た病室で待機することになった。
病室を見渡すと、スマホが1台テーブルに置かれている。
スマホの下に何かが敷かれているのが見えた。
「メモ用紙・・・?」
私が手に取ると、そこには『ID・パスワード』『日時』が記載されている。
読んで私はすぐに理解できて、スマホを開く。
私だから、分かったのかもしれない。これは間違いなくあのサイトだ。
その予想は、正解だったようで彼のアカウントにログインした。
メモに記載された日時を指定する。すると、画面が切り変わり、彼の後ろ姿が映し出された。
「見てるんだよね。由利?」
そう言うと、画面越しの彼はこちらを向いた。
「この映像を見てる時は、多分死んでいる時だと思う。
メモを残して置けば、由利なら分かると思ってこうしたんだ。
でも、僕からサイトを開くようにしたのに、言えることじゃないかもしれないけど、
今日でサイトを見るのを辞めませんか。
僕も高校時代はサイトをよく使ってたんだよね。
当時、病気のことを分かってからどんどん病状が悪化していく中で、日々のことが疎かになっている気がして振り返るようになったんだ。
どんなにやめようと思ってもやめられなくて、次第には病気も治らないことが分かってしまった。
そんなときに、君と大学で出会ったときに、初めて好きということに気が付いたんだよね。
でも、僕は病気で早く死んでしまう。だから、彼女と関わらない方が良いのかもしれない。そう思って、避けてきたけど何もできない自分に嫌気が刺して、君に告白したんだ。
話したことも殆どない。振られると思っていたのに、回答はOKだった。
その日以降、僕は過去を見るのを辞めた。君といる時間が大切で、楽しい時間だって気が付いたからね。
でも、由利がそのサイトを使っていることを知って驚きもしたけど、気持ちに関しては十分に理解が出来た。
だから、少しずつ寄り添って減らしていけたらいいなと思った。
そして、心配をかけないように落ち着いた頃に病気のことを話そうと思っていた。
でも・・・。僕の体は、思うように動かなくなっていった。
味わったことのない悲しみだった。無力さを感じて情けなく思った。
由利に今なんて伝えればいいのだろう。病気のことを今更明かしても、不安が増す一方な気がした。
だから、僕が死んだ後に報告を聞いて、聞いてもらうのが一番な気がした。
そして、メモで見てもらった方が良いのかな思った。
これが嫌だったらごめんね。」
嫌なんかじゃない。私に心配をかけないようにと、してくれた彼の努力が分かる。
私に文句を言える筋合いなんてない。
「どうしても口では伝えられなかったけど、今日限りでお別れだね。由利。
これからも辛いこととか後悔すること沢山あると思うけど、反対に楽しいことや素敵な新しい出会いが待っていると思うよ。
だから、サイトを使うのは今日で終わりということで!
今までありがとう由利。これからも幸せでいてね。」
そして彼は部屋から出て行った。
私は、画面を閉じてサイトをブックマークから削除した。
これから見ないために。
暫く経った頃、病室で彼との思い出を思い出しながら待っていると、母親が戻ってきた。
顔をハンカチで抑えている。恐らく、蒼汰が目を覚まさなくなったのだろう。
「今まで蒼汰をありがとね」
「こちらこそ、ありがとうございます。お世話になりました。」
蒼汰くんの話を聞いて、私がお世話になっていたことは確かだ。
「由利ちゃんと出会ってから、前向きな考えをしてたけど、運命っていうのはそう上手くいかないものだね」
「そうですね。」
私は先ほどサイトで彼の過去の映像を見たことを伝えた。彼の意図したことであっても、法律違反だ。反省しなければならない。
「そんな、反省だなんて。逆に、由利ちゃんが警察に捕まってたら蒼汰は悲しんでると思うわ」
泣きつつも笑いながら、私を守ってくれる。
「もし、警察に聞かれても私たちは訴えるつもりはないから安心して」
「ありがとうございます」
「それにしても、こんなこと用意してたのね。呼んだの悪かったかしら。」
どうやら、蒼汰くん自身はお母さんに全く話していなかったみたいだ
「悪くないと思いますよ。私も最後に別れを伝えることが出来てよかったですし、蒼汰も嬉しそうにしてましたから」
「ならよかったわ」
蒼汰くんの母親はこれから、葬儀の準備などいろいろとあるらしい。手伝いますよと声をかけたものの、これは家族の最後の役目だからと言われ、任せることした。
私はその後帰宅して、両親に今までサイトを使っていたことすべて話した。そして、彼のことも。
両親とも、知っていたようで、気が付いていたけど声をかけられなかったそうだ。
そう思うと彼に出会えたことは、本当に運命だったのかもしれない。
あの日から半年ほどが経過した日。
ニュース番組で、サイト閉鎖の報道がされていた。
利用者の上昇によって、管理が不十分に。映像が一部見られなくなったり、画質が荒くなるなどの症状が頻繁に起きていたそうだ。
ついには、人のIDが流出するなどの事件も発生しており閉鎖という結果になった。
過去の私なら確実に嫌なニュースだったと思う。
しかし、今の私にとっては良いことだと思う。
実際に見ないようにしてから、不安がないわけではない。
しかし、彼が言っていた通り、楽しい時間の方が多い。新しい趣味を見つけたり、新しい出会いがあったり、彼には本当に感謝してもしきれない。
彼への感謝の気持ちを込めて、眠る場所に私は花を置く。
このストーリー思い浮かんだ経緯が、なんとドラレコなんですよね。
大丈夫なのに事故していないか不安に思うことが多くて、映像見返してる時に思い浮かびました。
今は、減らすことが出来てきています!