バンギャ卒、元ホス狂い、現在進行系保育科学生でっす
「ミツルがパパね……。うん、でもいいんじゃね? 幸せそーだし」
ツインテールを揺らすと、ユミさんはだぼっとした袖から指先だけ覗かせ、マグカップを両手で抱えた。
キャラメルラテから湯気が立ちのぼる。
「そりゃ幸せだけど。エラソーだな。何目線だよ。あとミツルって呼ぶの、やめろ」
「ミツルはミツルじゃん」
淡いオレンジベージュのアイカラー。アイラインは主張していないし、まつ毛も瞳の色もナチュラルなブラウン。
大きな目をキョトンと丸くして、ユミさんが首を傾げる。
「もうホストじゃねぇし。その名前は他にいるから、やめてくれ」
「ふーん。じゃあなんて?」
「『結城』」
間を置かずに充さんが応えると、ユミさんは短く切り揃えたツメを口元に当て、首を傾げる。
「ユウキ? そんな名前だったっけ? 聞いたことある気がすんだけど。あっ。違う。ランさんか! それ名字じゃね?」
「そうだよ。べつにいいだろ」
「まーいーけど。それだと君江ちゃんと同じなんじゃん?」
「君江のことは、君江って呼んでるじゃねぇか」
「確かに」
ユミさんは納得したように頷き、キャラメルラテを一口飲んだ。
「そうそう、そんで何目線って、先生目線だよ? アタシ、復学したんだ。やっぱり保育士になりたい。ミツ――ユウキが結婚するっていうからさぁ、もしかしてアタシもワンチャンあるかも! って思って。あれからめっちゃ頑張って、一瞬エースになったんだけどさ。
「タクミの本カノ――もう元カノかな? まぁ、本命だったのが嬢だって知って。なぁーんだって気が抜けちゃったんだよね」
「だから、前からそう言ってたじゃねぇかよ」
「ユウキの言うことなんか、信用ならない」
「はぁっ?!」
椅子の背もたれに載せていた、充さんの右手の肘が滑り落ち、ガタリと音を立てた。
ユミさんが口を尖らせる。
「だってランさん、タクミはアタシを本カノにするつもりだって言ってたし……」
「……あのババァ……!」
「うん。今はわかってるよ。ランさん、アタシを風俗に落としたかったんだよね。いや、ウリかな? どっちでもいーか。
「でもランさんのせいじゃないよ。アタシが自分で、ランさんに聞いたんだもん。一番稼げる店はない? って」
深くため息をつく充さんに、ユミさんはカラカラと笑った。
コーヒーチェーン店の中は、隣のテーブルと近く、さっきからチラチラと視線を寄越されている。
感じ悪いな、と一睨みすると、空咳をして視線を逸らされた。
あどけない顔つきのユミさんが、寂しそうな顔で小さく笑う。
酸いも甘いも噛み分けた、大人の女性の表情。
「だけどさ、もういーんじゃんって。アタシ頑張ったよね? って。もうさぁ、ここまで貢いで、売り上げ貢献して。だけどタクミにとっちゃ、アタシなんか太客の一人でさ。タクミはアタシを『育てた』だけなわけじゃん。本カノなんかなれるわけねー」
「……そう言ってたろ。気づくのおせぇよ」
充さんはすっかりうつむいている。
「うん。だからさ、ユウキが怒ってくれるの、嬉しーよ。やっぱアンタは優しいね。でもいいんだ。もうスッキリ。
「なる早で卒業して保育士なるからさ! 生まれてくる赤ちゃんの先生になれたらいいな!」
そこで充さんが、がばりと顔を上げた。
ニコニコと平和な笑顔を振りまくユミさんに、目を細める。
そして誰が耳にしても、不信感あらわだという調子で言葉を返した。
「俺はユミが先生なんて、すげー不安。オマエが勤める保育園、事前に教えろよ。そこはやめとくから」
「んなことないって! ね? 君江ちゃん!」
つぶらな瞳をキラキラさせ、こちらを見るユミさんに。
充さんに同じく、あたしも不安だとは口にだせず、苦笑いした。