05 共通の友人の来日
「タカシ! お久しぶりデス! 赤ちゃん、おめでとうゴザイマス!」
浅黒い肌。彫りの深い顔立ち。インド系アメリカ人のエリックさん。
もともとは、充さんの初の海外出張でお世話になった、取り引き先の方だった。
気が合ったらしく、ハリウッド滞在中に親睦を深めたそう。
帰国してからも、度々メールを交わしていた。
スカイプで通話をしている充さんの姿も、よく見ている。
英語の苦手なあたしは、最初のうちは怖気づいていたけど、エリックさんが日本語を勉強し始めて、『間違いを指摘してほしい』と乞われてから、あたしも参加するようになった。
充さんは嫌そうな顔をしていたけど「タカシ、私の日本語、聞くマス、英語、同じにデス。キミエさん、日本語だけ、聞くマス。いい勉強デス」と説明されると、それもそうだと納得したようだった。
でも、もしかしたら一番の決め手は違ったのかも。
「エリックさんと、すごーく仲がいいよね?」
充さんとエリックさんのスカイプ通話があんまりにも長くて。
せっかくの二人揃う休日だったのに、放っておかれたことにむくれたことがあった。
充さんは、そのときのことを思い出したのかもしれない。あたしを巻き込んでしまえ、と。
それが決め手だったのかも。
ともかくこんなわけで、充さんだけでなく、あたしもエリックさんには馴染みがある。
いつかお会いしたいと思っていた。
だけど忙しいエリックさんはなかなか都合がつけられず、これまで幾度か充さんが渡米した折にも、再会はお預けになっていたのだ。
「おー。こっちこそ、訪ねてきてくれてありがと。日本に来るの、初めてだよな」
「ハイ。初めてダヨ! 日本に来た! bossが、日本、来たかったんだネ」
「ボスか。古巣に戻ったって言ってたな。そういえば」
「チゲーヨ。事務所、同じダヨ。机の場所、 戻っただけーネ」
「ふーん。まぁいいや。今回の仕事は、初めての試みなんだって? 全面的に任されたって言ってたよな」
「boss、初めて映画を作ったヨ。その宣伝!」
「映画? そんなの聞いてねぇけど……」
「Hollywoodで、タカシと一緒だったヒトと、お仕事したヨ!」
「は? 先輩が? ってことは宣伝部に直行した? なんでウチに話が来てねぇんだ?」
顎に手をやり、不満げに眉をひそめたけど、充さんはすぐに手をおろして笑顔を返した。
「まぁ、忙しそうなこった。今日は、ゆっくりしてけよ」
「ユックリするヨ! ありがとうゴザイマス! と、言うわけーで! Ta-dah! Suuuurprise!」
エリックさんは上半身を斜めに傾ぎ、右手を地面と水平に伸ばして、手のひらを天に向けた。何かを、誰かを紹介するかのような。
そしてそのまま足をスライドさせ、すぅっと左サイドに避けた。退場のポーズのエリックさん。
その背後から、ニュッと現れたのは……。
「Hi! ッタクワァスィ! ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!」
「……………………は?」
充さんの動きが止まる。
サイドに退いていたエリックさんは、こらえきれない、といったように上半身を屈め、両手で太モモを掴んだ。その手は震えているようにも見え、引き結んだ口からは「グフゥ……」というような、くぐもった音が漏れ出ている。
抜けるような青空。ぽっかりと浮かぶ白い雲。降り注ぐ温かな陽光。
キラキラと光る金の髪。くっきりと濃い青の瞳。磨き抜かれた大理石みたいに真っ白な歯。
「Hi! ッタクワァスィ! ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!」
金髪碧眼の外国人男性が、口元からこぼれる白い歯をキラリと輝かせ、同じ言葉を繰り返す。
にこっ。
そんな擬音まで聞こえてきそう。
充さんに向かい合う顔は、充さんによく似た顔。
それからかなりの長身。
バスケットボールの選手ほどとは言わずとも、充さんも相当に身長が高いのだけど、同じくらい――いや充さんより、おそらく高い。
鍛えているのか、体もぶ厚くて、これまでエリックさんの後ろに、どうやって隠れていたのかと疑問が湧くほど。
その体は大きく逞しく、堂々としている。
ジーンズにTシャツ、それからライトブルーのシャツという気取らない格好なのに、しっかりとジャケットを着込んだエリックさんより、上質な服を着ているかのように見える。
彼が選ばれし特別な人間であると証明するためのオーラが、圧倒されるような輝きで、視界いっぱい立ちふさがっているかのような。
いや、それは逆光なだけかも。彼はバックに太陽を背負っている。
というより。
この方は、まさか。
「エリック、おまえ……!」
ぶるぶると震える拳が目に入り、振り返って見上げてみれば、おそろしいほどのシワを眉間に刻みつけ、眉も目も吊り上げた充さんがいた。
悪人と対峙したときの、威嚇するドーベルマンのような。
いつもは親しげなゴールデンリトリバーみたいなのに、今はすっかり臨戦態勢。
「Whoa! ごめんネ、タカシ。ボク、日本語、よくわからネーヨ」
「うそつけっ! So,――」
「Uh-uh! なにを言ってるのか、まったく、わからネー! 英語も、わからネーヨ! No idea!」
「っざっけんなぁあああああああっ!」
掴みかからんばかりにエリックさんに噛み付く充さん。
エリックさんは笑いを噛み殺そうとしているのか、口の端がピクピクと痙攣している。
そこに割り入る、充さんソックリの、キラキラしいスターオーラをまとった外国人男性。
スター然としたその男性は、大きな手でそれぞれの胸元を押し、充さんとエリックさん、二人の近づいた距離を引き離す。それから大きく両手を広げた。
のばされた腕は長くまっすぐ伸びる。
その袖口からシルバーブレスレットが覗いて、白く光を弾いた。
ホーセンブースのアンカーチェーンは、他ブランドのアンカーチェーンよりぷっくりとしている。
おそらくあのブレスレットの留め具には、左右に小さなダイヤモンドが、それぞれ三つずつ並んでいるはず。
見覚えがある。とても。
今も寝室のクローゼット、そこに置かれたジュエリーボックスの中にきっちり納まっているはず。
「Hi! ッタクワァスィ! ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!」
「うるっせぇえええええええええええええっ!」
充さんが青い空に向かって吠えた。
肩幅に開いた足元。力いっぱい握りしめた拳。のけ反らせた腰。突き出たノドボトケ。
吐き出されたツバが、祝福のシャワーのようにキラキラと光った。