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ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!  作者: 空原海
本編 ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!
6/9

05 共通の友人の来日



「タカシ! お久しぶりデス! 赤ちゃん、おめでとうゴザイマス!」



 浅黒い肌。彫りの深い顔立ち。インド系アメリカ人のエリックさん。

 もともとは、(たかし)さんの初の海外出張でお世話になった、取り引き先の方だった。

 気が合ったらしく、ハリウッド滞在中に親睦を深めたそう。

 帰国してからも、度々メールを交わしていた。

 スカイプで通話をしている充さんの姿も、よく見ている。


 英語の苦手なあたしは、最初のうちは怖気づいていたけど、エリックさんが日本語を勉強し始めて、『間違いを指摘してほしい』と乞われてから、あたしも参加するようになった。

 充さんは嫌そうな顔をしていたけど「タカシ、私の日本語、聞くマス、英語、同じにデス。キミエさん、日本語だけ、聞くマス。いい勉強デス」と説明されると、それもそうだと納得したようだった。

 でも、もしかしたら一番の決め手は違ったのかも。


「エリックさんと、すごーく仲がいいよね?」


 充さんとエリックさんのスカイプ通話があんまりにも長くて。

 せっかくの二人揃う休日だったのに、放っておかれたことにむくれたことがあった。

 充さんは、そのときのことを思い出したのかもしれない。あたしを巻き込んでしまえ、と。

 それが決め手だったのかも。


 ともかくこんなわけで、充さんだけでなく、あたしもエリックさんには馴染みがある。

 いつかお会いしたいと思っていた。

 だけど忙しいエリックさんはなかなか都合がつけられず、これまで幾度か充さんが渡米した折にも、再会はお預けになっていたのだ。



「おー。こっちこそ、訪ねてきてくれてありがと。日本に来るの、初めてだよな」


「ハイ。初めてダヨ! 日本に来た! bossが、日本、来たかったんだネ」


「ボスか。古巣に戻ったって言ってたな。そういえば」


「チゲーヨ。事務所、同じダヨ。机の場所、 戻っただけーネ」


「ふーん。まぁいいや。今回の仕事は、初めての試みなんだって? 全面的に任されたって言ってたよな」


「boss、初めて映画を作ったヨ。その宣伝!」


「映画? そんなの聞いてねぇけど……」


「Hollywoodで、タカシと一緒だったヒトと、お仕事したヨ!」


「は? 先輩が? ってことは宣伝部に直行した? なんでウチに話が来てねぇんだ?」



 顎に手をやり、不満げに眉をひそめたけど、充さんはすぐに手をおろして笑顔を返した。



「まぁ、忙しそうなこった。今日は、ゆっくりしてけよ」


「ユックリするヨ! ありがとうゴザイマス! と、言うわけーで! Ta-dah(ジャジャーン)! Suuuurpris(サープラーイズ)e!」



 エリックさんは上半身を斜めに傾ぎ、右手を地面と水平に伸ばして、手のひらを天に向けた。何かを、誰かを紹介するかのような。

 そしてそのまま足をスライドさせ、すぅっと左サイドに避けた。退場のポーズのエリックさん。

 その背後から、ニュッと現れたのは……。



「Hi! ッタクワァスィ! ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!」


「……………………は?」



 充さんの動きが止まる。

 サイドに退いていたエリックさんは、こらえきれない、といったように上半身を屈め、両手で太モモを掴んだ。その手は震えているようにも見え、引き結んだ口からは「グフゥ……」というような、くぐもった音が漏れ出ている。


 抜けるような青空。ぽっかりと浮かぶ白い雲。降り注ぐ温かな陽光。

 キラキラと光る金の髪。くっきりと濃い青の瞳。磨き抜かれた大理石みたいに真っ白な歯。



「Hi! ッタクワァスィ! ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!」



 金髪碧眼の外国人男性が、口元からこぼれる白い歯をキラリと輝かせ、同じ言葉を繰り返す。

 にこっ。

 そんな擬音まで聞こえてきそう。


 充さんに向かい合う顔は、充さんによく似た顔。

 それからかなりの長身。

 バスケットボールの選手ほどとは言わずとも、充さんも相当に身長が高いのだけど、同じくらい――いや充さんより、おそらく高い。

 鍛えているのか、体もぶ厚くて、これまでエリックさんの後ろに、どうやって隠れていたのかと疑問が湧くほど。

 その体は大きく逞しく、堂々としている。


 ジーンズにTシャツ、それからライトブルーのシャツという気取らない格好なのに、しっかりとジャケットを着込んだエリックさんより、上質な服を着ているかのように見える。

 彼が選ばれし特別な人間であると証明するためのオーラが、圧倒されるような輝きで、視界いっぱい立ちふさがっているかのような。

 いや、それは逆光なだけかも。彼はバックに太陽を背負っている。


 というより。

 この方は、まさか。



「エリック、おまえ……!」



 ぶるぶると震える拳が目に入り、振り返って見上げてみれば、おそろしいほどのシワを眉間に刻みつけ、眉も目も吊り上げた充さんがいた。

 悪人と対峙したときの、威嚇するドーベルマンのような。

 いつもは親しげなゴールデンリトリバーみたいなのに、今はすっかり臨戦態勢。



「Whoa! ごめんネ、タカシ。ボク、日本語、よくわからネーヨ」


「うそつけっ! So,――」


Uh-uh(ンッン)! なにを言ってるのか、まったく、わからネー! 英語も、わからネーヨ! No idea(わからない)!」


「っざっけんなぁあああああああっ!」



 掴みかからんばかりにエリックさんに噛み付く充さん。

 エリックさんは笑いを噛み殺そうとしているのか、口の端がピクピクと痙攣している。

 そこに割り入る、充さんソックリの、キラキラしいスターオーラをまとった外国人男性。


 スター然としたその男性は、大きな手でそれぞれの胸元を押し、充さんとエリックさん、二人の近づいた距離を引き離す。それから大きく両手を広げた。

 のばされた腕は長くまっすぐ伸びる。

 その袖口からシルバーブレスレットが覗いて、白く光を弾いた。


 ホーセンブースのアンカーチェーンは、他ブランドのアンカーチェーンよりぷっくりとしている。

 おそらくあのブレスレットの留め具には、左右に小さなダイヤモンドが、それぞれ三つずつ並んでいるはず。

 見覚えがある。とても。

 今も寝室のクローゼット、そこに置かれたジュエリーボックスの中にきっちり納まっているはず。



「Hi! ッタクワァスィ! ゥオットゥォウスゥワァーン、ドワヨッ!」


「うるっせぇえええええええええええええっ!」



 充さんが青い空に向かって吠えた。

 肩幅に開いた足元。力いっぱい握りしめた拳。のけ反らせた腰。突き出たノドボトケ。

 吐き出されたツバが、祝福のシャワーのようにキラキラと光った。




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― 新着の感想 ―
[一言] ちくしょう!! かっこよくて 泣いちゃう!! 凄いよ! かっこよくて力強くて 綺麗なシーン!! 私には絶対書けないなあ これだけ圧倒されると 幸せ(#^.^#)
[良い点] きゃああぁぁぁぁぁぁああ!! 来たーーー!! 来たーーー!! ついに「ゥオットゥォウスゥワァーン」が登場したーーー!! そっかそっか〜。ずーっと隣の席でこっそりSkype盗み見てるうち…
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