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#004 「砂時計」

序章 第4話


「ただいま戻りました」



セッタとチカは既に隣の長屋まで送り届けた。彼らの親は二人を見るなり、僕から離すように家の中に引き込んだ。挨拶すらされないのは初めてだ。まるで疫病神だな。


それにしても、あんな可笑しな出来事が起きた直後なのに、変に冷静になっているのはこの世界に慣れてしまったからなのだろうか。


そんなことを考えながら、荷車から洗い物を持ち上げて我が家の扉を開いた。



「あら、遅かったじゃない。どうしたの?」


「帰り道に、ちょっとトラブルがありまして」



玄関に入るのとほぼ同じタイミングで、ユクさんは台所から心配そうな顔を覗かせた。


こういう時、電話を使えないことが悔やまれる。異世界なので仕方ないが、まさか回覧板すら無いとは驚いた。


ユクさんは特別な役職を持っているため周りの人が知らせてくれるが、その“周りの人”は広場まで出て行き、数日間のスケジュールを確認しては帰ってくるを繰り返しているようだった。


それゆえ僕がトラブルに会っていたことは、あの時現場にいた大人たちが知らせない限り、ユクさんの耳に入ることはないのだ。



……あれ?そういえばセッタとチカの親には伝えたのに、何で隣に住んでいるユクさんには伝えないんだろう?



「ま!大変だったわね。ささ、座って座って。ご飯にしましょ。お腹、空いてるでしょう?」


「ええ。じゃあ食器とコップ出しますね」


「お願いね」



食事前のルーチンをこなすため、食器棚をいつものように開き、二人分を準備する。ふと、主食を入れるためのお椀を手に取る。



「器って、何なんだろう」



手の中にある、削り出しのお椀をじっと見つめた。村長さんの言っていた、“器”。ありふれた物でしか無かったそれが、突如として儀式的意味合いを持ったような気がした。


そうだ、こういう時は素直にユクさんに聞くべきだ。あれだけの資料を持っているユクさんなら、何か知っていそうだ。


食器を持って居間に向かう。今日の献立は雑穀の雑炊に干した肉を加えたものだろうか、美味しそうな匂いが漂っている。



「ありがとうイサム。さ、食べましょう」


「……あの、ユクさん」


「ん、なあに?何か足りないかしら?」


「お聞きしたいことがあるんです」



余り身構えず、ただの雑談として器について聞こう。失礼は承知の上で、茣蓙を整えながらユクさんに話しかけた。



「あらあら、何かしら。もしかして鎮魂祭について?それなら――」


「いえ。そうではありません」



「そうなの。じゃあ書写について?それか」


「ユクさんは、“器”って知ってますか……?」



カシャン。



突然響いた音に驚き、発信源の方を見た。それは、雑炊を取り分けるための金属製のお玉が、ユクさんの手から落ちた音だった。



「……なあんだ、そんなことかあ。いやに真剣な声色だったから、拍子抜けしてお玉落としちゃったわ。」


「器ね。あ、そっか!村長さんから聞いたのかしら?うふふ、あのお爺さんたら、意味を教えてくれなかったのね。」



ユクさんはお玉を取るために俯きながらそう返答した。顔は見えないけど、朗らかに返事してくれていることから、やっぱり大した事じゃなかったみたいだ。



ああ、よかった!



笑みを零しながらお玉を拾い上げ、雑炊を注いでいく。お椀いっぱいになるほど盛り、手渡してくれた。今日のは特別な隠し味をしているらしいから、楽しみだ。


ユクさんはいつもと同じように神様に、食事を与えて頂いたことを感謝し、匙を進めた。



「いい、イサム?器っていうのは、“聖杯”の事じゃないかしら。鎮魂祭で使う、神聖な祭具のことよ」



僕が一杯目を食べ終え、最後の一口を飲み込んだころ、ユクさんはそれまでの話題を切って、器について話し始めた。


にしても、聖杯か。


最後の晩餐において、キリストが弟子たちに与えるため、自らの血液を満たした聖遺物。


それがこちらでは只の一祭具として扱われてしまっていることを、少しだけ残念に思う。ファンタジーなら定番の重要アイテムなはずなのにな。



「聖杯ですか。では、それを持つことによる悪影響などはあるんですか?」


「いやだわ。そんなの有るはずが無いじゃない、むしろその逆よ。伝承によれば奇跡を起こすことが出来るそうなのよ」



まるでアーサー王伝説だ、と一人で思う。もしそれが実在するなら、何をしてでも手に入れようとする人が居そうなものだけど。



◇◇◇◇



「ごちそうさまでした」



食事が終わる。囲炉裏から炎を神様にお返しし、翌日用兼暖炉用として薪を足し、食器を荷車に乗せる。コタンでの生活にすっかり適応している辺り、ここに来てから経過した時間の長さを実感させられる。


日常生活は円滑に進んでおり、周辺住民との仲も良好。経典や、偶に来る行商人が持参する新聞を書写し纏めるすることで村の発展にも寄与している。


しかし、全てが順調なわけでは無い。むしろ、ただ一つの欠点が致命的なのだ。



「あ、しまった!今日訓練日だったじゃないか。オクカイ団長になんて言おうかな……」



そう、戦闘訓練である。この世界では山賊等から村を守ることが、男女問わず若者の義務だとされているらしい。


らしい、というのはコタンの自警団、僕も所属する村唯一の防衛隊には村中の若者が参加しており、それを束ねるオクカイ団長も、この徴兵制度を当然のことだと思っているからだ。



しかし自警団では対処が難しい事象も存在する。



それが“魔族”だ。定義がはっきりしていないが、団長風にいうのであれば「直立しておらず、全身が硬質の皮膚に覆われ、見境なく村人に襲い掛かる危険生物」を纏めてそう呼ぶ。


魔族は獣人たちと比べて桁違いの自然治癒力を持ち、有効な武器や戦術を使わなければ瞬く間に傷を癒してしまうと言われている。


そんな恐ろしい存在だが、魔族からは魔石と呼ばれる宝石が手に入る為、都に行く時の為に率先して狩ろうとする命知らずな若者もいる。


つい二か月前まで一般人としての生活を送っていた僕にとって、そんな化け物と、たかだかショートソード一本で渡り歩け、という方が無理なのだ。


加えて、コタンの武装が貧弱であることも僕の心労に拍車をかけた。


コタンに現在ある武器は、ショートソード、薪割り用の斧、そして狩り用の短弓だけだった。他の村人は手に剣や斧を持ち、勇ましく戦うことを美徳と考えているため、命を懸ける覚悟すらない僕が自警団の中で浮くのも無理はなかった。


実際、陰で軟弱者と罵られているのを何度か目撃していた。



コンコンコン。



悶々と考え込んでいると、玄関の扉からノック音が聞こえた。ユクさんは今棚の整理をしているため、僕が出るしかなかった。


恐る恐る扉を開けると、ごつごつした大きな手が僕の腕を掴んだ。



「うわっ!」


「おいおい、驚きすぎだろ」


「全く、俺たちが山賊だったらどうするつもりだったんだよ、もっと警戒心を持てって」


「まあまあ。よ、イサム!元気にしてるか?」



思わず叫んでしまったが、よくよく見れば扉の外に立っているのは自警団の面々だった。オクカイ団長を筆頭に、村一番の怪力を持つオプゥ、罠猟を得意とするエルムが並んでいた。三人とも、いつも僕に戦闘技術を教え込んでくれている実力者たちだ。



「ええ、大丈夫です。それより、すみません!訓練を連絡なく欠席してしまって。罰則なら受けますから、許してください!」


「おいおいイサム、そう急ぐな。俺たちは何もお前を叱りに来たんじゃないぞ」


「オクカイの言うとおりだ。イサム、お前今日面倒ごとに巻き込まれたらしいな。お疲れさん、今日できなかった訓練は明日の早朝にまわしてやるから、そっちは遅れるんじゃねえぞ」


「あ、ありがとうございます!」



ああ、よかった。団長たちの所にも情報が行っているようで安心した。にしても早朝からか、陸上部の朝練を思い出すなあ。


念のため手帳を持ってきておいてよかった。言われたことをメモ書きしていかなきゃ、えーと……明日の予定明日の予定……。



「――しかし、いい教官がいないのが辛い所だな。ああ、サンがいてくれたらなあ」


「おい、ユクさんに聞かれたらどうする!その話はしない約束だっただろ」


「悪い、すまねえオクカイ」



サン?聞きなれない名前にピクリと反応する。ユクさんと何か関係があるんだろうか。エルムさんはバツが悪そうに押し黙っている。


なんて事だ、この家に他に住人が居たなんて。だとしたら尚更挨拶しなくちゃいけないな。長らく見てないから、もしかしたら遠出してるのかもしれないけど。



「団長、サンって人はどんな方なんですか?」



僕の言葉に、団長はしまったという顔をした。まるでどう言おうか迷うかのように、目を泳がせ、チラチラと背後の扉を確認していた。もしかしたら、ユクさんには聞かれたくないのかもしれないな。



「あ、あの。明日の訓練の時で大丈夫です。話しにくそうな雰囲気ですし」



その言葉を聞くと、団長はほっと胸を撫で下ろした。一々反応がわかりやす過ぎる辺り、この人は隠し事が苦手そうだった。だからこそ信頼出来るのだけど。



「それがいいぜオクカイ。もう日も落ちるしな、いくらお前が精力旺盛だからって、死者には敵わないだろ?」


「そうだな。……すまないイサム。それじゃあ、また明日」



去り行く団長達に手を振り、見送った。オプゥさんが言っていた通り、夜の帳が下り始めている。


家に戻り、就寝の準備をする。明朝、早くから訓練場に向かうことを伝えるとユクさんはあら、なら今日は早く寝なさい。と言ってくれた。


それに甘えてお風呂を済ませる。日本の様にたっぷりのお湯に浸かるなんて事は出来ないため、清潔な布にお湯を染み込ませ、体を拭いた。



「よし、お風呂終わりっと。さて、ちょっと早いけど寝よう」



布団を敷き、蚊帳を広げる。僕には少し大きすぎる部屋に1人で眠るのは、旅館に泊まっているような満足感を得ることが出来、日々のささやかな楽しみの一つとなっていた。



◇◇◇◇



草木も眠る丑三つ時……だろうか。ふと目が覚めた時には、窓の外は真っ黒な闇のヴェールに包まれていた。


空に浮かぶ星の光が、廊下に差し込んでいる。



「綺麗だなぁ……。あ、やばいやばい。トイレトイレ~っと」



煩くならないよう、ゆっくりと廊下を進んでいく。廊下の先にあるトイレに着き、用を足す。



「しかしボットン便所なんて最初は抵抗感あったけど、慣れれば大した問題でもないんだな」



実家はウォシュレットを使っており、高校でも和式は体育館横くらいにしか無かった為、初めて見たときには驚いた。今思えば、僕は結構豊かな暮らしをしていたのかもしれない。今下に溜まっているそれは、ここでは貴重な肥料として使われている。



そういえば、あの時もそうだ。初めて村の、ユクさん以外が作ったお菓子を食べたとき、食中毒に近い状態になって死にかけたことがあった。衛生、どうにかしたいなあ……。



色々なことを考えながらトイレを出る。ふと居間の方を見ると、ほのかな明かりが灯っている。まだ作業をしているのだろうか。



引き戸の隙間から中を覗くと、ユクさんは集中しているようで、卓上に置かれた詠唱文と睨めっこをしていた。時折、発音を確認するように呟いたりしている。詠唱文は、僕が写したものよりも難しい表現がよく使われているようで、全く読むことができなかった。きっと鎮魂祭に関る書類なのだろう。



声をかけるのも悪いからと、寝室に戻ろうとしたとき、視界の端で何かが揺れていた。なんだろうと視線を動かすと、水平にされた砂時計が一つ、修繕が終わったユクさんの旦那さんの服に掛かっていた。



「これって……最初の日に、玄関に置いてあったやつと一緒だ。鎮魂祭に使う物だったんだ」



「あれ?確か砂時計は“2つ”あったような……?」



気のせいか。明日は早いし、さっさと寝てしまうことにしよう。



それにしても、今まで一回も、こんな夜更けに起きるなんて無かったのに。



何か変なものでも食べたのかもしれないな。

投稿が遅くなりました。

閲覧ありがとうございます!また見て頂ければ幸いです!

今後は3.4日に1回の更新になると思いますが、温かい目で見守って頂ければ嬉しいです。


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