悪役令嬢とヒロインが〇〇〇しないと出られない部屋に閉じ込められたようです
目が覚めると、そこは真っ白な部屋だった。
壁も床も天井も何もかもが真っ白で、『彼女』以外には家具だなんだとにかく何もなく、もちろんこんなところ見覚えすらなくて──出口である扉にはピンク色でもってこんな文言が記されていた。
〇〇〇しないと出られない部屋、と。
いや。
いやいや!
巷で流行りの物語を真似た嫌がらせか何か? 何でもいいけど、現実にそんな都合のいい部屋なんて用意はできないはず。
というわけで、大陸でも五本の指に入るだけの私の魔法でもってどかーんっ!! とぶち壊して……壊して……こわ、して、
「なんで傷一つつかないのよ!?」
小さめの山程度なら跡形もなく吹っ飛ばせる威力がある魔法を連射したってのに流石に無傷はあんまりじゃない!?
〇〇〇しないと出られない部屋、ってのは置いておいて、尋常じゃないほどの技術が注ぎ込まれているのは確かってことか。
こんな部屋を用意するだけの理由。
少なくとも私にそれだけの価値があるとは思えないし、『彼女』関連の騒動に巻き込まれたとか?
「ん、んん……」
私の隣から声が響く。
長く綺麗なまつ毛に覆われた瞼が開く。
深紅の瞳が私を捉える。
腰まで伸びた豪快な金の縦ロールが特徴的な『彼女』──つまりはクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢よ。
「シロ……ちゃ──」
「おはようさん。早速で悪いけど、こんなところに閉じ込められる理由に心当たりある?」
ーーー☆ーーー
シロは血筋によって左右された魔法という分野において平民ながらに突出した功績を残してきた。
貴族を貴族たらしめている『血筋』。遥か昔、絶対的な魔法の使い手をより多く残すために国家が用意した特権階級、それが貴族である。
ゆえに、貴族という制度を揺るがしかねないほどの魔法の使い手たるシロを『取り込み』、例外を例外ではなくするために適当な男爵の地位を与えて、特待生として王立魔法学園に編入させるのもそう不思議な話ではないだろう。
だから。
だから。
だから。
『貴女が例の成り上がり貴族ですわね?』
王立魔法学園『では』はじめて顔を合わせた深紅の瞳に金の縦ロールの少女の言葉を耳にした時、シロの中の理性だなんだそんなものは即座に吹っ飛んでいた。
『何て、冗──』
『そういうアンタは、ハッ! 今時縦ロールだなんて古くさいにもほどがあるわよね。貴族なら流行くらい押さえておけって話よ』
「なっ……!? これは、だって……ッ! なっ成り上がり貴族ごときがよくも言ったものでしょう!!』
これが、シロとクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢の対立の始まりだった。
ーーー☆ーーー
「〇〇〇しないと出られない部屋ですって!? 何ですかこのふざけた文言は!?」
ガチャガチャと扉を開けようとしながらクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢が騒いでいた。そんな騒いだってどうこうなるものでもないってのに。
「その扉は私の全力の魔法でもびくともしなかったのよ。つまり、その文言の真偽はともかく、正規の方法以外でこの部屋から出ることは不可能ってこと。だからそんなガチャガチャって無駄なことはやめなさいよね」
この真っ白な部屋には私たち以外に何もなく、鍵を開ける手段は見当たらない。
ってことは。
『黒幕』の手のひらで踊るのは心底気に食わないけど、正規の方法を探すしかないんだよね。
「それではどうやってここから出るのですか!? まさかとは思いますが、扉に記されているように〇〇〇しないといけないとでも言うのですか!?」
「そう言うしかないわよね」
問題は、
「まあ〇〇〇ってのが何を指しているのかわからないとどうしようもないけど」
巷で有名なのは、いやまさか、いやいやそんな……ねえ?
「ふんっ。そこがわからなければどうしようもないではありませんかっ。成り上がり貴族に過度な期待をするだけ無駄だったのでしょうけど!」
「はぁ? 扉でガチャガチャ遊んでいたテンプレ貴族がなんだって?」
「誰も遊んでなどいませんわ!」
「だったらちっとは頭使ってよ。ここから出るためにもさ!!」
ああ、なんでこうなったんだろう。
こんな部屋に閉じ込められたことじゃない。なんで私はクロちゃんと仲直りできないのかな。
ーーー☆ーーー
シロがまだ魔法の才能を開花させていなかった、幼い頃の話。
セントリリィ公爵家の方針として(見えない場所に護衛は配置していたとはいえ)平民と関わることで『世間』というものを知り、書類上ではない現実を目の当たりにすることでより良い支配者となるための学びの一環としてクロディーナは城下町で平民に混ざって遊ぶことが多かった。
あくまで『世間』を知るためのものだったのでセントリリィ公爵令嬢としてではなく、クロというただの平民ということにしてはいたが。
『クロちゃーんっ』
『はい?』
『んー。呼んだだけーっ』
『ふふっ。そうですか。それでは、シロちゃん!』
『なーにー?』
『呼んだだけですわ!!』
『そっかー。えっへへっ』
その学びの場でクロディーナはシロと出会った。
気がつけば一番の仲良しだと断言できるくらいに仲を深めていたのだ。
『えっへへ。クロちゃんのたてろーるってきれいだよねー』
『そうですか?』
『うんっ。こう、ぐるんってしてるのがもうすごくいいんだよっ!!』
『ぐるん……。シロちゃんがほめてくれるなら、たてろーるも好きになれそうです』
縦ロール自体、流行に乗っかっただけのものであり、社交界でうまく立ち回るためだけのものだったのだが、大好きなシロから褒められたその日からクロディーナは縦ロールがお気に入りになった。
それくらい、彼女の中でシロという女の子の存在が大きかったのだ。
ーーー☆ーーー
「シロさん! ここから出るためには〇〇〇しないといけないとして、何をすればいいのですか!?」
真っ白な部屋の中でクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢の声が響く。
どうしてこうなったんだろう。
昔、あんなに仲が良かったクロちゃんとは家の事情とやらで顔を合わせることが少なくなった(あの頃は何もわかっていなかったけど、クロちゃんがセントリリィ公爵令嬢だと知った今ならある程度予想はつく)。
その頃には私も魔法の才能を開花させつつあって、色々と忙しくて、気がつけば接点がなくなっていった。
そのせいで、会おうと思っても会えなくなった。
だって、あの頃の私はクロちゃんがどこの家の子供かもわかってなくて、一度接点がなくなったら再会する方法がなかったから。
「シロさん?」
だから、だから! 学園で出会った時、運命だって思った。本当に嬉しくて、すぐにでも抱きしめたいほどで、だけど……クロちゃんは私のことを成り上がり貴族だって、初対面のように冷たく切り捨てた。
私のことを忘れていた。
その事実が本当に悲しかった。
ちゃんと言葉を交わせば良かったんだとは思う。私は幼い頃に何度も遊んだことのあるシロだって、そう言えば良かったのかもしれない。
だけど、そんな冷静になんて振る舞えなかった。私は一目見ただけでわかったのになんでクロちゃんはわかってくれないのかときつくあたってしまった。
後からでも言葉を尽くせば良かったのかな? でも、だけど、もしも思い出してくれなかったら? いいや、思い出したとしてそんな昔の知り合いなんてどうでもいいと切り捨てられたら?
怖い。
とにかく怖い。
大事な思い出が、宝物のように光り輝く過去が、風化するように霧散してしまうのが怖くてたまらなく。
だからといって現状が望むものではなくて、だけどこれ以上悪化はさせたくなくて。
ああ。
なんでこうなったんだろう。
「シロさん!! 人が話しかけているのですから返事くらいすることですわ!!」
声に、私はびくっと肩を震わせる。
顔を上げると、目の前にクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢の顔があった。
「何よ?」
「何よ、ではありませんわ。人のことを散々無視してくれてからに」
過去のクロちゃんはどこにもいない。
意味もなく名前を呼び合うだけで笑顔になれた関係はもう過去のもの。
視界が歪む。
自分で招いたもので、単なる自業自得で、わかっていても胸の中心に風穴があいたように痛みが止まらない。
「なっ、ちょっ、シロさん!? どうして泣いているんですか!?」
「別に……なんでも、ない」
「何でもないことはないでしょうっ」
言って、クロディーナ=セントリリィ公爵令嬢は私の隣に腰掛ける。しばらく視線を彷徨わせて、やがて意を決したように私の肩に手を回し、抱き寄せる。
「あ……っ」
「ふんっ。気がつけば大陸でも五本の指に入るくらいに魔法が上達したシロさんでもこのような密室に閉じ込められれば不安にもなるでしょう。そういう時くらいは、その、とにかく変に強がるものではないですわ!!」
わかっている。
これはクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢が優しいだけのこと。いくら敵対している成り上がり貴族が相手でも涙を見せるくらい弱っていれば放っておけないお人好しだってだけよ。
私だから、というわけじゃない。
わかっている、わかっているけど、それでも私は……。
ーーー☆ーーー
魔法の才能は血筋に左右される。
ゆえに高位の貴族ほど高度な魔法を扱うことができるのが普通であり、つまり大陸でも五本の指に入るほどの魔法の使い手たるシロが通うほどにレベルの高い学園には高位の貴族もまた多く通っていた。
その中の一人。
せっかく『取り込んだ』シロと公的な理由でもって繋がりを持とうと接近する令息令嬢の中でも最たる者がアーカー=グランディーネ、すなわち次期国王たる第一王子であった。
王族ほどの『血筋』であれば魔法の才もまた凄まじく、歴代最強との呼び声高い第一王子の力は万物抹消であるとされている。一万に及ぶ魔物の軍勢を一撃で消し飛ばしたのは有名な話だ。
本人曰く、抹消などという物騒な力ではなく、そう見えるだけらしいが。
『シロさんっ! 成り上がり貴族ごときが王族に気安く声をかけるなど不敬とは思わないんですか!?』
『友達と話すのに不敬も何もないと思うけど』
『これだから成り上がり貴族は。貴女一人の軽率な行動で貴族全体の品格が問われるのですよ!?』
『つーか私からってよりもアーカーのほうから声をかけてくるし』
『呼び捨て! 不敬!!』
『はいはい』
──不思議なことに第一王子はシロとクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢が言い合う間、特に言葉を挟むことなく見守っていることが多かった。
せっかく『取り込んだ』シロやセントリリィ公爵令嬢の衝突に対して公的な観点から見れば何かしらの対応があってしかるべきだろうに、だ。
『とにかく! 成り上がり貴族ごときが殿下に色目を使うなど身の程知らずにも程がありますわ!!』
『はぁ!? 色目!? だからただの友達だって言っているのに!!』
『ふんっ。そうやって言い訳しても無駄ですわ。デレデレしてみっともない!!』
『デレデレなんてしてないわよ!!』
ただし。
何も言葉を挟まなかったからといって、何も考えていなかったわけではないだろうが。
ーーー☆ーーー
この真っ白な部屋には何もない。
私の魔法でも傷一つつかないほどに頑丈だから、正規の方法以外で脱出は不可能。
〇〇〇しないと出られないみたいだけど、〇〇〇が何を指しているのかはわからない。
「ちくしょう……」
色々と試してはみたけど、扉はうんともすんとも言わないまま長い時間が経っていた。
時間を示すものはなく、どれだけ経ったかもわからないけど、飲まず食わずの影響で身体に力が入らないくらいには長い間閉じ込められたままなのよ。
狙いがわからない。
〇〇〇しないと出られない、ってのは、逆に言えば〇〇〇させたいとも考えられる。だけど、私たちをこんなところに閉じ込めた誰かは何をさせたいってのよ?
誰かの考えが読めれば〇〇〇の正体も見えてきそうだけど、ああもう! ぜんっぜんわからない!!
つーか、そもそも〇〇〇ってのは適当に記しただけで、公爵令嬢を誘拐・監禁して何かを企んでいるってだけかもしれないけど。私は巻き込まれたか、成り上がり貴族にも一定の利用価値を見出しているかって感じで。
「シロさん。随分と弱っているようですわね」
「それはこっちの台詞だよ。テンプレお貴族様にゃあ飲まず食わずで監禁ってのは辛いんじゃない?」
「ふ、ふんっ。この程度、余裕ですわ。シロさんのようにわんわん泣き出すこともありませんしね!!」
「わっわんわん泣いてはいないし!!」
私はともかく、公爵令嬢がいなくなったとなれば大規模な捜索がなされているはず。いつかは見つけてくれるだろうけど、その『いつか』まで無事でいられるかは不明。
だって食事とか一切なしだもの。
飢えて死んでも良い、という考えでの監禁の場合、救助をアテにしていたら手遅れになるかもしれない。
だから。
だから!
だから!!
「シロちゃん」
その、声に。
距離を感じさせる『さん』ではなく、昔のようなその呼び声に。
私は思わずクロディーナ=セントリリィ公爵令嬢──クロちゃんの顔をまじまじと見つめていた。
「このまま脱出できないかもしれませんからね。少し、何も言わずにわたくしの話に付き合ってください」
あれ?
今、だって、え?
「シロちゃんは覚えていないでしょうが、わたくしたちは幼い頃に一緒に遊んでいたんですよ?」
覚えているよ。
忘れたことなんて一度もないよ!
「『世間』を知るための授業は終わりだとして家の事情で何も言えずに疎遠になってしまいましたけどね。あの頃はまだ親に逆らえるだけの力がなかったので、ある程度の自由が認められるくらいの『力』を手に入れてからシロちゃんに会いに行こうと決めていたのですが、流石にシロちゃんのほうからやってくるとは思っていませんでした」
私だってまさか大陸でも五本の指に入るほどの魔法の使い手にまでなれるとは思ってなかったよね。その先でどこの家の子かも知らなかったクロちゃんと再会できるとも。
「ですが、その、学園で顔を合わせた際につい冗談で初対面のように接してしまったのです。今思えば何をやっているのだと反省しているのですが、あの時は昔と変わらず冗談が言い合える関係は失われていないのだと言い聞かせたかったのかもしれません。……年月は残酷ですもの。幼い頃はいくら仲が良かったとしても、その関係性がそのまま今にまで引き継がれるとは限らないのですから」
つまり。
私が忘れたのだと勘違いしてきつくあたったりしなかったら──
「シロちゃんはもうわたくしのことを忘れてしまったのかもしれません。ですが、わたくしはシロちゃんのことを忘れたことなど一度もありません。本当は、ずっと、昔のように仲良くなれたらと思っていたんです」
私は。
私って奴は! 何をやっているのよ!?
「単なる自己満足に付き合わせてしまって申し訳ありません。突然こんなこと言われても困──」
「クロちゃん」
今度は。
クロちゃんのほうが私の顔をまじまじと見つめる番だった。
「今、あれ、え?」
「ごめんね、クロちゃん。私も、私だって! クロちゃんのことを忘れたことなんて一度もないよ!!」
今度は私のほうからクロちゃんの肩に手を回す。抱きしめる。
ああ、ああもう! 私は本当何をやってきたのよっ。単なる勘違いで勝手に拗ねて、大好きなクロちゃんのことを傷つけて! そんなことしたって何にもならないのに!!
「勘違いしていた……。やっと再会できたクロちゃんに例の成り上がり貴族だなんて他人みたいに扱われて、私のことなんて忘れちゃったんだって、クロちゃんのことが大好きなのは私だけだったんじゃないかって。だから、ごめん。本当にごめんねクロちゃん!!」
「そんな、謝らないでください! 悪いのはわたくしなんですから!!」
「そんなことない! 私が!!」
「いいえ、わたくしが!!」
「私だよ!!」
「わたくしです!!」
そこまで言い合って。
ふと視線を合わせた私たちは小さく笑みをこぼしていた。
「あはは。何やっているんだろうね、私たち」
「ええ。そうですね」
ねえシロちゃん、と。
他人行儀ではない、クロちゃんからの呼び声があった。
「わたくしのこと、覚えていてくれたんですね」
「もちろん。大好きだもん。一目でわかったよ」
「大好き……そ、そうですか」
「そういうクロちゃんだって私のこと覚えてくれていたんだよね?」
「ええ。しばらく見ないうちに随分と格好良く、綺麗になっているものだと驚いたものです」
「なっ、なんっ、何言っているのよっ」
恥ずかしいなぁっもう!!
「シロちゃん」
「んー?」
私の腕から離れて。
距離をとり、姿勢を正して、私を真っ直ぐに見て、クロちゃんはこう言ったのよ。
「わたくしと仲直りしてくださいませんか?」
「もちろん、いいよ」
──こうして私とクロちゃんの関係が改善されたとしても状況は変わらない。真っ白な部屋から出る方法は見つからず、このまま餓死するのも時間の問題。
外からの助けが来る気配もなく、終わりはもうすぐそこまできているんだけど、それでも私の心は晴れやかなものだった。
例え、この真っ白な部屋から出られないとしても、死ぬ最後の瞬間までクロちゃんと一緒ならそれもまた良いよね。
と、その時だった。
どんどんじゃんじゃんぱんぱーんっ!! と何かを祝うような豪快な音や光と共にあれだけ固く閉ざされていた扉が開いたのよ。
…………。
…………。
…………。
「ん? あれ、なんっ、なんか開いちゃっているんだけど!?」
誰かが外からこじ開けたってわけでもなさそう。でも、だったら、なんで?
「あの、シロちゃん。もしも、もしもですよ? わたくしもまさかそんなわけあるのかと疑問に思ってはいるのですが……〇〇〇しないと出られない部屋。その〇〇〇に入るのは仲直りだったりしないでしょうか?」
「へ?」
「わたくしだって半信半疑ですよ? ですけどわたくしたちが仲直りした瞬間に扉が開いたのですから、その、あり得るかもしれないじゃないですかっ!!」
誰が何の目的で、だとか、愉快犯にしても公爵令嬢を狙ってこんなことをやらかすほどの『力』の持ち主となれば両手で数えられる程度だろう、だとか、仲直りさせるためだけにうっかり死を覚悟させられるくらい追い詰めてくるのはやり過ぎ、だとか、まあ言いたいことは山ほどあった。
だけど、うん。
「まあクロちゃんと『これから』も一緒にいられるならなんでもいっか」
ーーー☆ーーー
余計な手出しだったとは思わない。
樹木のように何も言わずに見守るだけというのもスタンスの一つだろうが、エフェクトのように彩るのも一つのスタンスである。
「これでより楽しく見守ることができるというものだ」
ーーー☆ーーー
あの〇〇〇しないと出られない部屋に監禁されてから三日が経った。流石に公爵令嬢が誘拐・監禁されたってことで大騒動だったみたいなんだけど、なぜか『まあそんなことは忘れようよ』的な空気が流れつつあった。
『上』でどんな話し合いがあったのかは知らないけど、〇〇〇の中が仲直りっぽいのも含めて悪意は感じられないのがなんとも言えないのよね。
まあその辺はそーゆーのを扱う人たちに任せるとしよう。私もクロちゃんも無事ならそれ以外はなんでもいいんだし。
「クロちゃんっ。おはようさんっ!」
「シロさん、ご機嫌よう」
挨拶を交わす。
それだけで心が温かくなる。
ああもう、今日もクロちゃんは可愛いなぁっ!!
「あの、シロちゃん。一つ聞きたいことがあるのですが」
「んー?」
くるくると、指で縦ロールを弄りながら、クロちゃんは伺うように私を見つめて、
「シロちゃんは縦ロールは嫌いですか?」
「……、あっ。もしかして学園で初めて顔を合わせた時に私が言ったこと気にしているのかな!?」
こくん、と弱々しく頷くクロちゃん。
そう言えば頭に血がのぼって今時縦ロールだなんて古くさいにもほどがあるとか何とか言っていたっけ。う、うわあ、思い返してみると私ってば本当最低じゃんっ。
「シロちゃんが褒めてくれた縦ロールのままであればいつか思い出してくれるかもと思っていたのでそのままにしていましたが、シロちゃんが古くさいと感じるのならば──」
「待って待って! 違うって!! あの時のは、こう、好きだからこそっていうか、だから、その、クロちゃんは縦ロールなのが良いと私は思う!! もちろん髪型はクロちゃんの好きにするべきだろうけど、もしも嫌じゃないならそのままにしてほしいかな」
「……、ふふっ。そうですか。シロちゃんがそうおっしゃるのならばこのままにしておきましょうか」
「えっと、私が言ったことではあるけど、本当にいいの?」
「もちろんです」
嬉しそうに。
心の底からの笑みを浮かべてシロちゃんはこう言ったのよ。
「シロちゃんが好きな縦ロールのことがわたくしも大好きなのですから」