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野球少女は天才と呼ばれた。  作者: 柚沙
伝説の幕開け

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21/26

決勝戦-延長戦②-

延長9回表。


今日三度目となる3番からの攻撃。


タイブレークの走者として、二塁には光、一塁には天見さんがいた。


そして3イニング目に突入しても、前橋さんがマウンドに立っていた。


光は、この回で勝負を決めようと思っていた。


かなり危険だと分かっていても、ここで動かなければ負ける。


そう判断し、初球から単独スチールを試みた。


花蓮もある程度は警戒していた。


それでも、光は初球から思い切りよくスタートを切った。


「走った!!」


樫本さんは光が走ったことをいち早く察知し、大声でキャッチャーへ呼びかけた。


ボールは右打者のアウトコース低め。


バッターは捕手の送球を邪魔するため、アシストスイング。


そのスイングをものともせず、捕手は三塁へ矢のような送球を見せた。


「セーーフ!!!」


「くっ……。盗塁も上手いのか……」


タイミングはかなり際どかった。


だが、光の無茶とも言える三盗は成功。


ノーアウト一、三塁。


1点を取るには、これ以上ないほどのチャンスが訪れた。


内野ゴロでもいい。


スクイズでもいい。


とにかくフェアゾーンへボールを転がせば、光は本塁へ突っ込んでくるだろう。


そして、城西が選択した作戦は――。


「一塁ランナーの天見さんがスタート! ただ、かなりスタートが遅いぞー! キャッチャーが二塁へ送球! 三塁ランナーの東奈さん、それを見てホームへ……いや! 突っ込む振りだけで三塁へ戻ります!」


一塁走者を囮にして、三塁走者を本塁へ突入させるトリックプレー。


だが、1点が何より重要な場面。


さすがに花蓮が簡単に引っかかるはずもなかった。


「ボール。フォアボール」


花蓮女学院は満塁策を選択した。


スクイズを警戒するなら、満塁にした方が守りやすい。


二、三塁なら、本塁はタッチプレー。


だが満塁なら、捕手はボールを持ってホームベースを踏むだけでアウトにできる。


ほんのわずかな差。


それでもスクイズの成功率には大きく影響する。


「投手交代のお知らせをします。ピッチャー前橋美里さんに代わりまして、ピッチャー藤沢美智瑠さん」


ここで、ようやく来たか。


抑えの藤沢さんが、ノーアウト満塁という最大のピンチで登板してきた。


三塁ランナーの光は、実際にマウンドへ上がった藤沢さんの投球練習をじっと見ていた。


カーブ。


スライダー。


フォーク。


チェンジアップ。


ストレート。


ストレート。


横から見ている限りでは、先発の武石さんとそこまで大きく変わるようには見えない。


それなのに、空振り率は花蓮投手陣の中で圧倒的に高い。


理由は、ボールにキレがあるから。


本当にそうなのだろうか。


「キレねぇ……。こればっかりは打席に立ってみないと分かんないし、1年生たちに期待しようかねぇ」


満塁になったことで、スクイズはかなり仕掛けにくくなった。


4番ショートの川越さんは、スクイズをせず強攻策に出た。


かなり極端なスクイズ警戒シフトを敷かれている。


スクイズは、ほぼ成功しないと思ってもいい。


藤沢さんは縦に曲がるスライダー。


横へ滑るスライダー。


そして最後は、外角いっぱいへ123キロのストレート。


「ストライク! バッターアウト!」


空振り三振。


ワンアウト満塁。


5番バッターは、ワンボール・ワンストライクから一か八かスクイズを仕掛けた。


光はピッチャーが牽制してくる様子がないことを確認し、ホームスチールに近いタイミングでスタートした。


パシィン!


花蓮バッテリーはスクイズを読んでいた。


大きくボールを外す。


スクイズ失敗。


だが、三塁ランナーの光は戻らない。


そのまま本塁へ突っ込んできた。


スクイズというより、完全にホームスチールへ切り替えた形になった。


キャッチャーは、三塁へ戻ろうとしない光を見て、外した位置から急いで本塁へ飛び込むようにタッチへ向かった。


光はそれを視界に捉えながらも、猛然とホームへ突っ込む。


「…………」


「ア、アウトォォォーー!!!」


本当に、セーフでもアウトでもおかしくないタイミングだった。


角度によっては、セーフにも見えた。


だが、高校野球にはプロのようなリクエスト制度はない。


一度アウトと宣告されれば、判定が覆ることはほとんどない。


光にしては珍しく、少し土の被ったホームベースをじっと見つめ、その場から動かなかった。


「せ、先輩……」


「あ、ごめんごめん。失敗しちゃったね。気合いでホームランでも打ってきて!」


そう明るく答えると、ユニフォームについた土をパタパタと落とし、バッターの尻を強めにパシッと叩いた。


光はヘルメットを脱ぎ、そのままゆっくりベンチへ戻っていった。


「ナイスガッツ!」


「まだまだ試合は終わってないぞ!」


「次の回も抑えてくれよ!」


光はこの試合、誰よりも必死に、走者として1点を取りにいく姿勢を見せていた。


投手としても、ここまで相手に一本のヒットすら許していない。


その姿に心を打たれた観客たちは、光へ大きな声援を送っていた。


「東奈先輩、惜しかったですね! あれセーフだと思いました! 疲れてないですか? 飲み物持ってきましょうか?」


「それじゃ、1杯だけもらおうかな?」


光は汗を拭きながら、スパイクの紐を一度ほどいた。


そして解けないよう、もう一度強く結び直す。


「ありがと」


結び終わるのを待っていた1年生が、光へスポーツドリンクを渡した。


それを飲みながら、光はさっきのプレーを思い返していた。


スピードを落とさないよう、その勢いのまま足からスライディング。


感覚では、相手のタッチよりほんのわずかに早くホームベースへ届いていた。


だが、勢いがありすぎた。


足で地面の土を少し蹴り上げ、自分が滑り込んだ場所へ土が被ってしまった。


ホームベースにかかった土を思い出し、光は珍しく後悔していた。


あれは、本当ならセーフだった。


それでも、ヘッドスライディングなら土を蹴り上げることもなく、もっと分かりやすくセーフ判定を取れたのではないか。


そう考えてしまう。


だが、クロスプレーで指を怪我でもしたら、それこそ本当に終わってしまう。


だからこそ、光は足からのスライディングを選んだのだった。


「ストライク! バッターアウト!」


ノーアウト満塁の大チャンス。


だが、三振。


スクイズ失敗からの本塁アウト。


そして最後も三振。


城西は、9回表も無得点に終わった。


9回裏。


光がここまでシンキングファストを投げていたことは、もう花蓮側にも伝わっている。


甘い球に見せかけてシンキングファストで内野ゴロを打たせる。


その投球を、これまで通り続けるのは難しい。


しかし、光はそれさえも読んでいた。


相手は当然、バントの構え。


城西はサードとファーストを大きく前進させた。


さらにレフトが三塁ベース付近へ入り、センターとライトも外野とは言えないほど浅い位置を守る。


超変則シフト。


光が投げるたび、一塁手、三塁手、そして光自身が猛然と前へ出る。


打者のかなり近くまで一気に前進し、バットに当たった瞬間にボールを処理できるような位置を取る。


これだけでも、打者には相当なプレッシャーがかかる。


変にフライを上げれば、すぐに捕球される。


そのまま二塁か一塁へ送球されれば、簡単にダブルプレー。


一、二塁の場合、三塁はフォースプレー。


二塁走者はかなり大きなリードを取らなければ、送りバントを決めても三塁でアウトにされる可能性が高い。


それを嫌って、バントの構えからヒッティングへ切り替えるバスターという作戦もある。


だが、そもそも本気の光の投球は、普通に構えていてもバットへ当てること自体が難しい。


そんな状態でバスターを仕掛けても、空振りやファールで簡単に追い込まれる。


ツーストライクを取られてしまえば、そこからバントへ戻ることも難しくなる。


「絶対に外野になんて飛ばさせないし、バントも成功させない」


光は、自分の持っている投球能力のすべてを使い始めた。


本当なら、女子相手にはあまり使いたくない。


バントの構えをしている打者の顔付近へ、厳しいボールを投げ込む。


ブラッシュボール。


顔付近へ140キロ前後のストレートを投げ、相手の腰を引かせたり、恐怖心を植えつけたりする。


上手く決まれば非常に有効なボール。


だが、それでも相手の顔付近へ投げる以上、危険は大きい。


一歩間違えれば、取り返しのつかないことにもなりかねない。


それを理解した上で、光たちバッテリーはブラッシュボールまで駆使して抑えにいった。


さらに右打者には、顔付近から曲げるスクリュー。


左打者には、ここまでほとんど投げてこなかったカーブ。


その厳しい内角球を意識させた上で、アウトコース低めへのストレート。


使えるものを、すべて使う。


6番。


7番。


どちらもバントを仕掛けてきたが、連続で失敗させた。


8番はヒッティングへ切り替えてきた。


だが――。


144キロ。


インコース高めのストレート。


大きく振り遅れて三振。


花蓮も、9回裏を無得点で終えた。


そして10回表。


6番からの攻撃。


初球からバントを仕掛けたが、打球の勢いを殺すことができなかった。


藤沢さんが素早く前へ出る。


捕球。


三塁へ送球。


そして、そのまま一塁へ。


1-5-3。


ダブルプレー。


光とは逆だった。


バントそのものをさせないのではなく、あえてバントさせる。


そして、勢いを殺しにくい高めのストレートを上手く使い、強い打球を転がさせてゲッツーを取る。


次の打者もツーシームを打たされ、あっさりスリーアウトチェンジ。


10回裏。


9番、ピッチャーの藤沢さん。


バントの構えをしていた。


だが、バントを成功させようというより、光がどんな球を投げているのか興味津々といった様子だった。


ボールを見すぎて、バントを空振りする始末。


というよりも。


もしかしたら、とてつもなく打撃が苦手だから抑えにされているんじゃないか。


光は、少しだけそんなことを考えていた。


それを利用する。


藤沢さんが構えているバットを目がけるように、142キロのストレート。


コツン。


バント成功。


そう思われた。


だが、光が猛然と前へ飛び出す。


捕球。


三塁へ送球。


三塁ベースにはレフトが入っていた。


そこから一塁へ送球。


1-7-3。


ダブルプレー。


「あちゃー。こりゃ監督に怒られちゃうな」


ファーストを駆け抜けた藤沢さんは、あまり反省した様子もなく独り言を呟いていた。


延長戦に入ってから、城西バッテリーはそれまでの投球内容を大きく変えていた。


速いストレート。


ナックルカーブ。


スクリュー。


空振りを取りやすいボールを中心に組み立てている。


そして1番打者には、忘れた頃にシンキングファスト。


セカンドゴロ。


10回裏も無得点。


そして、ついに11回まで来てしまった。


8番からの攻撃。


ゲッツーさえなければ、1番の光まで打席が回ってくる。


両者ここまで0対0。


完全な投手戦。


城西は、エース東奈光が一人で10回まで投げ切っている。


花蓮女学院は、武石―白石―前橋―藤沢。


4人の投手リレーでバトンをつないでいた。


両者とも、少なからず焦っていた。


もちろん、光にも焦りはあった。


それでも、省エネピッチングのおかげで10回を投げ切って91球。


球数だけなら、まだ投げられる。


だが昨日は、準決勝で延長9回まで投げ切り119球。


昨日はとにかく三振を取り続けていた。


球数が多くなるのは仕方なかった。


さらに甲子園では、2回戦以外ほぼすべての試合を一人で投げ切っている。


さすがに疲労は溜まっていた。


それでも光が自分の疲労以上に気にしていたのは――。


キャッチャーの天見さんだった。


ここまで基本的なストレート主体のピッチングから、変化量の大きな球を混ぜた投球へ変えてきた。


この試合で初めて解禁したナックルカーブ。


ほんの少ししかキャッチング練習をしていないスライダー。


カーブ。


すべて使った。


ワンバウンドする球も増えてきた。


それでも天見さんは、一度も後ろへ逸らしていない。


すべて身体で止めていた。


「香織、疲れてない?」


「え? あ、はい。大丈夫ですよ」


返事には、あまり覇気がなかった。


やはり疲れている。


キャッチャーは、ただピッチャーの球を捕ればいいだけではない。


ベンチからのサインを確認し、それを内野や外野へ伝える。


守備位置の指示も出す。


守備の要として、ここまで光を必死にリードしてきた。


バッテリーエラーは一度もなし。


打撃ではまだチャンスで一本こそ出ていないが、準決勝ではセーフティースクイズを決めるなど、本当によくここまで頑張っていた。


「はい。これ」


光は、天見さんのためにスポーツドリンクを取ってきた。


さらに、自分のために用意してもらっていた冷たいタオルで、天見さんの腕や顔についた土を拭いてやる。


そのまま首筋へそっとタオルを置き、頭をポンポンと撫でた。


「香織はここまでよくやってるよ。勝っても負けても、再試合でも、今日はあと2回だから頑張ろう」


「私は大丈夫です。もちろん最後まで全力でプレーしますよ!」


その力強い言葉を聞き、光は満足そうに笑った。


そして自分も、打席へ入る準備を始める。


8番。


9番。


どちらも何とかランナーに出ようという気持ちは、痛いほど伝わってきた。


だが――。


「ストライク! バッターアウト!」


「ストライク! バッターアウト!」


2者連続空振り三振。


ツーアウト。


タイブレークの走者は一、二塁。


そして、光に打席が回ってきた。


「1番、ピッチャー東奈光さん」


この試合。


多分、これが最後になる打席。


光はそう思いながら、ゆっくりとバッターボックスへ向かっていった。

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